瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

昭和史

北杜夫『どくとるマンボウ医局記』(1)

8月8日に投稿予定だったがしばらく後回しにしていた。 * * * * * * * * * * 7月20日付「elevator の墜落(3)」に、北杜夫が医局時代に聞いた怪談を吉行淳之介との対談『恐怖対談』から引用して、『どくとるマンボウ医局記』を参照すべきであろう…

赤いマント(210)

・武田百合子『ことばの食卓』(3) 昨日の続き。 小児性愛の気味のある牛乳屋が登場するのはここまでである。 ①20頁5~12行め②21頁9行め~22頁2行め③21頁9行め~22頁2行め④179頁5~12行め まわってくる紙芝居屋は、二人ともが「黄金バット」をやっていた。…

赤いマント(209)

・武田百合子『ことばの食卓』(2) 昨日の続きで「牛乳」について、牛乳を飲まされていた話題が赤マントに展開して行くまでを見て置こう。 昨日引用した箇所に続いて、牛乳配り=牛乳屋について描写する。①17頁7行め~18頁1行め②18頁9行め~19頁3行め③18頁…

赤いマント(208)

・武田百合子『ことばの食卓』(1) 8月4日付「武田百合子『ことばの食卓』(2)」にて、『ことばの食卓』諸本の体裁を確認するために2篇め、「草月」の連載では第1回に当たる「牛乳」を例に取り上げたが、この「牛乳」に赤マントが出て来るのである。しか…

赤いマント(207)

・吉行淳之介『贋食物誌』(2) 昨日の続き。 和田氏との対談ではごく簡略になって、当初女学生を狙っていることになっていた件などが見当たらない。これは7月18日付「吉行淳之介『恐怖対談』(3)」に引いた、恐怖対談シリーズの担当編集者・横山正治「解…

赤いマント(206)

7月22日付(205)に予告した、吉行氏が赤マント流言体験を書いたエッセイを確認して置こう。 ・吉行淳之介『贋食物誌』(1) 諸版と引用の要領については7月24日付「吉行淳之介『贋食物誌』(1)」に同じ。 ①42~43頁・②65~67頁・③73~76頁5行め「19・餅…

赤いマント(205)

・吉行淳之介『特別恐怖対談』(2) 昨日の続きで、6節め「小鳥クリーニングと赤マント」の後半、吉行氏と和田氏の語る赤マントの件を見て置こう。 単行本144頁2行め~145頁8行め・文庫版160頁15行め~163頁6行め・文芸文庫55頁8行め~56頁(15行め)。 和…

赤いマント(204)

一昨日まで最初の『恐怖対談』と最後の『特別恐怖対談』の2点だけだけれども、吉行淳之介「恐怖対談シリーズ」について一応の確認をした。そして昨日、手始めに「エレベーターの墜落」にまつわる怪談を取り上げたのだけれども、本題はむしろこちらの方である…

吉行淳之介『恐怖対談』(1)

吉行淳之介(1924.4.13〜1994.7.26)の小説は、殆ど読んだことがない。有名作家の作品は他の人に任せて置けば良いと思っていたのと、題材にされている娼婦に興味も親しみも覚えないからである。落語の廓噺も好きではない。勉強のために聞いたので、大して面…

赤いマント(203)

・黒田清『そやけど大阪』(6) 昨日引いた、滝川小学校の卒業生たちが同窓会で語った赤マント流言の内容について、確認して置こう。 「小学四、五年生のころだったか」の段落が、実は小学3年生のときだったと思われるのだが、黒田氏が実際に接した流言の内…

赤いマント(201)

・黒田清『そやけど大阪』(4) 昨日見た、第三章の18節め「匂いの記憶が町並みを浮かばせる」に述べられていた平成5年(1993)4月の同窓会のことは、19節め、183頁11行め~185頁「紙芝居の街、郷愁の赤マント」に続くのである。 前節の最後の段落を受けて…

赤いマント(200)

・黒田清『そやけど大阪』(3) 昨日の続き。 滝川小学校の同窓会については、まづ第二章の10節め「昭和十年代の天満を地図で ”再現” 」の冒頭、前回引用した箇所の前の段落に、99頁11~12行め、 九月はじめの日曜日、小学校の同窓会があった。場所は天満天…

赤いマント(199)

・黒田清『そやけど大阪』(2) 私は高校時代の3年間を兵庫県で過ごし、大阪にも年に何度か出たけれども、ほぼ梅田の周辺で用事を済ませて、それ以外の場所に行って見たことがない。たまに都会に出る高校生には大阪は何だか複雑で、寄席や映画を見るような…

赤いマント(198)

田辺聖子の赤マントについて、時期と登場人物につき少々長くなってしまった。河合隼雄との対談では、昨日の引用に続く「大きな意味をもって存在する男の子」の節に、登場する男子のモデルについて(『私の大阪八景』には触れずに)語っており、小説との関連…

赤いマント(196)

・田辺聖子『私の大阪八景』(15) タヌキ先生⑦ 昨日の続きで、河合隼雄対談集『あなたが子どもだったころ』の四六判並製本(光村図書出版)と四六判上製本(楡出版)の、田辺氏との対談から、小学4年生時の回想を抜いて置こう。 1節め「人生のいちばん初め…

赤いマント(192)

・田辺聖子『私の大阪八景』(11) 昨日、主人公トキコが授業中に小説を書いていることをタヌキ先生に見つかって、教壇で級友たちに見せるように言われて笑われるところを見たが、今日はその続きで読み上げさせられるところを抜いて置こう*1。『全集』第一巻…

赤いマント(191)

・田辺聖子『私の大阪八景』(10) タヌキ先生の確認で長くなったが、6月30日付(188)の続き、少し飛ばして、『全集』第一巻31頁5~19行め(長篇全集218頁上段3行め~下段1行め・岩波現代文庫34頁4行め~35頁5行め・角川文庫(改版)37頁8行め~38頁7行め)…

赤いマント(190)

・田辺聖子『私の大阪八景』(9) タヌキ先生④ 『田辺写真館が見た ”昭和” 』19章め「昭和の子供の夏休み」では、昨日の引用した箇所までで一旦中断して、195頁11~12行め、 ――このお話は前にもある所へ書いたことがあるけれども、この、一見、かしこそうな…

赤いマント(189)

・田辺聖子『私の大阪八景』(8) タヌキ先生③ 昨日の続きで、タヌキ先生のモデルと思われる先生の回想を、まづ『楽天少女 通ります 私の履歴書』から抜いて置こう。42頁4~12行め、 母は当然の如く教育ママであった。勉強のキライな小学生である私は、がみ…

赤いマント(188)

・田辺聖子『私の大阪八景』(7)タヌキ先生② それでは、赤マントに関する箇所の初めの方を引いて置こう*1。『全集』第一巻30頁18~20行め(長篇全集217頁下段15~19行め・岩波現代文庫33頁11~14行め・角川文庫(改版)36頁15行め~37頁1行め)、傍点「ヽ…

赤いマント(187)

・田辺聖子『私の大阪八景』(6) 時期~タヌキ先生① それでは、ようやっと小説の本文を検討することにするが、今年刊行したいと思っていた拙著『昭和十四年の「赤マント」』*1には、小沢信男「わたしの赤マント」と合わせて「わたしたちの赤マント」と題す…

赤いマント(186)

・田辺聖子『私の大阪八景』(5) 小学校名の確認② なかなか本作の検討に移れないが、自分が通った小学校について、田辺氏本人も前回述べたような校名の変遷に付いて行けず、混乱を来しているのでその点をもう少々確認して置こう。 すなわち『田辺写真館が…

赤いマント(185)

・田辺聖子『私の大阪八景』(4) 小学校名の確認① 昨日の続きで、今日は早速赤マントに関する記述を抜いて検討を加えて行こうと思っていたのだが、早速躓いてしまった。 それと云うのも、舞台となった主人公が通う小学校が、『全集』第一巻14頁16~17行め…

赤いマント(183)

・田辺聖子『私の大阪八景』(2) 以前『田辺聖子全集』を見たとき、エッセイで赤マントに言及していたのを見付けたように記憶するのだが、僅かな記述で、どのように位置付けて良いか、記事にするには工夫が必要だったので保留にしていたことを忘れていた。…

赤いマント(181)

・『田辺聖子全集』別巻1(二〇〇六年八月十日第一刷発行・集英社・口絵+521頁・A5判上製本)田辺聖子全集 別巻1 年譜・田辺聖子で読む昭和史/対談と鼎談/田辺聖子論二編/初出一覧作者: 田辺聖子出版社/メーカー: 集英社発売日: 2006/08/04メディア: 単行…

赤いマント(180)

・山中恒『戦争の中の子どもたち』(2) 前回、本書の赤マントに関する記述が延吉実『司馬遼太郎とその時代 戦後篇』に引用されているのを見た。そのついでに、2013年12月30日付(70)に若干の補足訂正を加えて置くこととしたい。 その前にまづ、2013年12月…

赤いマント(179)

・延吉実『司馬遼太郎とその時代』(4) 『戦後篇』140~196頁「第4章 難波塩草」、169頁13行め~183頁7行め「3 難波塩草尋常小学校 Ⅰ」の節、赤マントについての記述の今回は後半、174頁12行めから175頁4行めまでを見て置こう。引用は2字下げで前後1行分…

赤いマント(178)

・延吉実『司馬遼太郎とその時代』(3) 赤マントの記述は、『戦後篇』140~196頁「第4章 難波塩草」の、169頁13行め~183頁7行め「3 難波塩草尋常小学校 Ⅰ」の節、司馬氏が入学・卒業した小学校についての司馬遼太郎(本名・福田定一)のエッセイの短い…

赤いマント(177)

・延吉実『司馬遼太郎とその時代』(2) 本書は6月1日付(176)に示したように、全2巻であるが、1冊めの『戦中篇』311~313頁「おわりに」の末尾近く、312頁17行め~313頁1行めに、 『司馬遼太郎とその時代』は、戦前・戦中・戦後の三部構成(全三巻)で構…

elevator の墜落(2)

前回引いた『三田村鳶魚日記』昭和4年(1929)の四月十七日(水)条の、三越エレベーター墜落の真相ですが、この書き方では誰から聞いたのか分かりません。東京府豐多摩郡澁谷町金王の吉田冠十郎の家でこんな話が出たのか、それとも吉田家への往返に平音次郎…