・「おじさんの話」(7)斎藤隆介➋
前回の続きで②講談社『松谷みよ子全集』第十二巻(1972)の、斎藤隆介による解説「鯨小学校」の「1」節めの後半から見て置きましょう。
176頁11~12行め「洪水の話」の「すばらしい」表現を絶賛する葉書を出したことを挟んで、13行めからこの節の最後まで、巻頭作の「鯨小学校」を絶賛しています。偕成社版の①「第一単行本」が『木やりをうたうきつね』と題していたのが③「新版」では『鯨小学校』と変わったのは、巻頭作であることに加えて、斎藤氏の賞讃があってのことと思われます。13~17行めを抜いて置きましょう。
しかし一番好きなのは今回巻頭に載っている「鯨小学校」だ。これはある芸術雑誌が「おとなの/絵本」という企画をたてて私にも書け、といってきた時、「絶対、『鯨小学校』がいい。」と松谷さ/んをくどき落として代わりに載せてもらった。*1
本が出て、オフセットの絵がタップリはいっているそのページを開いたらやっぱり良かった。そう/いう雑誌を読むおとなの読者をも爽やかな思いに遊ばせる、さわさわとした良い作品だった。*2【176】
177頁1~11行めは展開を追いながら「鯨小学校」の良さを指摘して行きます。ところで「ある芸術雑誌」ですが、伊藤英治 編『松谷みよ子の本 別巻 松谷みよ子研究資料』159~452頁「松谷みよ子全著作目録」259~411頁「編纂出版物・雑誌・新聞」266頁上段14行め~291頁下段5行め「創作(雑誌・新聞)」を見るに、278頁上段1~2行め、
と初出が見えるその8ヶ月半ほど後、下段13~15行めに、
「おとなの絵本<2> 鯨小学校」=「芸術生活」一九六八年二/ 月号(第二十一巻第二号) 二月一日 原田維夫絵 芸術/ 生活社
とあって、これで間違いなさそうです。
なお、388頁下段11行め~411頁上段「座談会・インタビュー」に、395頁下段7~10行め、
対談「子どもと現実をみつめて」(松谷みよ子・斎藤隆介)=/ 「日本児童文学」一九七七年九月号(第二十三巻第十一/ 号)九月一日 日本児童文学者協会編集 ほるぷ教育出開/ 発研究所
があって、「日本児童文学」は国立国会図書館デジタルコレクションの国立国会図書館限定公開なので閲覧は出来ておりませんが、この号は「〈特集〉松谷みよ子の世界」で、この対談で斎藤氏は直接、松谷氏に「『鯨小学校』というのはぼくは大好きで」と伝えているようです。ついでに329頁上段7行め~388頁下段10行め「解説・評論・随筆等」には、350頁下段16~18行め、
随筆 斎藤隆介の人と作品「隆介さんのこと」=「日本児童/ 文学」一九七九年二月号(第二十五巻第三号)二月一日/ 日本児童文学者協会編集 偕成社
があって、これを見れば斎藤氏との知り合ったときのことや「鯨小学校」のことなど記述がありましょうか。この号は「特集 斎藤隆介の世界(現代作家シリーズ4)」でした。
続く「2」節め、冒頭13~16行め、
「鯨小学校」の中に、「おじさんの話」の良さは集約されているような気がする。そしてこの連作/は松谷さんの全作品の中でも独特の地位を占めるように思えるがどうだろうか。*3
おじさんと子どもの会話も「 」でくくらずに地の文のように書いたその姿勢が柔らかい淡々とし/た感じで、すぐ本題にひきこんでしまう。布で包んだ打棒で奏でるシロフォンを聞くようだ。*4
として「銀の矢、くるみの木の矢」と「ゆうれい」を取り上げてその「説得の力」や「独特の効果」について述べ、178頁17行め~179頁4行め、
よく民話を訪ねて歩かれる松谷さんの姿勢が原因だろうが、その訪ね方が「民話採集」というよう*5/【178】な硬直したものではなく、田舎の道ばたにひょいっとしゃがみこんで話し合って何事かを胸に受け/取ってくるような、そういう松谷さんの人間性から生まれたものだろう。*6
だからこの中にはずいぶん暗い話や、辛い話、重い話もあるのに、なにかほのぼのとしたぬくみも/同時に感じさせる。*7
と締め括っています。
そして最後の「3」節めは主人公の設定について。――①③④しか見ていなかったときは、設定の確認作業を自分でやらないといけないと思って準備しておったのですが、斎藤氏が要領良く纏めていますので、これに依拠しつつ見て行くことにしましょう。179頁6~14行め、
最後に、全編を貫く主人公、おじさんの設定がうまい。*8
おじさんは、どうやら母方の「伯」ではない「叔」の方のおじさんのような気がする。*9
これも生き生きと描かれてしゃべる直接の語り手である子どもの話の中に、「おかあさん」のいっ/たことは度々出てくるがおとうさんの言葉はあまり出てこないのでそう思える。「おとうさん」の言/葉は、「年神さまと貧乏神さま」で、「お正月にはくるように」という伝言を子どもが伝えるところが/一か所だったように思う。*10
この作品で、「おじさんはひとりだ。どうしておよめさんがいないのかよくしらないけど、とにか/くひとりだ。」とあるから、気ままな独身暮らしを楽しんでいるらしい。*11
食事はお手つだいのおばさんがしてくれているらしいが、‥‥*12
但し①には「年神さまと貧乏神さま」は収録されていないので、①の読者にはこの設定は知らされていませんでした。尤も他の話を読んでも妻子持ちのようには読めないのですけれども。
斎藤氏は続いて巻末の「かわいそうなきつね」の導入の漢方薬の件に触れて、180頁4~10行め、
さればといって老年ではない。あきらかに青年として描かれている。*13
「おじさんとうりん坊」では、テレビ番組を作るためにカメラマンを連れて動物園に出かけていのし/しのおりの中にはいったりしているから、現代の最先端の職業であるテレビ局のディレクターかな/んかしているらしい。*14
だがこのディレクター、カメラマンの要請で「いのししがだあーっと走る」のを撮るために、おり/の中で両手をひろげていのししを追いかけさせられたりもする。*15
はては、‥‥
と職業を推測する。12~14行め、
仕事の上でか楽しみでか、旅も好きなようでお遍路さんについてほのぼのと語り始めたり、語り手/の少年を連れて冬の高原にいったりする。*16
しかし突然、尾根の草原で途中下車してしまって、‥‥*17
四国の遍路について導入で語っているのは「ウメボシたぬき」で、冬の高原に出掛けるのは「山のかっぱ」です。
このように日本各地を旅し、斎藤氏は触れていませんが「ネス湖の竜は……」では近頃スコットランドにまで出掛けたことのあるおじさんの話を、好奇心旺盛の甥っ子が聞くと云う設定で、――ここまで都合良く日本各地を歩いて幅広い話題を仕入れているおじさんなんか、普通おらへんやろ、と突っ込みたくなってしまうのですが、これらの話を仕入れた松谷みよ子と云うおばさんが実在している訳で、かつ松谷氏はテレビ局にも出入りしていたのですから、どうしてそこに行ったのかの説明が不足しているようには思いますが、余りそこに突っ込んでも仕方がないでしょう。
いえ、日本各地といっても満遍なく廻っている訳ではなく、やはり松谷氏が丹念に廻った長野県が多く、次いで秋田県、そして和歌山県と云った、未来社『日本の民話』シリーズに関連する場所が多くなっているようです。これらに比べて、他の地域については土地の説明にやや具体性を欠き、おじさんが実際に歩いていないのではないか、と思わせてしまうような按配になっています。まぁそこは「べにつばき」の冒頭に「おじさんはお話の本がすきだ。」と、本からも多くの話を仕入れていることを窺わせる記述があり、そして最終話「かわいそうなきつね」の導入部は「白峰のむかし話」の本で読んだ話の紹介になっていて、そうすると確かに松谷氏自ら、①③「あとがき」に「作品といえるのかどうか」或いは②「作品覚書」では「作品といってよいのか」と疑念を表明しているような、少々作品として安易な作りのように見えるところがないではありません。斎藤氏は、その辺りを全く問題にしていないのですけれども。(以下続稿)
*1:ルビ「ばんす ・こんかいかんとう・の ・くじらしようがつこう・げいじゆつざつし/え ほん・き かく・わたし・か ・とき・ぜつたい・くじらしようがつこう・まつたに・お ・か ・の 」。
*2:ルビ「ほん・で ・え ・ひら・よ /ざつし ・よ ・どくしや・さわ・おも・あそ・よ ・さくひん」。
*3:ルビ「くじらしようがつこう・なか・はなし・よ ・しゆうやく・き ・れんさく/まつたに・ぜんさくひん・なか・どくとく・ち い ・し ・おも」。
*4:ルビ「こ ・かいわ ・じ ・ぶん・か ・し せい・やわ・たんたん/かん・ほんだい・ぬの・つつ・だ ぼう・かな・き 」。
*5:ルビ「みんわ ・たず・ある・まつたに・し せい・げんいん・たず・かた・みんわ さいしゆう」。
*6:ルビ「こうちよく・いなか ・みち・はな・あ ・なにごと・むね・う /と ・まつたに・にんげんせい・う 」。
*7:ルビ「なか・くら・はなし・つら・はなし・おも・はなし/どうじ ・かん」
*8:ルビ「さいご ・ぜんぺん・つらぬ・しゆじんこう・せつてい」。
*9:ルビ「ははかた・はく・しゆく・ほう・き 」。
*10:ルビ「い ・い ・えが・ちよくせつ・かた・て ・こ ・はなし・なか/たびたびで ・ことば ・で ・おも・こと/ば ・としがみ・びんぼうがみ・しようがつ・でんごん・こ ・つた/しよ・おも」。
*11:ルビ「さくひん/き ・どくしんぐ ・たの」。
*12:ルビ「しよくじ・て 」。
*13:ルビ「ろうねん・せいねん・えが」
*14:ルビ「ぼう・ばんぐみ・つく・つ ・どうぶつえん・で /なか・げんだい・さいせんたん・しよくぎよう・きよく/」。
*15:ルビ「ようせい・はし・と /なか・りようて・お 」。
*16:ルビ「し ごと・うえ・たの・たび・す ・へんろ ・かた・はじ・かた・て /しようねん・つ ・ふゆ・こうげん」。
*17:ルビ「とつぜん・お ね ・くさはら・と ちゆうげしや」。