瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(088)

・日本の民話55『越中の民話』第二集(3)
 一昨日からの続きで、本書に収録される富山県下新川郡朝日町の大井四郎の語った(とされる)「雪女」について、同じ頃に富山県中新川郡立山町で語られていた(らしい)『日本昔話通観●第11巻/富山・石川・福井』に収録される伊藤曙覧の稿本(伊藤稿)に載る「雪女」と比較しつつ、確認して置こう。
 ――結婚生活が「十年」続くのは11月17日付(083)に見た伊藤稿に同じ、いや青木純二『山の傳説 日本アルプス』以来である。ハーンの「雪女」では、巳之吉が雪女に遭遇したのが「十八の少年の時」のこととなっているが、その後何年経ったのかは、子供の数が「十人」と云う以外に手懸りはない。
 大井氏の話では子供の数が「五人」で『山の傳説』に同じ。原文を見て置こう。56頁17行め~57頁1行め、

‥‥。その後、二人は仲むつまじう、一家円満に暮いて、いつし/か十年の年月がたち、可愛い子どもが五人も生まれた。だけど小雪の顔・姿の美しさは、来た時と同/【56】じちょっとも変わらなかったそうな。


 子供の数については、11月1日付(075)に見たように、遠田勝『〈転生〉する物語』が問題にしていた。――ここでは「十年」と期間を区切ったからこその「五人」だと云うことを一応注意して置こう。問題はそこではないと云われるかも知れないが。
 伊藤稿では子供は乳児1人らしい。そして「ある晩」授乳している横顔を見て「十年前、白馬岳の山小屋で見たあの女のことを思い出」し、妻のことを「雪女でなかろか」と思う。だからすぐには口にしない。「ある日」黙っていられなくなって、「その雪女の顔かたちが、おまえにほんまによう似とんがや。横顔は、雪女そっくりやのお」と言ってしまうのである。しかし、伊藤稿の雪女は父親に息を吹き掛けていないから、横顔が記憶に刻み込まれたとも思えないのである。自分に近付いて来たときに「顔をジッとにらみつけたら」と云うので、はっきり見たのは正面からだと思われる。
 大井氏の話では「裁縫しとる小雪の横顔を窓の雪明かりにすかいて見」ているうちに「白馬岳近くの山小屋の一夜のことを思い出し」て、うっかり「その時に会うた女」のことを口にする。大井氏の話でも、自分に近付いて来た「女の顔をにらみつけて」いるから、正面からもはっきり見ているのだが、その前に茂作に白い息を吹き掛けるところも見ているから、その横顔をより印象深く覚えていると云うのは、ありそうである。そして、小雪に促されて、詳細を語ってしまうのである。
 そして最後、57頁16行め~58頁7行め、

‥‥。すると小雪は顔/色を蒼白*1く変えて、すうっと立上がり、吹雪の中を/過ぎる風のような細い声で、【57】
 「とうどう、あんたはあの時の約束を破ったのね。何をかくそうか、私ゃその時の雪女なの。悲し/いわ。だけど今はあんたの命をもらおうとは思わぬ。可愛い五人の子どもが生きとるんだから、それ/をみんな育てなくちゃならぬ。だけど、もう雪女の正体をあらわしたさかえ、私ゃこれ以上人間の世/界におることができんようになった。どうかお頼みもうす。子どもたちをだいじに育ててやってくだ/はれ」と言い残いて、屋根裏から霧のように外へ流れ出て、雪空の彼方に薄く消え去ってしもたが/や。蓑吉はひどく悲しがったが、このことは誰にも言わず、子ども育てたとお。
 これでおしまい。

と、大筋ではハーン「雪女」に同じ、青木純二『山の傳説』の「雪女」に、より近い。
 伊藤稿では、276頁下段18行め~277頁上段3行め、

‥‥。/そしたら女は黙って聞いとって、息子に語ったとお。「あんた。/あっだけ約束しておったがわすれたがかい。約束破ったのお。/そっやれど、子どもがおっからあとはどうか頼ん」いうたか、/【276】いわんに、女の姿は、どこやらへ消えてしもうたとお。やっぱ/し雪女やったがや。どこ探してみても、女の姿はもうわからん/だったとお。

と、随分簡略になっているが大筋は同じである。
 全体的に見ても、大井氏の話は、原作であるハーン「雪女」の痕跡を残す青木純二『山の傳説』に近いが、伊藤稿はかなり簡略化されている。
 しかし、前回見たように、大井氏の話と伊藤稿とでは、青木純二『山の傳説』と違い、山小屋で父親が雪女に殺されていないところが共通している。――すなわち、父親の死の件が脱落している、共通する原話があって、この脱落に拠る矛盾(例えば、白い息を吹き掛けられたのに、父親が無事?)をそのまま引き摺っているのが大井氏の話で、こうした矛盾箇所をばっさり切り落とし、或いは矛盾を感じさせない程度にまで簡略化したのが伊藤稿のように思われるのである。
 そんな想定をして見るのだけれども、これを検証するには、富山県に於ける白馬岳の雪女文献を揃える必要がある。しかしながら、これは中々果たせそうにない。仕方がないから、余り良いやり方ではないけれども差当り、手許にあるものから1つ1つ、見て行くことにしたい。(以下続稿)

*1:ルビ「あおじろ」。