瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

中学時代のノート(10)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(7)前篇⑥ 怪談(その五・上)寄宿舎の足音

 1行空けて7頁13行め~16頁10行め、非常に長文なのでまづ翻字のみを掲げる。

 今から六十年ぐらい前(又は昭和の初めごろ)どこかの、名/前は言わんけど田舎の学校に寄宿舎があってんな。
 寄宿舎ゆゥんは(と言うのは)、田舎のことやから、いちいち/帰るのがめんどう(家が遠いためにな)やから、月曜から/金曜までそこに泊って、それで土曜に家に帰って、日曜は家/にいて、月曜にまた学校に来る(又は日曜に来るとも)って、/そんなところがあってんな。それでその学校では、一つの/【7】部屋に、三人、一年生、二年生、三年生と入っとんのやってな。
 それで春が来て、三年生は出てって、四月になって、新しい/一年生が入って来てんな。その子は勉強はまァまァ出来るん/やけど、顔は青白くて(ほおがくぼんでて)、体育が苦手やって/んな。それで、その子の担任は体育の先生でな、それでその子/は最初のうちは、体育の授業になると、頭がいたいとかなんと/か言って、仮病を使っとってんな、それで先生も初めは青白/い顔しとォし(しているし)、ほんまなんやろなァって、そん/なら保健室行けって言*1うとったんやけど、毎回そんなんで、/六月ぐらいから、その子が保健室で寝てても無理につれ出/して体育やらせよってんな。それでそのころ「日本男児は十キ/ロぐらい走らないかん」て言われてて、一月にマラソン大会/みたいなんがあってな、それで、その前に走らせられてたん。/それでその子はいつもビリやってんな。(ここらへんにもうすこしあったと思うが思い出せない。)
 それで一月になってその大会の日が来てんな。それで全員/一度に出たんやけど、ビリから二番が、角をまがったときに/その子はまだすぐそこにおったん。(それで体育の先生はあい/つほんまにあかんなァって思ってんな)それで、お昼(又は夕/【8】方)までに、他の全員は帰って来たんやけど、その子だけ帰っ/て来*2うへんのやってな。それでその先生は他の生徒をみん/な帰して、自分は自転車にのって、コースを後からおいか/けていってんな。
 その時その子は、八キロぐらいのところにおって、その子は/そんなに走ったことがないから、もう足はよろけててんな。/それでほとんど歩いてるようにして走りよってんな、それでとう/とうよろけて、それでこけて(ころんで)もたんやってな。それ/がひざ(のかんせつ)で、血が流れるのを、我まんしながら歩/きよってん。そこに先生が来て、「それがんばれがんばれ」「なに/グズグズしとォんのや」とか言いながら、横について(又は後/について)自転車に乗っとってんな。それで、足にけがして、/血が流れてんのを見て、その先生は「あァ、けがしとうな」/ってそれぐらいに思とったん。それで学校について、チョッ/チョッとけがの手当してやってんな。
 その子は寄宿舎に帰って、すぐ寝たんやけど、十時くら/いになって、その子がウーンウーンてうなるんで、二年生と/三年生がいろいろそれまでにしてたんやけど、うなるよ/うになったんで(二人は勉強してたんやけどな、)【9】
「おまえどおしたんやァ」て、ふとんをばっッてとってみた/ら、右足の太もも(左足だったかも)が、黒みのかった紫色にぶ/わァってはれとってんな。こらえらいこっちゃって、学校に行/ったら、その体育の先生が丁度帰るところだったんで、こうこ/うのわけでたいへんなんですって言うたんやけど、その先/生は、あいつのことやから、そのくらい平気やって、そのまま/帰ってしもてんな。それが失敗やったん。
 その次の日は日曜で休みやってんな。
 それで月曜の朝、その子は来*3んかったんやけど、あいつ土/曜にがんばったからって、その体育の先生(いつもは呼びに/行っていたのに)は呼びに行かんかってんな。(この日に/右足太ももがはれたのだと思う。その方が理に合っている)。
 その次の火曜になってもその子が来んから、あいつなに/やっとォんやって、その体育の先生、寄宿舎に呼びに行/ってんな。すると、その子、すごい汗かいて、寝とってんな。/それでその先生がなんか言って、ばッてふとんをめくって/みてんな。それでおどろいた。右足の太ももが黒みのかっ/た紫色にぶわーッてはれとォんでな、それでえらいこっ/ちゃ、こんなことばれたら、クビにされるって、病院で/【10】みてもらったら、「もう少し早くくればたすかったかもしれ/ないが、もう手おくれで足切るしかない」って言うんやっ/てな。それでその子にそう言って、こうこうのわけやか/ら、足切るしかないって言*4うたんやけど、その子は足切ら/れるなら死んだほうがましやっていうとってんな。でもそ/れがばれたら先生クビやから、水曜の真夜中に手術して/もらうことにしてんな。
 それで水曜に、先生が病院につれて行こうとしたら、/その子は足切るんなら死んだほうがましやって言うとった/んやけどな。ますいかがされて、病院につれて行かれてし/まってんな。
 その夜はそのうちに雨がシトシトふってきたんで、先生は、/真夜中の上に雨がふってるんやったら、もうばれへんって安心/してたんやってな。それで真夜中、手術が初まった、ノコギリで/ギィコォギィコォとひいて、かたいところはノミでカン、カンとう/って、右足を根元から切ってもた(しまった)んやってな。
 それでその晩のうちに、その子を寄宿舎にそっともどしと/いて、足は病院で始末しといてくれって言*5うたんやってな。
 翌朝その子は右足のないことに気がついて首吊って、自殺し/【11】てもたんやってな。それでその先生は、その子の両親に、
「こちらもいろいろやったんですが、だめでした」ってうそついて、/でもその子の両親に、「あの子もそんなにやってもらったんな/ら浮かばれましょう」って言*6うて、先生にお金までやってんな、/悪い先生やなァ。(ここらへんにもう少し色々とあったと思うが思い出せない)。
 そんでその子が死んで最初のうちは、アァあいつ自殺した/んやってなーってみんな言うてたんやけど、(もとから目立たん子やったから)そのうちに忘れられてしまった。
 そんで春になって、三年生は出てって、新しい一年生が入っ/てきてんな。
 それで一月になって持久走大会が終って雨のふる日――。
 その部屋の二年生が、夜中小便したくなって便所に行っ/てんな。そしたら、
  カッタン……カッタン……カッタン……
って、ふつうにあるいてるようやない、足音がして、(二年生は部屋の戸口のところに立っていたのだが)、自分の部屋の前で/とまったんで、アァ、一年か三年が小便行きよォタンやなァ/て寝ぼけとったから、そのまま便所に行って、やった、もど/【12】って来たら、ろうかが、かんかくをおいて、ぬれとォねんな。/それが、(つきあたりの)自分の部屋の前までつづいとォね/んな。おかしいと思ったけど、そのままねむったんやってな。
 その翌日、一年生と三年生に、お前、昨晩便所行った/かーって聞いたんやけど、行かへん言*7ーねん。こらおか/しいなーって、それやったら、カタン……カタン……。って音聞/いたかって言*8うと、聞いた聞いたッて言うねん。それで外の/寄宿生に聞いてみたんやけど、その子らはしらん言*9ーね/ん。(その音が、真夜中の十二時頃、いつもきこえるので)寄宿生が、あつまって/誰が、そんなことをするのか見てやろうって言*10んで、
「アホの留吉(■■)やないか」
「いや、みの吉(■■)やろー」
「いや、■■■■(■■)やろー(ここでは生徒の名を使った)
とかなんとか言ってな、真夜中になるのをまった。
「おれは剣道部やから、竹ないでぶっ叩いたるゥ」
「おれは柔道部やから、そいつなげとばしたるわ」
 十時ぐらいになったから、電気消してんな。
 それで真夜中の十二時になると、(ろうかの向こうの方で)
  カッタン……カッタン……カッタン………【13】
と言*11ー音がするねんな。そら来たと、寄宿生は、そろそろ/と戸口の方にはって行って、
  カッタン……カッタン……
と近付いてくる音が、部屋の前まで来たとき、(戸をあけ/て)、
  ワァーー*12
て、(そいつをおどろかそうとして)言ったんやけどだれもおら/へんねんな。おかしィなーって、みてみたら、ろうかを、音の/したほうから、かんかくをおいて、水がたまっとォねんな。それ/で部屋の前でとまっとおねん。
 それで寄宿生、どこから来たんや、て、その水たまり/を追ってみると、昔は大便がたくさんあって、(こっちが小便/でな)十もあった。それでその向こうから四番目のところ/から、水たまりが、かんかくをおいてあるねんな。それで開/けようとしたんやけど、針金がぐるぐるにまきつけてあっ/て開かへんのやって、な。それで、明日*13の昼休み/みんなで、ペンチもってあけに行こー言*14ーことになって/んな。そしてみんなそれぞれの部屋に帰ろうってことに/なって、一人、二人と外に出ると、中でだれかが、【14】
 ワァァー
というので、みんな
 どォしたんや
て聞いたら、その子は
「あー痛たァ、すべってころんで尻もちついたわァ*15」と、尻*16/をおさえた。
 その翌日の昼休みにな、みんなそろって、ペンチ借りて来/て、開けに行こケーって、便所に行って、針金を切って、開/けてみた、すると、昔のことやから、用を足したら、新開紙/でふきよってんな。その大便所は長いこと使ってないみたい/で、(すみにつんである)新聞紙は黄色くなっとってんな。とこ/ろがそん中に、一つだけ緑色した新聞紙があって、なんか包/んであるねんな。なんやろって思って、ほぐしてみたら、中か/ら(カラカラに)ひからびて、(ミイラのようになった)足が、出て/来たんで、おどろいて、その子の坦任やった体育の先生に/みせてんな、そしたらその先生、えらいものが出て来た/ー。て、生徒から足をもらって、家に帰って、林にすてて/もたんやけどな。
 それからも、一月の大会が終って、雨のふる日の真夜中/【15】には、
  カッ タン……カッ タン………。
て言*17ー音がその子のおった部屋の前までして、水が、かんか/くをおいてたまっとォねんな。それでもうその学校では寄宿/舎をこわして、新しい校舎をたてたんでそうゆうこともな/くなったって言*18うんやけどな、
 その(先生にこの話をしてくれた)先生の説によると、その右足/が、昔自分をつけて歩いてた人がこいしいんかどォーかしらんけど、/切られた雨のふる日毎に、部屋にたづねていってたんやない/かーー。て言ってたけどな。


 私がこの話を記録したのはこの①中学2年が最初で、油性ボールペンで、つまり訂正なしで■本先生の語りを思い出すままに書いて行ったので、細かいところで前後したり妙な按配になったところが間々見受けられる。しかし、書いた当時の私は先生の語りをある程度再現し得たつもりでいたのである。その後、②中学3年、③高校1年、④大学3年の3度、改めて全文を書く作業(最後はワープロ入力)をしたが、②中学3年のときにこのノートを元に推敲したものが「定本」になったようだ。と云うのも、以上4つの本文のうち、②中学3年と④大学3年のときの2つを掘り出せていないので細かく照合出来ていないのである。しかし、この①中学2年のノートを③高校1年のときの本文と比較するに、上記の問題点はすらすら読み進められるよう配列し直され、更に、説明を若干詳しくしたり、明らかに不足している箇所を補ったり、記憶が曖昧な箇所は特に註記せずに省いたりしている。特に重要な点は、足音がいつから聞こえ始めたのか、雨の日だけなのか、雨の日をきっかけに毎夜聞こえるようになったのか、それとも雨の日ごとに聞こえたのか――だとすると冬に雨がちな地方と云うことになりそうだが、既に①ノートの時点で記憶が曖昧だったせいか、③ではそのような追及はせず、何となく誤魔化しているのである*19
 さて、文末表現が①では、ここに示したように「~やったん」「~やってな」「~やってんな」等と区々だったのが、③ではほぼ「~やってんな」に統一されている。しかしその頃までの私には先生の語りの印象が強烈だったから、こうした本文改訂を、より先生の語りに近付ける作業として行っていた節がある。事実、小学校の修学旅行と高校の修学旅行で、私はこの長い話を記憶するまま自在に語ってそれまで余所者の私を遠ざける風のあった級友たちに、大いに面目を施したのである。それがその直後に、2017年5月2日付「スキー修学旅行(1)」の後半に述べた、このとき私の人物をそれと認めてくれた心ある級友たちがほぼ留年が確定していた私の数学を見てくれて、ぎりぎりのところで留年を回避出来たのである。
 しかし今や、私は先生の語りを頭の中に全く再現出来なくなった。やはり、細部が――旧制中学の寄宿舎なのに3学年しかいないとか、マラソン大会の距離が「10kmくらい走らないかん」とかは、知識が増えた今となっては、そのまま語るのがちょっと難しいのである。話の本筋に関わらない部分で正確な知識に基づいて、昔の学制について説明されたり、学区外に出ることも原則禁止されているのに10km以上の距離を持ち出されても、頭が追い付かない当時の小学生の感覚としては何の疑問もなく容れられたのだから、女子高講師のときも、気にせずにそのまま話せば良かったのに、頭でっかちになってしまった私にはその藝当が出来なくなっていた。いや、高校の修学旅行で、お前は先生の語りの通り(のつもりで)話したではないか。しかし、高校の修学旅行から女子高まで10年以上を経ていて、ブランクが有り過ぎた。それに、私は高校生に妙に期待し過ぎていたのかも知れない。そうなのだ、お前が気付いたような疑問には、多分お前しか気付いていない。誰もそんな瑣事を気にしたりしないのだ。気付くかも知れないと思うのはお前くらいのもので、お前以外の連中は、そんな瑣事は綺麗に忘れてしまって、ひどく簡略化・合理化して、あの曇天の4時間目の恐怖を語り継いでいるであろう、と。――或いは、私が研究なぞせずに、大学卒業後に小学校か、せいぜい中学の教員にでもなっていたら、未だに嬉々としてこの話を語り継ぐ(?)ことが出来たであろうか。
 そして、思うのである。この話は、加工される前はどんな按配だったのだろうか、そして、何時何処の話なのだろうか、と。(以下続稿)

*1:振仮名「ゆ」。

*2:振仮名「こ」。

*3:振仮名「こ」。

*4:振仮名「ゆ」。

*5:振仮名「ゆ」。

*6:振仮名「ゆ」。

*7:振仮名「ゆ」。

*8:振仮名「ゆ」。

*9:振仮名「ゆ」。

*10:振仮名「ゆ」。

*11:振仮名「ゆ」。

*12:最初句点を打って、それから感嘆符を重ね書きしている。

*13:振仮名「あした」。

*14:振仮名「ゆ」。

*15:青鉛筆で「たわァ」を見せ消ちにして、矢印「」で脇に「て、尻びしょびしょやわァ」ともいった。」と書き入れ。

*16:振仮名「けつ」。

*17:振仮名「ゆ」。

*18:振仮名「ゆ」。

*19:③の本文は遠からず当ブログに上げるつもりで、②④についても発掘の機会を得たいと思っている。