瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(269)

・中村希明『怪談の心理学』(21)
「明治時代の小学校」の怪談は、『現代民話考』にはこの今村泰子の報告の他に4例、ほぼ同時代の水野葉舟(1883.4.9~1947.2.2)や佐々木喜善(1886.10.5~1933.9.29)の報告も含め、幽霊や妖怪が「出た」と云った単純な話ばかりで、報告例も多くありません。この辺りの事情は2011年5月18日付「明治期の学校の怪談(4)」に推測したことがありますが、「出た」と云うだけの話は、もっと多くの学校に存在していたのではないでしょうか。しかしこんな話が報告に値するとは思われなかったので、記録されずにそのまま消えてしまったのでしょう。――クラブ活動もなく学校で過ごす時間が短かった明治期の小学校に、そんな複雑な怪談があろうはずもなく、やはり裕福な子弟が進学した中等教育・高等教育で、さらに寄宿舎のような、ずっと校内にいるような連中辺りから学校の怪談は発達して来たのでしょう。
 それはともかくとして、「「白い手、赤い手」と河童のフォークロア」の節の続きに戻りましょう。41頁1~6行め、

 水洗便所に替わる前の汲取式のトイレは、うっかり大きな用を足すと下から “おつり” /がきた。河童が下から子供の「尻へご」を抜くという伝説が実感できるような不潔な場所/であった。それに片田舎の小学校では、便所は学校中で一番水はけの悪い低湿地に建てら/れたりしていて、水を好む河童もしのんでくる条件がととのっていた。
 この厠*1で用便中の尻をなでる河童の手の話は、すでに禁制の随筆集である津村淙庵の『譚/海』に次のような動物報恩譚として書きとめられている。


 そして「家伝の妙薬」の由来として語られる「厠で尻をなでる河童の手を切り落とし、取り返しに来た河童から伝授されたという」動物報恩譚を紹介します。続く42頁12~15行めは既に2015年5月3日付「深夜の呻き声(2)」に引用し、2015年5月2日付「深夜の呻き声(1)」に引いたブルーバックスB-783『怪談の科学 PART2』の記述と合わせて検討してありますが、引用しなかった続く一文(15~16行め)に「‥‥。もともと動物報恩譚のつ/かぬ程度の膏薬だったから幻の処方も失われたのだろう。‥‥」とあるように、これは全くの余談ですが、続いて、43頁2~4行め、

 筆者の昭和三十年代の話として、先祖の医師が親ダヌキが連れてきた子ダヌキの目を治/したおかげで、いつも待合室の患者が切れないほど繁盛している秩父のさる眼科医院の噂/をきいたことがある。

だとか、13~15行め、

 戦前の小学校にはプールなどなかったから、付近の川で遊んでいた仲間の小学生が深み/にはまって溺死した事件があった。それが河童の仕業であると本気で主張する同級生もい/たものである。

といった自身の見聞を交えながら、「河童」が「狸や狐と同様に、人間にごく身近な存在であった」こと、「水の神である河童はもともと闇の世界に棲む妖怪であ」ることなどを説き、16行め~43頁4行め、この節の最後ですが、

 ともかく、山奥の宿について便所に案内されたら、そこは途中で水を飲んだ清流の上に/【42】かけ渡した川屋であったという笑い話が「厠」という名の由来である。この話からわかる/ように、トイレの怪談はもともと水に縁のあるフォークロアとして存在した。
 このように、古くからある伝説にデマゴーグがとりこまれると、トイレの怪談がいっそ/う強化されて広く分布することを次に考証しよう。

と説き進めるのです。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 さて、私の通った学校の便所は全て水洗でしたが、2016年5月24日付「昭和50年代前半の記憶(1)」以下にしばらく回想した家が2013年2月21日付「七人坊主(38)」に述べたように汲取式で巻紙のホルダーもなかったから、昔の便所の実感は僅かながらあります。もちろん、母屋とは別棟の便所で用を足していた少年時代の父が感じていた恐怖のようなもの(しかも家の裏が寺で、墓地だった)はまるで感じませんでした。小便器が別にあったせいか「おつり」の記憶もありません。覗き込むとかなり下に堆積しているのが見えたのですが、今考えると、あれは我々家族の糞尿だったのです。しかしながら小学2年生までのことですから、何だかおかしなものを見ているような按配で、それ以上の感慨はなく、薄暗い中で、開口部から差し込む微かな光を弱々しく反射した盛り上がりが今でも思い出されるようなのです。――妙な話題になりました。いえ、私の家の便所は夜は煌々と裸電球が点りましたから、個室内に照明がなかった時期の怖さと云うものは、やはりまるで想像出来ないのです。(以下続稿)

*1:ルビ「かわや」。