瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

黒井千次『たまらん坂』(3)

講談社文芸文庫(二〇〇八年七月一〇日第一刷発行・定価1300円・講談社・254頁)

 カバー表紙、副題は右上に小さく示す。カバー背表紙では標題の下に小さく添える。
 カバー裏表紙、右側に上寄せで楷書体の紹介文、

たまらん坂、おたかの道、そうろう泉園――実在する奇妙な/土地の名前が、初老期に差しかかった男達の心に漣を立て、/探索とも長い散歩ともつかぬ武蔵野行へと誘う。日常と/皮膜一枚で隔たった異境で彼らが出会う甘やかな青春の残像、/人も自然も変貌する現実の苦味を、清澄な筆致で描く/連作短篇集。『時間』『群棲』など、時間と空間の交点に、/深い人生の味わいを醸し出す黒井文学の豊かな収穫。

とあり左上にバーコード2つ「9784062900171/1920193013009」と「ISBN978-4-06-290017-1/C0193 ¥1300E(0)」少し空けてやはり横組みで小さく「たまらん坂武蔵野短篇集黒井千次●A5定価:本体1300円(税別)」著者名は細いゴシック体、●には白抜きで「く」。
 カバー表紙折返し、上部に明朝体横組みで以下の紹介文、

黒井千次(1932・5・28~) 小説家。東京生まれ。学童疎開/を経験。新制一期生として都立西高を卒業。高校時代か/ら創作を始め野間宏に手紙を出して文学への志を述べる。/東大在学中メーデー事件に遭遇。1955年、東大経済学部/卒業。富士重工に入社して15年間サラリーマン生活を送/り70年退社。同年「時間」で芸術選奨文学部門新人賞受賞。/この頃より古井由吉後藤明生阿部昭らと共に「内向の/世代」と呼ばれるようになる。84年、『群棲』で谷崎潤一/郎賞、94年、『カーテンコール』で読売文学賞、2001年、『羽/根と翼』で毎日芸術賞、06年、『一日 夢の柵』で野間文芸/賞を受賞するなど旺盛な作家活動を続ける。

とあり、左下を破線で区切って講談社文芸文庫のマークがあるが、私の見た本は一部切除されている。
 カバー裏表紙折返し「文芸文庫既刊より」27人27点27冊。
 1頁(頁付なし)扉、3~4頁(頁付なし)「目次」、5頁(頁付なし)中扉「たまらん坂 武蔵野短篇集」。
 7頁(頁付なし)「たまらん坂」の扉、8頁から本文、1頁17行、1行40字、8頁は冒頭4行分空白。44頁7行めまで。
 収録作品と上製本福武文庫講談社文芸文庫の収録位置(頁-行)については、次に一覧表にして示そう。

  ①   ②   ③
たまらん坂 7~46-5 5~40-16 7~44-7
おたかの道 47~72-15 41~64-13 45~69-8
せんげん山 73~103-6 65~92-7 71~99-12
そうろう泉園 105~134-14 93~120-3 101~128-15
のびどめ用水 135~160-12 121~144-5 129~153-3
けやき通り 161~203-9 145~183-4 155~195-2
たかはた不動 205~233-4 185~210-8 197~223-8

 224~227頁3行め、黒井千次著者から読者へ/土地の名前」に、連作になった経緯、実在の場所である多摩蘭坂国立市国分寺市)、お鷹の道(国分寺市)、浅間山府中市)、滄浪泉園(小金井市)、野火止用水東大和市立川市小平市)、けやき通り(小金井市)、高幡不動(日野市)をわざわざ平仮名にした理由、「武蔵野短篇集」との副題と地域の偏りについて、著者本人による簡潔な説明がある。
 228~240頁10行め、辻井喬解説/『たまらん坂』と黒井文学」
 241~250頁下段4行め「年譜」は、最後、250頁下段に2字下げで、

本年譜作成にあたっては、小学館『昭和文学/全集第24巻』所収の著者自筆年譜を参照し、/また著者の一閲を得た。
            篠崎美生子編)

とある。
 本書を手にした理由は、そもそもはこの「年譜」が目的で、都下の図書館では3種の版を容易に揃えられたことと、舞台となっている場所をそれなりに知っているので(行ったことのない場所もあるが)内容への興味も若干あり、拾い読みで何となく読んでしまった。今後、内容にも触れるかも知れない。
 251~254頁上段5行め「著書目録 黒井千次」は末尾(254頁上段5行め)に下寄せで(作成・篠崎美生子とある。
 1頁白紙でその裏に福武文庫を底本としていること、初出、そして単行本について説明している。
 奥付、ゴシック体で「たまらん坂 武蔵野短篇集*1
 次いで「講談社文芸文庫」目録・1(~6)で「2008年7月現在」、最後に「講談社文芸文庫」3点の広告、1点めが本書。(以下続稿)

*1:ルビ「ざか・むさしの たんぺんしゆう」。