瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

駒村吉重『君は隅田川に消えたのか』(21)

吉田正三について(6)
 昨日引用した東京新聞社社会部 編『名人 〈町の伝統に生きる人たち〉106頁に「好事家」からの「注文」のことが見えていましたが、まさにそうした需要を満たす吉田氏の画集『千住の吉田政造筆東京の絵馬』があります。2月上旬に Yahoo! オークションに「吉田政造肉筆絵18点入 総木版画装丁『宮尾しげを 東京の絵馬』限定35部」として 26,565円で出品され、そのままの価格で落札されているのですが、今でも画像の幾つかを閲覧することが出来ます。宮尾しげを(1902.7.24~1982.10.2)の版画(ほぼ黒単色)で表紙には絵馬屋の全景、見返しには「昭和三十九年七月/  三十五部/  の内第廿二号」と朱で入っています。そして1頁めには「初日さし/ほのかに反るよ/棚の絵馬」の句に「寿」家型の枠に「」の赤印。それから別の頁の「吉田政造氏像」は「繪馬」と書いた提灯の下で絵馬を描く、長袖をまくった吉田氏の肖像版画。絵馬の絵柄は「足立史談」第588号(2017年2月15日・足立区教育委員会足立史談編集局・4頁)1~2頁2段め、足立区立郷土博物館学芸員の荻原ちとせ「絵馬の奉納と鶏の絵馬*1の1頁1段めに、下にゴシック体で以下のキャプションを添えて掲出されている、

鶏の絵馬  『吉田政造筆 東京の絵馬』(当館蔵)
親子で描かれているものは、夜泣き止めから「子の成長」を祈るとされる/こともある。」

と同じもののようです。荻原氏は本文でもこの本に触れているのですが、3段め15行め~4段め12行め、

『千住の吉田政造筆 東京の絵馬』/(昭和三七年)は、千住の絵馬屋(千/住四-一五-八)吉田氏の肉筆で絵馬/の木枠ではなく、和紙に描いたもの/をそれを綴って本にまとめた限定/三十五部の和本である。江戸風俗を/【3段め】研究した宮尾しげを氏の企画による/もので、宮尾氏作の木版で刷られた/解説がつけられている。それによる/と、鶏は、「十、十一月両晦日荒神/祭に用いられる、神無月に荒神が出/雲への行き帰りの乗りものとして用/いるからである。家によっては馬の/絵を使うところもある。台所は火を/使うので敏かんな庭鳥の赤いトサカ/の赤から火を連想して火の用心とい/ういみにも考えられあげられる」と/ある。

とあって、Yahoo! オークションの「肉筆絵」とは吉田氏の肉筆で、これに宮尾氏の版画に拠る表紙絵や肖像画、解説を附したものあることが分かります。
 ネット上には、本書に収録されている吉田氏の「肉筆絵」が3点、いづれも上に紅白の幔幕があって、1つは二股大根を2本交差させたもの、1つは三宝の上に鏡餅があってその左右に向かい合うように白鼠、1つは灰色の阿吽の仁王の図柄が、上がっています。二股大根の幔幕には中央に黒の紐、残り2点には幕の下に緑色の紐が渡してあります。前回見た杉村恒『明治を伝えた手』に紹介されているものとは、二股大根も絵柄が違っております。
 ところで気になるのは、Yahoo! オークションの画像では「昭和三十九年七月」とはっきり読めるのですが、荻原氏は「昭和三七年」としていることです。
 足立区立郷土博物館収蔵資料データベースで検索しても『東京の絵馬』はヒットしません。特別なコレクションではなく通常の蔵書扱いされているのでしょう。2階「図書室」で閲覧出来ましょうか。しかし蔵書検索は出来ないので、他に吉田氏関連の資料があるかどうかも分かりません。
 東京都立図書館統合検索で検索するに1点だけ、台東区立中央図書館郷土・資料調査室の蔵書がヒットしますが「出版年」は「1962」です。ちなみに「大きさ」が「26」cm であることが分かります。
 そうすると、昭和37年(1962)が初刊かどうか分かりませんし、他に刊行の機会があったかどうかも分かりませんが、とにかく昭和37年の35部だけでなく昭和39年(1964)7月にも35部、最低でも70部は発行されたことになります。
 ところで『名人』の記事の初出ですが、105頁の写真はセーターを着ていますので、昭和36年(1961)12月から昭和37年(1962)2月までの45人の中に含まれていたように思われます。末尾に引用される俳句が「夜の凍てに」と冬であることも、これを裏付けるようです。
 満55歳のときの『名人』では、後継者の話題は持ち出されていませんでしたが、還暦を過ぎた杉村恒『明治を伝えた手』ではこの問題に触れております。24頁14~20行め、

‥‥、/絵馬も方々の山の神社などで売っているよ/うですが、型押しや印刷が多くなって手描/きはなくなってしまいました。値段が問題/なのですねえ、今はもう私一人、誰にも継/がせたくありませんし、第一需要がありま/せんやね」
           (東京都足立区千住)


 しかしながら吉田氏の歿後、4人娘の長女が絵馬屋の八代目を継いで今も続いているのだが、その辺りは別に記事にすることとしましょう。(以下続稿)

*1:1頁上「もくじ」には「鶏の絵馬と絵馬の奉納」とある。