瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(23)

 8月14日付(18)の続き。
・遠田勝『〈転生〉する物語』(03)「一」2節め
 白馬岳の雪女を取り上げた「第一部 旅するモチーフ」の「小泉八雲と日本の民話――「雪女」を中心に」については、既に2019年10月18日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(133)」に、ごく大まかな構成をメモしてある。そして「一 白馬岳の雪女伝説」の32頁11行め~34頁11行め、7節め「いたずら者の青木記者」の前半を引用(2019年10月21日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(136)」には中盤を引用)して、遠田氏の挙げている資料に当り直し、更に本書の刊行後に覆刻版が刊行され参照し易くなった同種の資料を追加して、白馬岳の雪女の捏造者たる青木純二の閲歴について、より明確にして置いた。その後の調査で青木氏が昭和51年(1976)には存命であったことを確認しているが、これについては遠からず報告することとしよう。
 それから「一 白馬岳の雪女伝説」の1節め、16頁3行め~19頁2行め「「怪異・妖怪伝承データベース」」については、2019年10月22日付「胡桃澤友男の著述(1)」に触れた。この国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」の問題点については、これを元に編纂された事典について検討した際(2018年7月27日付「小松和彦監修『日本怪異妖怪大事典』(3)」等)に触れ、2018年12月19日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(85)」に私見を述べて置いた*1。遠田氏が指摘する以上に使用に注意を要する、問題のあるデータベースだと思っている。実際、色々な問題が発生している。
 今回は新たに「一 白馬岳の雪女伝説」の2節め、19頁3行め~21頁15行め「原「雪女」をめぐる論争」から順に見て行くこととしよう。
 牧野陽子は7月20日付(01)に挙げた論文にこの節の冒頭を引用して、批判している。当該箇所を抜いて置こう。本書19頁4~9行め、

 ハーンの「雪女」が、たとえば白馬岳の雪女伝説のような口碑伝説に手をいれて小説化したもの/なのか、それとも、ずいぶん、大胆な仮説のような気がするけれども、逆に、ハーンの「雪女」が、/日本人に愛されて民間で語られるうちに、各地で口碑伝説化したものなのか、実は今もハーン研究/者のあいだで根強い意見の対立があって、一致した結論には達していない。今そのすべての論点の/対立を見なおす余裕がないので、それぞれを代表する意見をひとつだけ紹介しておく。まず前者の/立場をとる村松眞一の「ハーンの「雪女」と原「雪女」」から。


 この記述に対する牧野氏の批判ぶりは、初出の牧野陽子「「雪女」の "伝承" をめぐって――口碑と文学作品――」(「成城大學經濟研究」第201号118~92頁・2013年7月)が成城大学リポジトリにて公開されているからここで細かに追う必要はないだろう(この牧野氏の論考は、今後も度々触れることになると思うので、以後「牧野氏の新稿」と呼ぶこととする)。ここでは核心を衝いた段落のみを抜いて置こう。初出112頁16行め~111頁2行め*2

 言い方も大仰だが、それにしても、著者が再三繰り返す「多くのハーン研究者」とは、いったい誰のことをい【―112(7)―】うのだろうか?少なくとも私の知る限り、文章によって、その立場にあるといえるのは、ここに著者が挙げて/いる村松眞一氏ただ一人だけである。


 牧野氏は、遠田氏が「多く」存在する中の「ひとつだけ」代表させたとして本書19頁10行め~20頁5行めに引用している、ハーンが「白馬岳の雪女伝説のような口碑伝説に手をいれて小説化した」とする立場の「ハーン研究者」は村松眞一だけだとする。村松氏の説については、その根拠となっている文献を検討する際に取り上げることとしよう。
 遠田氏はもう1人、村松氏と同じ説を唱えている人に、注で触れている。村松氏の説の引用に附したコメント(20頁6~8行め)の最後に(5)の注が附されていて、その指示に従って237頁を見るに、7~11行めに、

(5)村松のほかに、中田賢次も「「雪女」小考」(『へるん』一九号、一九八二年)、「「雪女」小考(つづき)」/ (『へるん』二〇号、一九八三年)などで、同様に白馬岳の雪女伝説をハーンの原拠と推定している。ただ/ し、後に発表した「ラフカディオ・ハーン点描(七)」(『へるん』三七号、二〇〇〇年)では、「もさく」/ 「みのきち」の翻字や、パレット文庫の草稿調査など、新たな考証の結果を踏まえ、その判断を保留に近い/ 態度にあらためているように思える。

とある。
 一方、「ハーンの「雪女」が、‥‥、各地で口碑伝説化したもの」だとする説の「代表」としては、牧野氏の「ラフカディオ・ハーン「雪女」について」(「成城大學經濟研究」第105号89~125頁・1989年7月)を引いている。「五 過去というタブー」の最後に付け加えるように、この問題について述べている。この牧野氏の論考、今後も度々触れることになるので、以後「牧野氏の旧稿」と呼ぶことにする。――遠田氏は地方で似た話が採集されていることと、それが旧制中学の教材に由来するのではないかとの牧野氏の推測とを引用しているが、ここでは前者と、これに続く遠田氏が引用していない部分(仮に薄い灰色にした)を抜いて置こう*3

 ところで、最後に再び「雪女」の原話について戻ると、雪女の伝説は、特に昭和に入って|から、東北、北陸、/信越などの豪雪地帯でかなり多く集められたという。そして、実はそれ|らの中で、ハーンの「雪女」にそっくり/の話が信州地方で三件採集されている。いずれも、|郷土の伝説や昔話として地元の人が執筆したものなのだが、/筋立てから登場人物の名前に至|るまでそっくりなのである(23)。ただしこれらの話は、それぞれ地元の古老から聞き/出して記録|したものであり、その聞き書きの時点がハーンの死後数十年も経た後であることを忘れては|ならな/い。そもそも、柳田国男の『遠野物語』が著されたのが*4ハーンの没後六年の一九一〇年であり、それから後に日民俗学による組織的な民話や伝説の採集が盛んになったのだった。
 従って民俗学の今野氏は、ハーンの「雪女」そっくりのこれらの話について、先にあげた著作のなかで、「明白な原作者が忘れられてしまい、話だけが伝わり語られつづけられている間にまるで土着してしまって、その地に伝承された世間噺、伝説あるいは昔話ふうに取りまぎれてしまう場合であろう」と評している(24)。そして、この見解がいかにも妥当であると思わせる特殊な事情がハーンの場合には存在する。


 「今野氏」の「前掲書」とは、「二 原話をめぐって」に、

 民俗学者の今野圓輔が『日本怪談集(妖怪編(7))』の「雪女」の項で考察しているところに|よれば、‥‥

と見えている*5が、そこでは今野氏による雪女の分類整理を概観するのみで、白馬岳の雪女についてのコメントは引いていなかった。
 注番号は右傍に附してあるが再現出来ないので後に付けた。まとめて見て置こう*6

(7) 今野圓輔『日本怪談集(妖怪編)』、社会思想社、一九八一年。
(23) これらの話をハーンの「雪女」の原話であると断定した上で、叙述の細部にわたる比較研|究もなされている。
   中田賢治「『雪女』小考」、『へるん』一九号、昭和五十七年。
   同   「『雪女』小考(つづき)」同二〇号、昭和五十八年。
   なお、氏のあげる原話は次の三点である。
   瀬川拓男・松谷みよ子共編『日本の民話二 自然の精霊』角川書店、昭和四十八年
   「信濃の民話」編集委員会編『信濃の民話』未来社、昭和四十九年
   和歌森太郎・二反長半共編『日本伝説傑作選』、第三文明社、昭和四十九年
(24) 関敬吾氏も同じ意見を『日本昔話集成』(第三部の二、角川書店、一九五八年)のなかで述|べている。


 この辺りは、牧野氏の新稿「「雪女」の "伝承" をめぐって――口碑と文学作品――」でも繰り返されている。違うのは、今野氏の著述からの引用が多くなっていることと、遠田氏も注意している、中田氏の意見変更である。今野氏については別に取り上げることにする。――遠田氏は牧野氏の意見を引用するに際して上に見たように今野氏に触れた辺りを省略しているのであるが、実はそれだけではなく、本書の何処にも今野氏の名前を挙げていないことが引っ掛かるのである。これは、或いは牧野氏が指弾する「情報を操作してまでの過度の演出」の1例であるかも知れない。その詳しい検討は後日に回すこととしよう。ここでは中田氏について、牧野氏の新稿の記述を見て置こう*7

‥‥。かつて松谷みよ子の民話と、/ハーン作品を比較してみた中田賢次は「ラフカディオ・ハーン点描――新解釈への道『雪女』のふる里(9)」のなか【―111(8)―】で拙論文の概略を紹介し、「これを論破することはそれほど容易ではなかろう。(そのためには、)少なくとも一九/〇二年以前に「雪女」に類似した民話が雪国に存在し、ハーンがそれを聞き知った可能性を証明してみせなくて/はならない(10)」と述べた。‥‥


 拙論文は牧野氏の旧稿である。私は中田氏の論考を見ていないが、この書き振りは、遠田氏の評するような「その判断を保留に近い態度にあらためているように思える」と云った体のものではなく、牧野氏及び今野氏と同じ意見に立っているように読める。なお、注は以下の通り*8

(9) 『へるん』三七号、二〇〇〇年
(10)   同、 四八頁


 また注(4)に、旧稿の注(23)と同じ文献を列挙している。その「三点」が、いづれも資料としてはちょっと問題のあるものばかりであることに牧野氏は触れていないが、これは中田氏をそのまま踏襲しただけだろうから、ここでは深入りせず、松谷みよ子について本書の記述を検討する際に確認することとしたい。(以下続稿)

*1:8月31日追記2018年12月21日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(87)」も追加して置きたい。

*2:今、手許に再録がないので、追って確認し次第、改行位置「|」を追加することとしたい。以下同じ。

*3:初出119頁2~12行め「/」改行位置、再録249頁12行め~250頁9行め「|」改行位置。

*4:再録はここに読点。

*5:初出100頁2行め、再録227頁2~3行め。

*6:初出122頁10行め・125頁11~18行め。再録253頁13行め・257頁16行め~258頁8行め。なお、遠田氏は注までは引いていない。この中では中田氏の論考のみ、先に見た本書の注(5)に挙げている。

*7:初出111頁16行め~110頁3行め。

*8:初出95頁4~5行め。