瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(084)

 昨日の続き。
・『日本昔話通観●第11巻富山・石川・福井』(4)
 やはり「伊藤稿」を見たいものである。しかしながら『日本昔話通観』に提供したためか、結局刊行されなかったようだ。――伊藤曙覧の旧蔵書は、小杉町民図書館(現・射水市中央図書館)と、住職をしていた射水市黒河の西養寺に所蔵されているようだ。
 さて、277頁上段4行め~下段3行めに2話紹介されている類話のうち、橘正典『雪女の悲しみ』に取り上げられている2話めは、10月7日付(066)に見て置いた。ここで、もう1話を見て置こう。277頁上段4~15行め、

 類話1 富山県黒部渓谷地方 猟師の茂作とその息子の箕/吉が暴風雨に会い、山小屋で一夜を過ごすことになる。夜な/かに箕吉が目をさますと、小屋の戸が開いていて、色の白い/女が茂作の上にかがみこんで白い息を吹きかけ、「今夜のこ/とを人に話せば命はない」と言って去る。翌年の冬の雪の/夜、小雪という美しい娘が救いを求めてきたので、箕吉と母/親が食物などを与えると、娘はそのまま箕吉の嫁になり、十/年のうちに五人の子を生む。ある夜箕吉が昔を思い出し、小/雪に山小屋で起こったことを話し、「そのときの女は小雪の/ように色の白い美女だった」と言うと、小雪は「その女は自/分だ。子供を粗末にしないように」と告げて、白い煙のよう/に山のほうへ消えていった。(山の伝説 p.95 黒部 p.15)


 最後に添えてある典拠については「資料目録」を見るに、698頁下段14行め~701頁上段16行め「地誌・民俗誌・その他」698頁下段15行め~699頁上段9行め〈富山〉として57から64まで8点、うち最初、698頁下段16~17行めが「57 山の伝説……青木純二 山の伝説―日本アルプス篇 1930./ 7.17 丁未出版社」である。そしてもう1点は699頁上段3~5行め「62 黒部……野島好二 黒部郷土文化シリーズ5 黒部峡谷の/ 古伝説 1969.8.17 黒部市立図書館・越中文化研究所〔57・/ 3〕」である。〔3〕は、696頁上段14行め~697頁下段4行め「単 行 本」のうち、696頁上段15行め~下段13行め、〈富山〉として8点、下段2~3行め「越中伝説……小柴直矩 富山県郷土史会叢書第四 越中伝/ 説集 1959.1.10 富山郷土史会」である。〔 〕の数字は10月23日付「日本の民話1『信濃の民話』(11)」の後半に見たように「〔 〕内は同一資料、またはそれとみなされる資料が重載されている文献の番号を示す。」とのことで、〔57・3〕の順になっているのは〔57〕すなわち青木純二『山の傳説 日本アルプス』の影響の方が大きい、と云うことなのだろうか。いや、もっと単純に刊年順なのかも知れない。
 それはともかく、9月下旬に『日本昔話通観』の第28巻とこの第11巻を借りて来て「139 雪女」の条を見たとき、これには驚いた。遠田勝は青木純二『山の傳説 日本アルプス』の「雪女」を、長野県のものとして扱っている。しかし、ここでは富山県のものとして扱われている。
 野島好二(1905~1992)は富山県下新川郡舟見町(現・入善町)生で、富山県師範学校を卒業して定年まで小学校の教員(1925~1961)を勤め、昭和25年(1950)に富山県郷土史会理事となっている。この黒部郷土文化シリーズ5『黒部峡谷の古伝説』は、同年に宇奈月町教育委員会から『黒部峡谷の伝説』の題でも刊行されているようだ。やはり同じ昭和44年(1969)に『宇奈月町史』も完成させている*1。『宇奈月町史』にも「雪女」が載っていることは確認しているのだが、まだ見る機会がない。
 遠田氏は何故『黒部峡谷の古伝説』を無視したのだろうか。――遠田氏は富山県の採話例は「一九七〇年代から八〇年代」のもので「伝承の跡をたどることは難しく、その意義もうすい」と主張していた。しかし1960年代の文献があるのである。『山の傳説 日本アルプス』と「同一資料、またはそれとみなされる資料が重載されている文献」だから取り上げる意義が薄いと判断したのであろうか。しかしながらこれは、「大量に流布した松谷版「雪女」に加えて、ラジオ、テレビ、映画からの影響」ではない、富山県独自(?)の、別の経路の存在を窺わせる手懸りで、あったはずなのである。
 いや、実は〔57〕だけではなく『黒部峡谷の古伝説』が主として依拠していると云うもう1つの文献である〔3〕の方にも、白馬岳の雪女が載っているのである。何故『日本昔話通観』が「資料目録」に『越中伝説集』を挙げながら、ここに挙げなかったのか、分からない。何らかの判断で落としたのか、ただの見落としなのか。それはともかく、この小柴直矩(1869~1940)の『越中伝説集』は昭和34年(1959)版が初刊ではなく、昭和12年(1937)が初刊(中田書店)である。そうすると白馬岳の雪女は、富山県側でも、長野県側と殆ど変わらない程度に書承の歴史を持っていることになるのである。(以下続稿)