瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

昭和史

阿知波五郎「墓」(16)

昨日、twitter を始めた切っ掛けを、意図せざる「閉じ込められた女子学生」記事閲覧数の激増にあるように書いてしまったのですけれども、これは理由の1つではありますが、主たるものではありませんでした。その、主たるものは昨年4月に縷々書いたので繰り返…

結婚式の引出物(1)

父は昭和が終わったときに丁度満50歳で、当時管理職として多くの部下を使っていた。昭和の管理職らしく、年に1度自宅に部下たち10余名を招いて、母に食事を作らせてもてなしていた。今話題(?)の夜の街にも部下を自腹で連れて行ったりしていたらしい。バブ…

伊藤正一『黒部の山賊』(5)

①初版、②新版、③定本、④文庫版の関係について。 ・初版カバー裏表紙の竹節作太の紹介文 ①のカバー裏表紙、右側の余白の上部、縦組みで「●ほんとう /にあった話 /当時毎日新聞担当記者/竹 節 作 太」とあって、明朝体縦組み2段組の紹介文。この竹節作太(1…

伊藤正一『黒部の山賊』(4)

昨日の続きで①初版、②新版、③定本、④文庫版の関係について。 ・カバー裏表紙の「毎日新聞」の記事 カバー背表紙、②は白地で上部にカバー表紙や扉と同じ字体の標題、下寄りに明朝体で大きく著者名、最下部にゴシック体の横並びで極小さく「実業之日本社」。③…

周防正行『シコふんじゃった。』(10)

昨日の続きで、「立教大学体育会相撲部」HPの「周防正行さん特別インタビュー」で語らえている内容について。 前回紹介したように、仮に番号を附した①②③の順になっているが、実は②①(周防正行)の順に収録され、さらに③(桝井省志)が収録されたようだ。当然…

赤いマント(245)

・北川幸比古の学年(6) 児童文学作家・詩人の北川幸比古(1930.10.10~2004.12.25)の学年とその時期について、松谷みよ子『現代民話考』の中で一定していないことを、これまで指摘して来ました。 まづ2013年10月24日付(003)にて、北川氏が『現代民話考…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(11)

・五-3-G「デマの傳播」(2) 一昨日・昨日の続き。ですから本当は(3)なのですが、昨日の「赤マント事件」は独立して取り上げたので(2)として置きます。今回は278頁12行めからこの章の最後、281頁4行めまでを抜いて置きます。 目なし達磨 色々の…

赤いマント(244)

・同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(2) 標記の記事としては2つめだが、5月3日付(243)の続きと云うよりも昨日の続き、すなわち「G デマの傳播」の引用の続きで、278頁6~11行め、 赤マント事件 昭和十三年十一月から翌年二月にかけて、帝都の學童を震…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(10)

・五-3-G「デマの傳播」(1) 私が本書を確認しようと思ったのは、2019年4月12日付「赤いマント(175)」に述べたように、ナカネくんの2019年4月2日22:04の tweet に紹介されているのを見たからです。しかしながら、5月3日付「赤いマント(243)」に述…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(09)

昨日の続き。 1頁中扉、上部中央に縦組み明朝体太字で標題。なお、記事の題ではナカネくんの2019年4月2日22:04の tweet に示されている表紙(及び背表紙)の標題通り「國際宣傳戦」としていますが、活字では全て「國際宣傳戰」となっております。 3頁「一、…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(08)

昨日まで、5月4日付(01)に引いた「編者の言葉」を執筆している同盟通信社調査部長内海朝次郎(1900~1946.12.9)について、子息の内海紀雄による「メディア展望」への連載「一通信社記者の「昭和」~その軌跡を手紙と日記に見る」にて、同盟通信時代の経歴…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(7)

昨日の続きで、新聞通信調査会HPの「メディア展望総目次(年)」から、内海紀雄「一通信社記者の「昭和」~その軌跡を手紙と日記に見る」の(XI)から最後まで見て置きましょう。要領は5月5日付(2)に同じ。 ・第591号(平成23年4月1日発行・40頁)13…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(6)

昨日の続きで、新聞通信調査会HPの「メディア展望総目次(年)」から、内海紀雄「一通信社記者の「昭和」~その軌跡を手紙と日記に見る」の(Ⅷ)から見て行きましょう。要領は5月5日付(2)に同じ。 ・第588号(平成23年1月1日発行・32頁)17~19頁…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(5)

昨日の続きで、新聞通信調査会HPの「メディア展望総目次(年)」から、内海紀雄「一通信社記者の「昭和」~その軌跡を手紙と日記に見る」の(Ⅴ)から見て行きましょう。要領は5月5日付(2)に同じ。 ・第585号(平成22年10月1日発行・32頁)14~16頁…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(4)

一昨日からの続きで、新聞通信調査会HPの「メディア展望総目次(年)」から、内海紀雄「一通信社記者の「昭和」~その軌跡を手紙と日記に見る」の(Ⅳ)を見て置きましょう。要領は5月5日付(2)に同じ。 ・第584号(平成22年9月1日発行・40頁)14~1…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(3)

昨日の続きで、新聞通信調査会HPの「メディア展望総目次(年)」から、内海紀雄「一通信社記者の「昭和」~その軌跡を手紙と日記に見る」の(Ⅱ)以降を見て行きましょう。要領は昨日見た(Ⅰ)に同じ。 これは、当ブログで行って来た赤マント流言についての記…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(2)

前回、内海朝次郎(1900~1946.12.9)は8月歿か、と見当を付けて見たのですが、違っていました。 前回触れた「一記者の戦中・戦後」との副題の2冊は閲覧の機会がなかなか得られそうにありません*1が、新聞通信調査会HPの「メディア展望総目次(年)」から、…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(1)

昨日の続きで当初、「赤いマント(244)」と題して投稿したのですけれども、本の説明がしばらく続きそうで赤マント流言には及びませんので、書名の方を題にしました。 * * * * * * * * * * 本書の書影はナカネくんの2019年4月2日22:04の tweet に…

赤いマント(242)

・森川直司『裏町の唄』の「赤マント」(3) 昨日の続きで、赤マント流言の内容について。 「女ばかりか子供も男も殺されたとか」と云う被害者の範囲ですが、これについては差当り2018年9月3日付(161)に引いた「經濟雜誌ダイヤモンド」昭和14年3月1日号の…

赤いマント(241)

・森川直司『裏町の唄』の「赤マント」(2) 昨日の続きで、『裏町の唄』43~45頁【9】「赤 マ ン ト」、これは『昭和下町人情風景』83~85頁、Ⅱ 下 町【9】「赤マント」に再録されておりますが、その本題の方を見て置きましょう。 『裏町の唄』43頁2行め…

赤いマント(240)

・森川直司『裏町の唄』の「赤マント」(1) さて、これまで森川直司(1927.3.10生)の著述を検討して来たのは、森川氏の赤マント流言体験を確認するためだったのですが、4月19日付(239)にも触れたように、森川氏の述べる時期が、昭和14年(1939)2月では…

森川直司『裏町の唄』(29)

昨日から続けて、昭和19年(1944)に就職した軍需工場、父と弟妹4人を失った東京大空襲、それから戦後の旧制専門部に触れても良いかと思ったのだが、その前に次の件について済ませて置きたい。 ・森川氏の住所 1月16日付(16)に引いた「投稿 風便り」op.28…

森川直司『裏町の唄』(28)

・森川氏の進学先(2)行軍・私立の商業学校 進学先についての纏まった記述は昨日挙げた開墾作業と教練くらいで、後は断片的な記述を拾って行くよりない。 やや纏まった記述としては、『昭和下町人情風景』Ⅲ 人 情【6】「カッコウ」に、151頁15行め~152頁…

森川直司『裏町の唄』(27)

・森川氏の進学先(1)開墾・教練 本書は深川で過ごした小学生時代の回想が中心で、進学先が何処の、どういう学校だったのか、はっきり説明されていない。 中学生時代のことは、幾つかの印象的な出来事が特に詳しく書かれているばかりで、全体像は一向に見…

森川直司『裏町の唄』(26)

ここまで、森川氏の母校の元加賀小学校と、隣接する明治小学校、プールの講習があった臨海小学校、そして主要な進学先であった明川高等小学校に不十分ながら触れて、この項は終わりにするつもりだったのだが、もう1つ小学校を追加して置くこととした。 ・元…

森川直司『裏町の唄』(25)

・元加賀小学校と周辺の小学校(3)明川高等小学校 戦前の公立小学校で、進学する生徒のために放課後に補習が行われていたことについて、4月15日付「赤いマント(235)」に児童文学作家の岩崎京子(1922.10.26生)の回想を引いて「当ブログに取り上げた人々…

森川直司『裏町の唄』(24)

・元加賀小学校と周辺の小学校(2)臨海小学校 周辺の小学校については、『昭和下町人情風景』Ⅱ 下 町【21】「プール」に再録されている本書【42】「プ ー ル」にも記述がある。本書179頁2~11行め(改行位置「/」)=『昭和下町人情風景』118頁2~11行め…

森川直司『裏町の唄』(23)

・元加賀小学校と周辺の小学校(1)明治小学校と大富小学校 昨日見た「入 学」から、もう少々書き抜いて置こう。 『裏町の唄』14頁14行め~15頁7行め、『昭和下町人情風景』81頁12行め~82頁4行め、前者の改行位置を「/」で、後者の改行位置を「|」で示し…

森川直司『裏町の唄』(22)

・森川氏の小学校入学 昨日の続き。 森川直司(1927.3.10生)が深川区で過ごしたのは、12月25日付(02)に引いた『裏町の唄』と『昭和下町人情風景』の「まえがき」にあったように、昭和7年(1932)夏の末から昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲までである…

森川直司『裏町の唄』(21)

・森川氏の幼少期 1月20日付(20)まで、森川氏が「参禅専門道場 大本山活禅寺」HP内の「風便り」と云うページに「森川秀安」名義で投稿している随想を一通り眺めて、そのままになってしまったが、これにて森川氏の少年期を回想した著書とネットで読める文章…