瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

長沢武「北アルプスの怪異伝説」(1)

シリーズ 山と民俗6『山の怪奇・百物語』(1)
 記事の題にしたのはこの本に、当ブログで『北アルプス夜話』や『北アルプス白馬連峰』を取り上げた長沢武が寄稿した文章である。この山村民俗の会 編『山の怪奇・百物語』の書影は2018年3月23日付「田中康弘『山怪』(7)」に示した。
 本書と、編者である山村民俗の会が現在も続刊している「あしなか」については、2018年9月7日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(48)」に私見を示した。大して現物を見ていないのに、乱暴な評価だったと少し反省しているが、伝説や習俗について、厳密な報告ではなく随筆・読物として書かれていて、やはり資料としては使いづらいことは確かである。
 例えば、寄稿者であった末広昌雄と云う人物が佐々木喜善『東奥異聞』や青木純二『山の傳説』の話を、ほぼそのまま、しかし出典を伏せて自分が現地で聞いたかのように偽装して、まづ「山と高原」に寄稿し、その後「あしなか」にもほぼそのまま寄稿していたことを、2018年12月19日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(85)」まで縷々半年にわたって検証した。末広氏は本書にも「奥那須安倍ヶ城の怪」を寄せているが2018年9月6日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(47)」に述べたように読物仕立てで、かつ2018年12月3日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(73)」に述べたように「山と高原」掲載の旧稿を使い回したものらしいのである。
 まだ記事にしていないが、2019年10月22日付「胡桃澤友男の著述(1)」に取り上げた胡桃沢友男が「あしなか」に寄稿した文章にも、先行する伝説集に載る話をほぼそのまま再話したものがあって、しかし「あしなか」が民俗学の雑誌として扱われているために、国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」に取り込まれ、そこから検証なしに伝説の資料として活用されるような按配になってしまったものがあるのである。
 その点、長沢氏は地元白馬村の吏員として教育長などを務めた人物で、『北アルプス白馬連峰』を見ても古文書も多く原本で閲覧しており、『北アルプス夜話』を見ても伝説関連の資料にも複数目を通しているらしく、この「北アルプスの怪異伝説」を見ても、典拠をそのまま書き換えただけと云うような、安易な再話にはなっていないようだ。しかし、この、複数の文献を使用して、内容を調整しているらしいことが、少々厄介なのである。
 すなわち、先行する文献をそのまま襲っている場合は、安易ではあるけれども何に拠って書いているか、迷わなくて済む。しかし複数の文献を参照している場合、同じような話を載せている複数の本を見て、どの本に拠っているのか一々検討する必要が生じる。
 私はこの「北アルプスの怪異伝説」に目を通したとき、青木純二『山の傳説 日本アルプス』に拠っているように感じた。細目は以下の通り。仮に【番号】を附した。
【1】女嫌いの山立山141頁3行め~142頁
【2】立山地獄立山143~144頁
【3】十六人谷(黒部谷)145~146頁
【4】猫又(黒部谷)147~148頁
【5】黒部奥山の伐採と神の祟り(黒部谷)149~150頁
【6】雪女(白馬岳)151~155頁12行め
【7】ノースイ鳥悲話乗鞍岳155頁13行め~157頁9行め
【8】山伏の湯の怪乗鞍岳157頁9行め~158頁9行め
 【6】が特に長い他は、【8】が短いのが目立つ程度で、それ以外の6篇は写真や図を添えてきっちり2頁に収まるよう纏められている。その点からも長沢氏の手練れぶりが窺える。富山県側の話が多く、その殆どが『山の傳説』と重なっているのだが、さて、細かに見ていくと、『山の傳説』と範囲は重なるのだけれども、依拠してはいないらしい。では何に拠って書いたか、と云うと、長沢氏は典拠を示しておらず、私の狭い探索では、どうも見当が付けられない。いや、『山の傳説』を見なかったとも言い切れない。複数の文献を見て纏め上げたようであり、その複数の文献を見比べないことにはどうしようもない*1。それで取り上げるのを延び延びにして来たのだが、それでは何時まで経っても埒が明かぬし俎上にも上せられないのでので、分からないなりに取り上げて置こうと思ったのである。
 次回以降、長沢氏の他の著述との関係や、先行する同地域を対象とした『山の傳説』との関係、そして本書に掲載されている似た題の、胡桃沢友男「北アルプス山麓の怪異譚」との関係について、不十分ながら一通り見て行くこととしたい。(以下続稿)

*1:案外あっさり、依拠文献が見付かるかも知れないけれども。