瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(365)

山口瞳『男性自身』(3)
 2月3日付(341)山口瞳の生年月日と学年について確認し、2月4日付(342)に『男性自身シリーズ』に見える、赤マント流言に触れた2箇所の短い記述を取り上げた。
 2月3日付(341)では、P+D MAGAZINE「【山口瞳電子全集】生誕90周年 山口瞳・史上初の完全電子全集」の「山口 瞳(やまぐち ひとみ)プロフィール」冒頭に「1926年1月19日東京で生まれ。同年同月に異母兄が誕生したため、‥‥」とあるのを引用したのだが、これは誤りである。小学館、しっかり仕事して下さい、と言いたい。
 『血族』を流し読みして余り深入りしない方が良いと思ったのだが、一応『ポケットの穴』返却と入れ違いに何冊か、山口瞳の評伝類を借りて来たのである。
・中野朗『変奇館の主人』発行日―平成十一年十一月二十日・印刷―平成十一年十一月十五日・定価三千三百三十四円・響文社・553頁・A5判上製本
 奥付や4頁(頁付なし)「目 次」の扉は標題のみであるが、カバー表紙・カバー背表紙・扉では「山口瞳 /評伝・書誌」と副題を添える(「/」は割書にしているカバー背表紙の改行位置)
 著者中野朗(1951.3生)は奥付上の紹介によると当時「住友生命に勤務」。そんな普通の勤め人であった中野氏がこのような本を著すに至った事情は、4~19頁「はしがき―本書の成立の経緯について」に述べてある。山口瞳の作品に親しむようになった経緯、そして、7頁14行め、その「突然の訃報」に「大きな衝撃」を受けるが、男性自身シリーズの最後の1冊を読んで、9頁3~4行め、「 そして山口瞳氏の訃報の衝撃は、実は山口瞳氏の死そのものではなく、これ以上、新たな作品を読/むことができない」ことに対するものと気付き、9~16行め、

‥‥。氏/の作品は全部読んだと思っていたが、未知の作品集や単行本未収録の作品もあるのではないか、それ/を調べてみようと思いたった。
 だが山口瞳氏の業績を辿る作業は困難であることはすぐ判明した。氏には詳細な年譜がないのだ。/個人全集である『山口瞳大全』にも付いていない。新潮現代文学小学館和文学全集に付載されて/いる二つの年譜が公式のものではないか。しかし、この年譜も簡略なもので、私が持っている本が記/載されていないこともあり、信頼性は低いと思わざるを得なかった。
 山口瞳氏の年譜が簡略なものしかないことは、氏自身が理由を書いている。‥‥


 そこで「年譜作成」を「スタート」させるが、会社員として「大阪」や「札幌」で、12頁5~6行め「勤めを持ちながらの日曜年譜製作者では、/とても完成は期し難いと断念せざるを得なかった。」そこで13行め「次善手として‥‥、全作品年表、書誌を編むこと」を「考え」る。しかし、今ならネットである程度、検索で見付け、画像で閲覧出来るようになったものも少なくないが、当時は見当を付けて雑誌のバックナンバーを書庫から出してもらって目次に目を通して探して行くしかなく、大阪や札幌の図書館には目当ての雑誌が所蔵されていなかったり、13行め「あっても欠号だらけという雑誌も多かった。」
 そんな訳で、14行め「 一年が過ぎても成果は寥々たるものであった。‥‥」のだが、長篇小説「結婚します」の初出紙に集英社文庫『谷間の花』の解説を書いた沼田陽一(1924.7.19~2006.4.29)が触れていたことから思い切って沼田氏に照会の手紙を書いたことで、この状況が打開される。山口氏の知友であった沼田氏は山口治子夫人に電話で確認した上で中野氏に返信を寄せ、そこで沼田氏と治子夫人に礼状を出し、そのついでに夫人に初出不明作品についての質問事項を書き連ね、以来「どこまでも寛大な」夫人から「一年で四十通を超え」る返信の「手紙はがき」をもらうまでになり、ついに「夫人がつくられたスクラップブック」を見せてもらうまでになる。初訪問時にはPR誌や学生時代の同人誌、国学院大学卒業論文まで見せてもらっているが、このときのこと、そしてスクラップブックの由来については550~551頁、山口治子「跋―感謝をこめて」にも述べてある。
 副題にある「評伝」は全生涯にわたるものではなく「作家山口瞳・以前」。21頁(頁付なし)扉、22~239頁本文。22~34頁「プロローグ」35~41頁「出生・幼年時代」42~51頁「麻布中学」52~60頁「工員となる・入営」61~108頁1行め「鎌倉アカデミア」108頁2行め~121頁「国土社へ入社」122~134頁「結婚・国学院大学入学」135~151頁「治子の発病・「現代評論」同人となる*1」152~176頁3行め「河出書房へ入社」176頁4行め~185頁「開高健の入社面接」186~214頁6行め「洋酒の寿屋入社、「洋酒天国」編集長となる」214頁7行め~234頁「「江分利満氏の優雅な生活」の連載」235~239頁「作家山口瞳の誕生」の13章、サントリー宣伝部を辞めるまでを述べている。
 2章め「出生・幼年時代」の冒頭、35頁2~10行め、

 山口瞳は大正十五年一月十九日に、東京府荏原郡入新井町大字不入斗八三六番地で生まれた。父、/山口昌男にとっては次男、母、静子にとっては長男である。だが戸籍上の届け出は、同年十一月三日/出生となった。父は静子と出会ったときはすでに結婚しており、長女京子がいた。父正雄が横須賀中/学の恩師の娘尾崎千枝と結婚したのが大正十二年六月であり、翌十三年の一月に京子が生まれている。/そして大正十四年三月に協議離婚となっているが、実際には山口瞳が書いているように、千枝を実家/に帰し、その直後に離縁状を速達で送り届けるといった一方的なものであったようだ。母静子との入/籍が、同年の十月二十二日である。その三日後の二十五日に、千枝は純を出産している。臨月の静子/の許に純が届けられ、山口瞳の出生が一月十九日から、十一月三日になったのだが、こうした出生の/秘密を山口瞳は繰り返し書いている。

とある。――そうすると、異母兄が誕生した「同年同月」に山口瞳の両親が入籍しているので、山口瞳と「同年同月に異母兄が誕生した」訳ではない。
 なお、36頁17行め~37頁3行め、

 山口瞳は昭和五年十二月に、麻布の戸越銀座を見下ろす高台のお屋敷から、川崎市南河原へ夜逃げ/【36】同然に引っ越している。この時山口瞳は四歳であるから、記憶が断片的であるのはやむを得ない、異/母兄の純は父の実家に預けられていたにしても、昭和三年生まれの麗子、昭和五年の二月に生まれた/ばかりの弟、昭は一緒だった筈だが、その記憶はなく、母と二人きりで逃げたと思う、と書いている。

とあるが、麻布から戸越銀座は見下ろせないだろう。
 そして、少々苦労して突き止めた(?)「男性自身」の連載回数と掲載号、それから再録状況なども、241~549頁「書 誌」によってあっさり判明する。
 241頁(頁付なし)「書 誌 〈著 書 目 録/著作目録稿〉」の扉、242頁「凡 例」2段組、243頁(頁付なし)「著書目録」の扉、244~350頁上「単 行 本」に81点、350頁下は余白。351~358頁上「全 集」、358頁下~361頁下「編 集 本」5点、362~382頁下「文 庫 本」63点。383頁(頁付なし)「著作目録稿」の扉、384~549頁上まで、下段は余白。
 2月4日付(342)に取り上げた赤マント流言関係の文章については、「著作目録稿」の400頁下段~407頁上段18行め「一九六五年(昭和四十年)     三十九歳」条、401頁下段5~6行め「〈男性自身 61〉いたずら(週刊新潮2月1日)/◇『ポケットの穴』」406頁上段1~2行め「〈男性自身 97〉教育(週刊新潮10月9日号) ◇/同右」とある。242頁「凡 例」下段19行めに「 収録著書名は◇を付して記載した。」とある。
 そこで「著書目録」を見ると、249頁上段16行め、ゴシック体でやや大きく3行取りで、単行本「7 ポケットの穴(男性自身シリーズ 2)」とあり、2字下げで17行め~下段4行め、

一九六六年(昭和41年)四月二十五日印刷   /四月三十日発行
新潮社(東京都新宿区矢来町七一)【上】
発行者・佐藤亮一 印刷・二光印刷 製本・新宿/加藤製本
四六判 紙装軽装本 二五八頁  三三〇円  /装幀・カット 柳原良平  オビ付

と初版の書誌情報が紹介されている。次いで5行め「内容」とあって、6行め~250頁上段14行め、1字下げで題に( )で初出を添えて並べる。249頁下段9行めに「いたずら(同2月1日号)」250頁上段9行め「/教育(同10月9日号)」15~20行めに「オビ」を表裏紹介して1行分余白。そして372頁下段7行め、文庫本「32 男性自身 冬の公園」は、8~10行め「一九八二年(昭和57年)六月二十五日発行/新潮文庫 草―9 三一六頁 三六〇頁/カバー・柳原良平」とやや簡略な紹介で、11行め「内容」も初出を示さず、12~17行め、24題を並べて末尾に(以上『男性自身』所収)、18行め~373頁上段7行めに31題*2、末尾に(以上『ポケ/ットの穴』所収)。8行めに1字下げで「〈解説〉常盤新平」。書影を示して置こう。

 これでこの文庫版は『男性自身シリーズ』単行本の最初の2冊からさらに抄録したものと分かるのだが、372頁下段18行め『ポケットの穴』からの再録分の3番めに「いたずら」、373頁上段6行め、28番めに「教育」が見え、赤マント流言に触れた回は両方とも文庫版にも収まっていることが分かる。
 552~553頁「あ と が き」。(以下続稿)

*1:「目 次」では鉤括弧は半角。

*2:5行め「‥‥ ハヤシライス 薮の中走者一、二塁 女の/‥‥」と繋がっている題がある。