瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

青木純二『山の傳説』(08)

・「戸臺部落」と「人骨をかぢる狐の話」(3)
 昨日の続き。要領は一昨日に示した。
【C】人骨をかじる狐~事件
 村人の体験談の後段。
①『山の傳説』278頁5~10行め

 暫く行くと、ガリガリと異樣な音をきいた、思はず立すくむと、雪の中に一匹のきつねがう/づくまつて人間の骨をかぢつて居るのだきつねの目がギラリと光つたと、思ふ瞬間、きつねは逃/げだした、雪の曠野の中を一直線に――。*1
 不思議! きつねが走るにつれて、くわへて居る人骨が青い火を發して居る、そして、人魂が/血をはふやうに青く燃えつゝ雪の野を一直線に飛んでゆくのだつた、村人は、反對の方向に走り/だした。きつねは山へ逃げたのであらう、山へ、山へと青い火の玉ものぼつてゆく。*2


②『信州百物語』七二頁12行め~七三頁9行め

 ところが通り過ぎて暫く行くと直ぐ後にガリ%\と云ふ異樣な響きが突然起つ/た。*3【七二】
 村人は思はず、ブル/\ツとして立すくんでしまつた。怖る/\振り返へる/と、道の傍に一匹の狐が人骨をかぢつてゐる音だつた。瞬間、村人を見上げた狐の/目が、ギラツと青光りしたやうに感じた。眞夜中の雪の曠原、火葬塲の傍で狐が人/骨をかぢつてゐるのを見たら、大ていの人間なら參つてしまうであらう。常套な云/ひ草だが、此の村人も冷水をぶつかけられたやうに慓然とした。*4
が、次の瞬間には狐は人骨をくわへたまゝ、雪の原に眞一文字に走り出した。見る/と不思議なことに、その狐が走るに從つて、口にくはへてゐる人骨が眞青な光を發/してゐるではないか。何の事はない人魂が大地を這つてゐるやうだ、然も其の怪火/は山へ山へと上つて行つたと云ふ。*5


 昨日見た、体験談前段の火葬とは、直接関係していない。野天の火葬場で、かつて拾い漏らした人骨を、狐が光らせながら走っていた、と云うことであろう。
 ①は前段でも読点で畳み掛けるような、語りを意識したような書き方になっていたが、この事件の記述でも、やはり体験談に終始して、ほぼ村人の視点で語っている。対して②は論評を加えつつ、村人の姿も客観的に描いている。
 ①はこれで終わっているが、②にのみ、さらに後段がある。
【D】狐の嫁入りの正体
②『信州百物語』七三頁9~10行め

 ふと我にかへつた村人は、いきせき切つて家まで走り歸つたが、後これこそ例の/「狐の嫁入り」の正体であらうと人々に語つたさうである。*6


 ①は【C】まで、体験した内容だけで終わっているが、②は【A】に見た「バカビ」=「狐の嫁入り」の正体を初めて見届けた、と云うことになっているのである。
 さて、①②とも、基本的な要素は同じで、同根であることは明らかであろう。
 しかし、それぞれがどのように成立したのか、を確定させることは難しい。
 共通の典拠があって、そこから、それぞれ別箇に①・②が書かれたのかも知れないし、典拠から①が書かれ、そして①から②が書かれたのかも知れない。
 ところで、舞台である火葬場があるのは何処なのだろう。【B】の②に「青光る雪の野原」とあり、①に「山道にかゝる前」の「雪の曠野」とあり、上に引いた【C】にも「曠野」或いは「曠原」とあるから、「山」に近いけれども広い場所――黒川の谷筋に入る前の、和泉原集落の外れ辺りが舞台のように思われる。だとすると、前回挙げて置いた、①は火葬されている人物について知っているのに、②は火葬があることも知らなかったとなっている、と云う疑問は、どちらでもおかしくはないことになる。すなわち、①は「用事」で出て来て「朝」和泉原集落か黒川集落で「葬式」に遭遇し「岡谷から帰って来た女工さん」云々の事情を聞き、「帰路」その「火葬」に行き合わせたことになる。しかし、前々回見た【A】の②、戸台集落が「狐の嫁入り」の名所のように読めるが、①は「戸台の部落附近で聞いた」となっていて、戸台で怪火がよく見えるとは云っていない。しかし話の題が何故か「戸台部落」だから、地図と照らし合わせない限り、やはり山間の谷間の集落のことのように読めてしまうのである。いや、そもそもどのくらいの読者が現地の様子を思い描きながら読んでいるだろうか。――書いている青木氏も杉村氏も、戸台を訪れていないのではないか。どうも、この、現地を把握していない感じが共通しているような気がするのである。地形図や写真でどの程度、現地の様子をイメージ出来ていたであろうか。それすらも、入念にはこなしていないような印象を受けるのだけれども。
 それはともかく、ここで典拠の問題に戻って、仮に後者の可能性で考えてみよう。――すなわち、①を書き換えたものが②だとすると、この書き換えには中々意欲的なものが感ぜられるように思う。
 ①青木純二『山の傳説』を②杉村顕道『信州百物語』が利用した例は、2019年8月18日付(105)に列挙して置いた。杉村氏は『信州百物語』以前にも『信州の口碑と傳説』に、2019年8月26日付「杉村顯『信州の口碑と傳説』(5)」以降列挙したように(もちろん、厳密には本文を他の文献とも比較した上でないと確定はさせられないが)、『山の傳説』から多くの材料を得ていた。『信州百物語』は2019年9月6日付(109)に引いた『信州の口碑と傳説』巻末の広告にあったように、『信州の口碑と傳説』の「第二彈」に当たる訳だが、その紹介文に「著者獨自の流麗伸達の行筆」を謳っている割に、2019年9月2日付(107)に指摘した『松代町史』下巻など、ほぼそのまま引き写しているのである。それは、2019年9月13日付(116)に推定したように、樺太で資料的にも時間的にも余裕のない中で完成させたからであろう。それに比べるとこの「人骨をかぢる狐の話」は凝っている。或いは、当初『信州の口碑と傳説』に広告を出した頃に余裕を持って準備していた、「著者獨自の流麗伸達の行筆」に拠る書き換えと云うことになるのであろう。(以下続稿)

*1:ルビ「しばら・い やう・おと・おも・たち・ゆき・なか・ぴき/にんげん・ほね・ゐ・め・ひか・おも・しゆくかん・に/ゆき・くわうや・なか・ちよくせん」。

*2:ルビ「ふ し ぎ・はし・ゐ・じんこつ・あを・ひ・はつ・ゐ・ひとだま/ち・あを・も・ゆき・の・ちよくせん・と・むらびと・はんたい・はうかう・はし/やま・に・やま・やま・あを・ひ・たま」。

*3:ルビ「しば・い やう」

*4:ルビ「おも・おそ/きつね・しゆんかん/あほびか・ま よ なか/にんげん・じやうたう/れいすゐ・べうぜん」。

*5:ルビ「じんこつ・ま・もんじ/きつね・まつさほ/ひとだま・くわいび/のぼ」。

*6:ルビ「むらびと・はし/しやうたい・かた」。