瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(177)

・杉村顯『信州百物語』の剽窃本(3)
 昨日の続きで、野田悠『信濃奇談夜話』の細目について、「←」で典拠である杉村顯『信州百物語』の話を、仮に附した番号と叢書東北の声11『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』に収録される本文(281~380頁)の位置を添えて示した、なお『信州百物語』の典拠については、藤澤衞彦編著『日本傳説叢書信濃の卷』に拠る【1】から【18】は2019年9月1日付(106)に、【31】から【40】は2019年9月2日付(107)に、青木純二『山の傳説 日本アルプスに拠った【19】から【30】の12話は2019年8月18日付(105)に、そして松代町史』下卷に拠る【41】から【53】までの13話は2019年9月2日付(107)にその詳細を示している。【54】のみ典拠を突き止めていないことも、2019年9月2日付(107)に述べた。その後、進展させていない。
 平仮名に傍点「ヽ」を打った箇所があるが再現出来ないので仮に太字にして示した。
【1】槻の木の精*1(4~6頁)
  ←【54】鳴門の森の話(379~380頁2行め)
【2】好色燈籠(7~10頁、挿絵9頁)
  ←【40】好色灯台の話(353頁7行め~354頁)
【3】七久里の縁結びと正月行事*2(11~13頁)
 (前半11頁2行め~12頁10行め)
  ←【4】七久里の湯の話(294頁7行め~297頁3行め)
【4】虫歌観世音*3(14~16頁)
  ←【52】虫歌観世音の話(375頁5行め~376頁8行め)
【5】身代わり観世音(17~20頁)
  ←【46】善仲院観世音の話(365頁2行め~367頁7行め)
【6】安養寺の御本尊(21~24頁、挿絵23頁)
  ←【44】安養寺阿弥陀如来の話(362頁11行め~363頁)
【7】銅罐子談*4(25~29頁、挿絵28頁)
  ←【53】銅鑵子の話(376頁9行め~378頁)
【8】酒好き弥勒菩薩の話*5(30~35頁、挿絵35頁)
  ←【50】明徳寺の弥勒菩薩の話(372~374頁1行め)
【9】眼病を治す大石大明神*6(36~38頁)
  ←【49】大石大明神の話(370頁5行め~371頁行め)
【10】福德寺の涅槃図*7(39~41頁、挿絵40頁)
  ←【51】福徳寺の涅槃像の話(374頁2行め~375頁4行め)
【11】孝心猿の話(42~46頁、挿絵45頁)
  ←【42】猿屋小路の猿の話(358頁12行め~360頁6行め)
【12】猿女まつの話(47~50頁)
  ←【43】行生猿女の話(360頁7行め~362頁10行め)
【13】長者屋敷の金猫(51~54頁)
【14】弥太郞滝(55~56頁)
  ←【35】弥太郞滝の話(347頁2~12行め)
【15】鬼のどくろ(57~60頁、挿絵59頁)
  ←【9】一つ目鬼の話(303頁4~11行め)
【16】戸隠の水神さま(61~62頁)
【17】蛙の久助(63~65頁)
【18】婿ころがしと投げ草履*8(66~68頁、挿絵68頁)
 (後半66頁8行め~67頁10行め)
  ←【14】投草履の話(311~312頁1行め)
【19】大蛇の涙池(69~71頁)
【20】野々海の主*9(72~77頁、挿絵76頁)
【21】三才山の馬引き池*10(78~80頁)
【22】水沢山の天狗のしわざ(81~84頁、挿絵83頁)
  ←【3】水沢山の天狗の話(292頁9行め~294頁6行め)
【23】牧の鬼火(85~88頁)
【24】織女大蛇(89~93頁)
【25】おどけ和尚の話(94~96頁)
  ←【2】諧謔全享の話(290頁7行め~292頁8行め)
【26】佐々良峠の怪*11(97~100頁、挿絵99頁)
  ←【20】佐々良峠の亡霊の話(325~326頁4行め)
【27】おかるの穴(101~105頁)
【28】笠大尽*12(106~109頁)
【29】不義の子を宿した梅姫さま(110~113頁)
  ←【29】田端の姫の話(339頁12行め~341頁6行め)
【30】信濃御殿の話(114~118頁、挿絵117頁)
【31】狐の嫁入り(119~122頁、挿絵121頁)
  ←【28】人骨をかじる狐の話(338~339頁11行め)
【32】鹿塩の火除柱*13(123~124頁)
  ←【27】晴明の火除柱の話(336頁6行め~337頁)
【33】塩見岳の美女狐(125~127頁)
  ←【26】塩見岳の狐の話(335~336頁5行め)
【34】人を食う山猫(128~131頁)
【35】旅人と小狐(132~135頁)
  ←【21】徳本峠の小狐の話(326頁5行め~328頁)
 全35話中、23話が『信州百物語』に拠っている(うち習俗に関する2話は別の習俗と抱き合わせているが『信州百物語』が主要部分)。もちろんそのままではない。大凡は簡略にする方向で「再話」がなされている。かつ、岩淵陽の素朴かつ幻想的な挿絵には、一見の価値があるだろう。
 『信州百物語』は全54話だから漏れた話が多い。念のため漏れた話を列挙して置こう。簡単な話と少々複雑な話が避けられているようにも見えるけれども、選択の基準は良く分からない。「蓮華温泉の怪話」が採られていない理由は、松本市在住の野田氏は蓮華温泉が長野県ではないことを知っていたからであろう。明治30年と云う新しい話は採られていないから、地理ではなく時代で除外したのかも知れないが。
【1】女夫石の話(284~290頁7行め)
【5】鬚の玄三の話(297頁4行め~298頁6行め)
【6】蟇合戰の話(298頁7行め~299頁2行め
【7】小袿の美女の話(299頁3行め~301頁)
【8】二つ山の話(302~303頁3行め)
【10】神戸の銀杏の話(304~305頁10行め)
【11】蛍合戰の話(305頁11行め~306頁10行め)
【12】雨宮の猊踊の話(306頁11行め~309頁1行め)
【13】色形灰の御像の話(309頁2行め~310頁)
【15】牛伏寺の話(312頁2行め~313頁10行め)
【16】猿猴屋敷の話(313頁11行め~315頁1行め)
【17】香炉岩の話(315頁2行め~316頁4行め)
【18】永寿王丸の話(316頁5行め~317頁)
【19】蓮華温泉の怪話(318~324頁)
【22】穗高の公安様の話(329~330頁)
【23】お六櫛の話(331頁)
【24】駒ヶ岳の駒岩の話(332頁)
【25】聖德太子と駒ヶ岳の駒の話(333~334頁)
【30】槍ヶ岳温泉の話(341頁7行め~342頁7行め)
【31】迎え滝送り滝の話(342頁8行め~343頁3行め)
【32】鼠の耕雲寺の話(343頁4行め~344頁)
【33】星塚の話(345頁)
【34】太鼓石の話(346~347頁1行め)
【36】信濃の真弓の話(348~349頁4行め)
【37】山辺温泉の話(349頁5行め~350頁)
【38】四阿山の話(351~352頁1行め)
【39】金台寺の話(352頁2行め~353頁6行め)
【41】お菊大明神の話(355~358頁11行め)
【45】左宮司の話(364~365頁1行め)
【47】東条の泣き坂の話(367頁8行め~368頁2行め)
【48】御手洗辨天の話(368頁3行め~頁4行め)
 さて、注意されるのは『信州百物語』の巻頭話「女夫石の話」である。前回見たように、岩淵氏のカバー絵は「女夫石の話より」となっていた。然るに本書には「女夫石の話」は収録されていないのである。ここからは想像になるが、――野田氏は架蔵の『信州百物語』(もしくは再版『信濃怪奇傳説集』)を岩淵氏に貸与して、この本を元にした伝説集を出版することになったから、と言ってカバー絵及び挿絵を依頼したのであろう。そのとき、採用した話に特に印を付けるなどしなかったため、岩淵氏が本書に採られていない「女夫石の話」を描いてしまったのかも知れない。或いは、当初は採用するつもりで印を付けて置いたのが、校正段階で取り下げたのかも知れない*14。そのとき、力作のカバー絵をお蔵入りにするには忍びず、そのままにしてしまったものか。色々に考えられるけれども、本書には特に成立事情についての説明がないので(あってもこんなことには触れないかも知れぬが)分からない。
 それはともかくとして、本書はその大部分(2/3 程度)を『信州百物語』に拠っているのだけれども、その程度の利用は伝説集には間々あることかも知れない。いや、やはりそれらの伝説集も私は問題だと思うのである。典拠を示せば良いので、本書の場合、前回見た「*著 者 略 歴」に「趣味として長野県内の怪談・奇談を採集。」としているのが、甚だ宜しくない。実態は1冊の本からその大半を取っているのに、明らかに「県内」各地で「採集」したかのような誤解を、させようとしている。――話を「採集」する、との云い方が妥当かどうか問題にする人がいるけれども、民俗学の学術資料として集めることを指して、敢えてこのように云ったはずなのだから、これは虚偽申告と云わざるを得ない。
 残る12話、それから習俗に関する2話に添えられている『信州百物語』に見えない補足部分については、追って確認の機会を持ちたい。差当り『信州百物語』のような安易な書物までもが、このような後続作を生んでいることに注意をして置きたいのである。(以下続稿)

*1:ルビ「つき」。

*2:ルビ「なな く り 」。

*3:ルビ「むしうた」。

*4:ルビ「どうかん し だん」。

*5:ルビ「 み ろく ぼ さつ」。

*6:ルビ「だいみょうじん」。

*7:ルビ「 ね はん ず 」。

*8:ルビ「ぞう り 」。

*9:ルビ「 の の み 」。

*10:ルビ「 み さ やま」。

*11:ルビ「 さ さ ら 」。

*12:ルビ「かさだいじん」。

*13:ルビ「 か じお・ ひ よけばしら」。

*14:この場合は、原稿の写しもしくは校正刷を岩淵氏に渡していたことになろう。