瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤堀又次郎伝記考証(09)

 3月24日付(03)の最後に予告してから随分迂回したが、ここで市谷加賀町の赤堀家を何度となく訪問している人物の回想を見て置こう。
反町茂雄『一古書肆の思い出』2 賈を待つ者(1)
 書影や刊年、初出等については3月12日付「反町茂雄『一古書肆の思い出』(2)」に示した。以下単行本を①、平凡社ライブラリー(HL)版を②とし、前者の改行位置を「/」後者のそれを「|」で示す。
 ①39~256頁「Ⅱ 全国に張りまわす珍本捜索網」②49~260頁「Ⅱ――全国に張りまわす珍本捜索網」の章、①115~132頁「6 弘文荘の善本鉱脈」②121~139頁10行め「6――弘文荘の善本鉱脈」の節の冒頭2項に赤堀家訪問のことが活写されている。
 1項め(①115頁2行め~117頁2行め②121頁2行め~122頁)の前半(①116頁2行め②121頁14行めまで)を抜いて置こう*1

 隠者赤堀翁の秘蔵本  昭和九年のお客様からの仕入れでは、赤堀又次郎さんからのを特筆|しなけ/ればなりません。赤堀先生は国語学の大家で、はやくすでに、明治三十五年に、『国語|学書目解題』/と云う、当時としては画期的な大著で名を知られたお方。私が初めてお目にか|かったのは、この年八/月末日、秋の近かろうとする頃でした。お宅は牛込区市ヶ谷加賀町二丁|目、静かな住宅街の奥まった/古い二階家、その階上の六畳間。赤くなった畳の色が、今に眼に|残って居ります。先生は七十四、五/歳ほど、残り少ない頭髪はボーボー、乱生した髭も鼻毛も|伸び放題。耳穴からも、細い毛がモジャモ/ジャと生え出している。奥様は小柄、顔はやせて小|さく、お色は青く、無口で従順、何でもハイハイ/と、よくお世話をなさる。
 「君から目録を送ってもらったが、古い和本を買うかい」
 「ハイ、頂戴します」【115】
 むくっと身をおこすと、ふすまを開けて、次室へはいられる。一山の古典籍を持ち出されま|した。
 「これだ」【121】


 昭和9年(1934)と云う時期から見て、3月24日付(03)に確認した市谷加賀町二丁目の住所のうち最後に住んで本籍地とした二番地の家であろう。赤堀氏は数えで六十九歳、満で68歳になろうとするところ。
 そして、示された和本の書目と見積額を列挙、それに対する赤星氏の反応は、①116頁11~13行め②122頁9~11行め、

 「ソウか*2
と一言。
 これが、このお方との出会いでした。永く間も置かず、‥‥

と、この節の題からも察せられるように、反町氏は以後、赤堀氏から少なからぬ数の善本を、それなりの金額で買い取っているのだが、その内訳については将来、赤堀氏の著書、そして『弘文荘待賈古書目』を検討することになった際に(ならないかも知れないが)見て行くこととして、今回は割愛する。
 反町氏の日記等に基づいていると思われる赤堀家の訪問日は、9月10日*3、15日。12月(上旬?)、12月12日、昭和10年(1935)2月、6月、8月と続く。
 2項め、①117頁3行め~121頁5行め②123~127頁6行め「稀書を、ポツポツと」から、この、通い慣れた頃の描写を抜いて置こう。①117頁8行め~118頁2行め②123頁6~16行め、

‥‥。少ない時は三、四十円、多い時|は百円前後。いつもきまってハガキが来/ます。
  ◯月◯日午後◯時頃、来宅ありたし。
 使いなれて、尖*4の疲れたらしい古万年筆の走り書き、行数はいつも二行か二行半。指定の時|間に罷*5/り出ますと、六畳の中央に本が積んである。傍に黙然と坐って居られる。手をついて挨|拶をしますと、/すぐに、
 「アア、それだ」
と、あごで示される。二、三点か、多くて五、六点。決して多数ではない。平家や曾我物語|の様な冊数/の多いものはまれ。大抵は全部を風呂敷に包んで、軽く持ち帰れる程度でした。しか|し凡書は一点も/【117】ありません。どれも、どこか取柄のある珍本。種目は、時に国史のものも交じ|りましたが、先ず国/語・国文関係に限られ、特に国語のものが多いのは、御専門からして当然。|【123】‥‥


 そしてこの頃に買い取った書目と評価額を挙げているが、特に「富士谷御杖の自筆稿本」が学者たちに注目されていたことを述べ、①119頁1~4行め②125頁1~3行め、

‥‥、それらが一度に出るので/はなく、一、二点ずつ、ポツポツ出るのであります。郵便受|けの中に「◯月◯日……」のハガキを見/出す度に、「今度は何が出るのだろう。御杖のものもあ|るかな」などと、期待に胸をふくらませて、牛/込行きの電車に乗るのでした。

と回想する。赤堀氏の写真はまだ見ていないのだが、老碩学の風貌が眼に浮かぶようである。
 さて、この項の後半が、赤堀氏の伝記について、少々問題のある記述になるので、その引用検討は次回に回すこととしたい。(以下続稿)

*1:②は読点全て全角、鉤括弧開きは半角。以下の引用も同じ。

*2:②は「ソウカ」

*3:赤堀氏の満68歳の誕生日。

*4:ルビ「さき」。

*5:ルビ「まか」。