瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(162)

・怪談レストラン❸『殺人レストラン』(5)
 日本民話の会 学校の怪談編集委員会学校の怪談大事典』の「峠の一軒家」と、本書の「とうげの一けん家」の比較の続き。要領は一昨日に同じ。

【C】孫の号泣~来訪者の退去

学校の怪談大事典』36頁下段2~6行め

 そこへ、三歳になる孫が奥からでてきた。とたん、/こんどはその孫が、まるで火がついたようにワー/ワー泣きだした。顔はまっ青でふるえている。男は/くるりとむきをかえて、いそぎ足であらしの闇のな/かに消えていった。*1


『殺人レストラン』36頁8行め~38頁1行め
 「おくの部屋から」出て来た「男の子」が「まるで火がついたようになきだ」すのは同じだが、その理由を37頁1行め「こわいよう、こわいよう……」と本人が説明している。3~6行めにはもっと具体的に、

‥‥、土間の男を/みる目はひきつっていた。*2
「おじいちゃん、こわいようーっ……」
 じいさまのうしろにかくれるようにして男のほうをみつめている。

と対象を明示する。なお1~5行めの下は、不思議な寝間着を着た男の子が「Bie~~n !! 」と泣いているイラスト。
 7行めに「土間の犬」が「ますますはげしくほえ」続けていることも念を押され、8~9行め、男は「大あらしの中」へ去ることになるのである。
 さて、この時点では「じいさま」は理由を尋ねない。10行め~38頁1行め「なにがなんだかさっぱりわからん」まま「おく/の部屋」に戻って寝ようとする。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 ここで一度、吉沢和夫「峠の一軒家」のここまでのところを、8月19日付(159)に引いた常光徹「解説」に、原話のように挙げてあった、現代教養文庫666『日本怪談集―幽霊篇―』に載る話と比較して置こう。本文は2011年1月25日付(009)に引いてある。『日本怪談集』はやや奇異な異同を含むものの、青木純二『山の傳説』の「晩秋の山の宿」と杉村顕『信州百物語』の「蓮華温泉の怪話」のどちらかに由来する、その要約版と見るべきものである。
【A】『日本怪談集』は年と場所を明示する。吉沢氏はそんなに昔ではないような書き振りで、場所も「とうげ」とするのみ。
【B】『日本怪談集』の舞台は冬季閉鎖してしまう北アルプス白馬岳中腹の温泉宿で、来訪者は鳥撃ちに来て道に迷った、という口実になっている。以前検討したことがあるが、旅人が道に迷って辿り着くような場所ではない。
 吉沢氏は嵐の晩に全身ぐしょ濡れの男を来訪させている。『殺人レストラン』ではさらに細かく、秋、隣村まで行く途中、雨風に遭って宿を乞うたことになっている。――やや特殊な場所が設定されていたのを、高度経済成長期までであれば日本の何処でもあり得たであろう状況に置き換えている。
【C】『日本怪談集』は最初にいたはずの「五つになる子供」が行方不明になってしまう(!)が、「八つになる男の子」が来訪者に怯えて泣く。次いで飼犬2匹が吠え出す。『山の傳説』や『信州百物語』にあった、宿の主人が来訪者を狐と疑って、空に向けて鉄砲を撃つ場面がない。
 吉沢氏はまづ土間で寝ていた犬が反応し、ついで奥で寝ていた「三歳」の「男の子」が泣き出す。鉄砲を撃たないから犬を後にする必要がない。そもそも「じいさま」の生業が何であるのか、別に峠で茶店をしている風でもないのだが、分からないのである。(以下続稿)

*1:ルビ「さい・おく//な・さお/やみ」。

*2:ルビ「どま/」。