瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(095)

・石沢清『北アルプス白馬ものがたり』(5)
 昨日の続き。
白馬につたわる話
【1】白馬の雪ん子(女の子)
 174頁2~5行め、前置きの後半、4~5行め「‥‥、村の人々は深い山並みのどこかに雪ん子がいると信じて、いい伝えてきた。そして、本/当に見たという人も何人かいた。」として、1行分空けて1話め、6行め~176頁7行め、カモシカ猟に雪の白馬岳に入った若者が、雄カモシカを従えた姉妹2人の雪ん子に遭遇し、凍死する。――「いつまでたっても帰らない若者」の「骸*1はついに見つからなかった」と云うのに、彼がどこで、何を見て死んだのか、どうして分かるのか。
 1行分空けて8行め~177頁16行め、宇作と云う熊狩りの名人で、熊が冬眠する冬には炭焼きをしている老人が、炭小屋で雪ん子姉妹を目撃して意識を失うが、炭窯の温かさのおかげで助かる。さらに178頁1~4行め

 その年の春、木こりに老人は、白馬の大雪渓を手をとりあって登ってゆく、姉妹の後姿をみたと/もいった。
 だれいうとなく、白馬の雪ん子姉妹は、春、雪割草の最初の花をみて、つぎの年の冬まで大雪渓/の雪穴深く眠りつづけるのだというようになった。

と云うお負けが付く。――つまり、宇作老人による唯一の目撃談と、この木樵の老人の目撃談によって、1行空けて5~6行め、

 昭和の代でも、若者が雪山にいって帰らず、その骸すらわからなくなるのは、雪ん子姉妹に会う/からだと、古老たちは信じて疑わない。

と云う判断になるのである。――宇作老人の方は幻覚、そして木樵の老人の方は何かの錯覚と云った方が良さそうに思うのだけれども。
【2】白馬の雪ん子(男の子)
 こちらは台詞が多く児童文学の短篇物語のように仕立てられている。
 雪が降らないまま年末になって、179頁4~5行め、

 年神様*2を迎えるための、二十五、六日のすす払いも、庭の黒土をみながらやった。飯森の村で/も、二十八日は朝からいっせいに正月の餅つきがはじまった。


 6行め、主人公は「六つになったばかりのお光」であるが、年末に「六つになったばかり」とは満年齢であろうか。
 その餅搗きの最中に11~13行め「大きな雪雲がむくむくとひろがり、村の空をおおったかと思う間もなく、急にあられ/がバラバラと降りはじめた。それがだんだん激しくなり、信じられないくらいの大きさになってき/た。」
 15~16行め「ひときわ大きいのが落ちてき」て「庭にすえてある「へっついか/まど」の角にあたって、パカッと割れ」ると「中から白い可愛い男の子がでて」くる。その男の子はお光に、180頁2行め「あそぼう」と言って、以後男の子はお光としか口を利かず、16行め「一人娘」のお光の「友だち」として年末から182頁1行め「三ケ日」を「楽し」く過ごす。2行め「四日」の「三九郎」を、5行め「見にいきたがらなかった」のを「無理にすすめ」て連れて行くが、11~12行め「男の子」は「音もなくその炎にスゥーと吸いよせられて」「その勢いにのせ/られ」て「どんどん天へ上ってゆく。」
 それで、183頁2行め「村人たちは」初めにその子が現れたとき、181頁4行め「年神様がさずけた雪ん子じゃねえか」との推測が当たっていたことに気付くのである。そして最後、183頁3行め、

 その夕方から、いつもの年と同じように、雪がどんどん降って、積もりだした。


 問題は、この【1】と【2】の雪ん子の話は、何処まで遡るのか、と云うことである。この章の扉には、12月21日付(092)に見たように「親から子へ 子から孫へと語りついできた」とあり、12月20日付(091)に引いたように「はじめに」にも「他郷で波乱の一生を終わった母や、米寿を前に逝った伯母の口から聞いた白馬に伝わる伝説や民話がおもしろく」とあったから、読者は何となく、石沢氏が136頁6行め「母の生地」の「親族」たちから聞いた話を纏めたのではないか、と思う。
 しかしながら、それが疑わしく思われて来るのが次の話の存在である。
【3】箕吉と雪女
 言う迄もなく「白馬岳の雪女」である。長くはないが、色々と尾鰭が付いている。これは別に、青木純二『山の傳説 日本アルプス』や杉村顕『信州の口碑と傳説』、村澤武夫『信濃の傳説』『信濃傳説集』等と比較しつつ、詳細に及ぶ検討を試みることとしよう。
 とにかく、伝承を元にしているとしても文飾があって、何処までが素の伝承なのかが全く分からない。とてもそのまま資料として扱えるような代物ではない。しかしながら、この石沢氏の「白馬につたわる話」は「広報はくば」に連載されていた、云わば村公認の伝承みたいな扱いで、本書も刊行から4ヶ月後に「3版」である。疑わしくともその影響は無視出来ないであろう。かつ、研究者は取り合っていなくとも、これを、他の、由来の正しい(?)話と同列に扱って広め、定着させようとする動きは、8月16日付(020)に見たように、既に存するのである。(以下続稿)
12月25日追記】残りの話については、主たる典拠らしき『北安曇郡郷土誌稿』を俄に閲覧出来ないので、目下特に記述すべきことがない、よって本書の内容の確認は、一旦ここで打ち切ることとする。

*1:ルビ「なきがら」。

*2:ルビ「としがみさま」。