瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります。

吉行淳之介『生と性』(1)

 私はどうにも物語世界に入り込めないところがあって、ファンタジーやSFは苦手である。星新一のショートショートは、父が何冊か文庫を持っていて、そこを取っ掛かりにして新潮文庫から出ていたものは粗方読んだが、あれは短くて設定に入り込む苦労がなかったからどんどん読めたのだと思う。だから私は小説と云う物は、そこに描かれている人物や場所、事物について知りたいとか、そういう目的でもないと読む気になれない。第一合理的でない思考や行動が描かれていると引っ掛かってしまうし、明らかに事実と反する設定になっていると「こんな下らんことを書くためにこんな風に変えたんかい」とか「きちんと調べてへんからこんな按配にしか書けんのじゃ」とイライラしてしまう。とてもでないが読んでいられない。ただ映像になってしまうと上手い按配に誤魔化されてしまうことが多い。
 しかし、そう云うことと無関係に、2019年7月16日付「吉行淳之介『恐怖対談』(1)」に述べたように、吉行淳之介の小説も読んだことがない。赤線とか、興味がないからであろう。古典落語でも、廓噺はどうも好きになれない。
 しかし吉行氏については、連続テレビ小説『あぐり』を見たので何となく知識があって取っ付き易かったので、遠藤周作の熱海の幽霊の話とか、赤マント流言のことなどでそのエッセイや対談を見た序でに、『秘蔵の本』『恐怖対談』『贋食物誌』は別に記事にして、ある程度経歴も辿っている。
 吉行氏は売れっ子作家だったので、エッセイや対談で同じ話題を繰り返し書いたり話したりしているし、その本も数種の版が出ている場合がある。標題が代わっていると知識がないと追跡出来ない。かつ、図書館ではその全ての版をまづ揃えられない。『軽薄対談』など、図書館に入っていたとは思うのだが、経年劣化で除籍されて今、殆どの図書館に所蔵がない。
 次の本は、4つの版があるらしい。
①『生と性 ―― 語りおろしシリーズ一九七一年三月三一日印刷・一九七一年四月 五 日初版発行・定 価――六六〇円・大光社・230頁・B6判上製本(丸背)

 カバー折返しは紺色地で、表紙折返しの右下に明朝体縦組白抜き1行で「カバー・デザイン/戸田ヒロコ」とある。
 カバー表紙は標題が橙色、それ以外は青緑色。カバー裏表紙はカバー表紙と同様の柄で枠内最下部中央にゴシック体で「大光社 660円」とある。カバー背表紙は縦長の枠で上部に標題、褪色して殆ど読めないが下部に同じ大きさで入る著者名は青緑色なので若干の褪色に止まっている。最下部に横並びで極小さく版元名。
 カバーとカバー折返しとで地色が異なっているように見えるが褪色か。
 見返し(遊紙)は黄色、1頁(頁付なし)扉はアート紙で表は藍色地、カバー表紙と同じ文字が上部左寄りに白抜きで入り、左下に明朝体太字横組みで小さく版元名がやはり白抜き、この間にカバー表紙にあったと同じ不規則な模様がある。3頁(頁付なし)はアート紙の口絵、何処か人気のない公園で、左手に煙草、右手は暗い色のコートのポケットに入れているらしい吉行氏の写真で、下の余白に明朝体横組み右詰めで「撮影・日高 実」とある。裏は白紙。以下は②と共通するところが多い。
②『生 と 性  その秘密を語る』1974年12月20日 初版発行・1975年2月20日 二刷発行・大和書房・229頁・四六判上製本(角背) 定価は不明、カバーと帯に表示されていたと思われる。本体表紙は淡いオリーブ色地で、文字は背表紙に明朝体白抜きで、上部に大きく標題、株にやや大きく著者名、最下部はラベル貼付のため不明。見返し(遊紙)は黒、扉は①とは異なり、黒地で最上部に明朝体横組み白抜きで大きく標題、下に新たに加えた副題を極小さく添える。右にやや大きく著者名、中央に女性のエロティックなイラストが緑色(一部は白抜き)で描かれ、最下部に極小さく版元名。「日本の古本屋」には、この扉と同じ柄をカラフルにした装画のカバーが出品されている。裏は白紙で私の借りた本には[寄贈]印がある。
 以下は①②ともほぼ同じ。
 5頁(頁付なし)は「生と性 目次」の扉で左上に明朝体縦組みで入る文字の位置が異なる。6~7頁(頁付なし)見開きに細目を示すが、異同は7頁6行め①「口述によるあとがき」が②「あとがき」となっていること、そして①7頁7行めに下詰めで「構成納家政和」とあったのが②にはないこと、8頁(頁付なし)は中央にゴシック体縦組みで①は「扉カット=杉村篤」とあったのが②「装幀・扉カット=杉村篤」となっている。なお同様のカットは①②6頁左上の余白にも入っている。9頁(頁付なし)は「入  口」の扉*1で11頁から本文で頁付がある。
 ここで気になるのは②の頁付で、吉行氏の写真の口絵の1枚を省いているのにここの頁付をそのままにしているので、見返し遊紙が1頁、扉が3頁、と云う勘定になってしまう。以下は変わりないようで、②の方が若干判型が大きいので余白もやや広く見える。
 異なるのは「目次」でも違っていた最後、227頁(頁付なし)の扉は①「口述によるあとがき」②「あとがき」で①は裏は白紙、229頁は右側6行分空白にして本文で230頁まで、②は228頁からの見開きに収めて、最後、奥付の前を白紙にしている。
 前半、企画に関する箇所を見て置こう。①229頁1~8行め、

 大光社の佐藤編集長が「語りおろし」の企画を持って来て、四百枚ぐらいのものにした/いという。四百枚といったら、ぼくにとっては厖大な分量だ。それを、比較的短い期間で/つくろうというんで、これは不可能だというような気が、最初はした。それに、「生と/性」というテーマについては、今まで自分が書いたものと重複する部分がたくさん出てく/る。どうも後味が悪いんじゃないか、ということもあったわけです。
 実際に口述を始めて、面倒な仕事をしてもらって感謝しているが、納家政和さんがテー/プから起した原稿をまとめて、その原稿に手を入れるという形を取った。しかし、その原/稿を読むときに気が進まなくなって、これにも随分時間がかかった。【229】


 ②228頁1~11行め、

 いま「面白半分」社の社長をしている佐藤嘉尚さんがある小出版社の編集長のとき、「語/りおろし」の企画を持って来て、四百枚ぐらいの単行本をつくりたいといった。四百枚と/いう枚数は、私にとっては厖大な分量である。それも、比較的短い期間でということで、/これは不可能事だとおもった。それに、「生と性」というテーマについては、今まで自分/が書いたものと重複する部分がたくさん出てくる。自分の作品を読み直しているときとか/対談で話し合っているときなどに、重複に気づくとすっかり気が滅入ってしまった体験を/何度ももっているので、その点も困るとおもった。
 しかし、ともかく口述の仕事をしてみようということになり、納家政和さんがテープか/ら起した原稿をまとめて、私がその原稿に手を入れるという形を取った。面倒な仕事をし/てもらって、納家さんに感謝している。しかし、その原稿の修正をするときに気が進まな/くなって、これにも随分時間がかかった。


 続く①230頁1~7行めの2段落を②228頁12行め~229頁1行めの1段落(4行)に纏めている。①230頁8~13行めと②229頁2~7行めの、3行ずつの2段落は、①は「口述」調だったのを②は「口述」味を除去している程度の異同である。また大きく異なるのは最後の段落、①230頁14行めは、

 ご愛読を乞う、ということになりますね。

と、投げ遣りな感じで終わっているが、②229頁8~10行めは、

 ところで、この本の初版(一九七一年四月)が出て間もなく、その小出版社が消滅して/しまい、そのまま絶版になっていた。私としても心残りだったのだが、今回大和書房から/改装本が出る段取りになった。関係者諸氏に、改めて感謝したい。

と説明、1行分空けて11行め、上部に2字下げで「一九七四年十二月」とあり下寄せで「著 者  」とある。
 奥付の裏から目録、①は子持枠で4頁、まづ見開きで1頁4点の「現代文学の実験室|第1期全8巻完結」の目録。3頁めに4点、4頁めは「■語りおろしシリーズ■」の広告で、上半分に次回配本の金子光晴『人非人伝』を詳しく紹介、下半分に「※好評既刊発売中」として水上勉『一匹のひつじ』大島渚『青春』大岡昇平『戦争』吉行淳之介『生と性』を列挙、横組みで1行に「生 と 性■吉行淳之介  46版箱入/660円」と示す。四六判とあるが表紙の大きさは四六判だが本文用紙はB6判に近い。さらに「※近刊」として野坂昭如『焼跡』と川口松太郎『人情』を挙げ、小さく(以下続刊)と添えるが、実際に刊行されたのは『人非人伝』までの5冊で近刊の2冊は未刊に終わったようだ。「生と性」とは大胆な題だと思ったが、企画物の1冊だったのでこんな題なのであった。最後の頁は白紙。大光社の活動期間は昭和41年(1966)から昭和46年(1971)まで5年間だが、かなりの点数の出版物を出している。
 ②は奥付の裏から5頁、1頁7点ずつの目録で4頁めまでは右下に「銀河特装版・B六判・上製」とある。
 以下の文庫版2点は未見。③の刊行時に文章に手を入れていることが、国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索の結果から察せられる。「あとがき」の本文からして、①を改稿しているようだ。
③集英社文庫『生と性』

④ケイブンシャ文庫『生と性』
 ④は現在居住する市の図書館に所蔵があることが分かったので、近々借りて見ようと思っている。細目については、その際に①と④を比較しつつ述べることとしたい。(以下続稿)

*1:目次6頁1行めには「序 章 入口」とある。

赤いマント(432)

・現代詩文庫 163『高橋順子詩集』二〇〇一年四月十五日 初版第一刷発行・定価1165円・思潮社・157頁

 本書については6月16日付(426)にて「追って記事にするつもりの」として言及していたが、実は本書の方が先に、2019年6月22日に Google books で検索して引っ掛けていた。
 この時期の『現代詩文庫』は2012年3月26日付「偽汽車(1)」に取り上げた、現代詩文庫47『木原孝一詩集』の頃と違って所蔵する公立図書館が少ない。だから、ごく偶に所蔵する図書館に出掛けた折に書架で目にしては借り、目にしては借り、していた。しかし記事にしなかった。それは、高橋順子(1944.8.28生)が昭和19年(1944)8月に千葉県海上郡飯岡町(現・旭市)に生れているから東京の、昭和14年(1939)2月の於ける赤マント流言のことは知らない訳で、昭和14年の東京・大阪等のように強いインパクトを伴わずに、各地に何となく定着していた例を拾った、と云うことになる。それで慌てて検討しなくとも良いと思ったのである。
 それを取り上げようと思ったのは6月16日付(426)に取り上げた日本現代詩文庫/55『花田英三詩集』に高橋氏が解説を書いていたことと、2019年7月27日に検索して引っ掛けた初出誌「詩学」が、当時は「国立国会図書館/図書館送信限定」公開だったのが「送信サービスで閲覧可能」に代わっていたことに、先月12日に気付いたからである。
 2001年刊行の本書はまだ国立国会図書館デジタルコレクションには収録されていない。
 扉に次いで1~9頁(頁付なし)「目次」、11頁(頁付なし)「詩篇」の扉、12頁から2段組で、120頁まで。12~19頁上段「詩集〈海まで〉から」22篇、19頁下段~23頁上段「詩集〈凪〉から」11篇、23頁下段~37頁「詩集〈花まいらせず〉全篇」28篇、38~62頁上段「詩集〈幸福な葉っぱ〉全篇」28篇、62頁下段~75頁「詩集〈普通の女〉から」19篇、76~94頁「詩集〈時の雨〉全篇」37篇、95~108頁詩集〈貧乏な椅子〉から」18篇、109~120頁上段童話〈雲のフライパン〉から」9篇、121頁(頁付なし)は「詩論・エッセイ」の扉で122~139頁上段に5篇、141頁(頁付なし)は「詩人論・作品論」の扉で、関係者の高橋氏及びその作品の評。2篇は高橋氏の詩集の解説や栞文の再録、2篇は新稿である。142~157頁上段まで。1頁半余白で奥付、裏は「現代詩文庫 第Ⅰ期」の、本書まで163点の目録。裏表紙の左上に那珂太郎の紹介文、右上には高橋氏の略歴、右下に高橋氏の頬杖を突いた写真で下右に「© Mario Ambrosius」と添える。
 赤マントを取り上げた詩は「詩集〈凪〉から」の1篇めに載る。19頁下段1行め「詩集〈凪〉から」とあって2行分空け、やや大きく「赤マントというのは」と題し、1行分空けて、1連3行で2連の以下の詩。

赤マントというのはあたしが子どもだったころの人さら/ いの名前
青マントというのもいると子どもたちは噂していたが
こちらのほうは噂だけだったのだろう
 
ほんとうはさらわれた子だれもいなくて
赤マントが逃げていっただけ
赤い日暮れの町が 大きな舌を出しただけ


 第1連の1行めは本書の組み方では1行に収まらず、次の行に1字下げにして続けている。
 さて、本書には初出誌の情報までは載っていない。だから国立国会図書館デジタルコレクションで検索して引っ掛けたのだが、2019年当時はまだ全文検索出来なかったから「目次」に載っていたことで引っ掛かったのである。
・「詩学」一月号(第三十四巻第一号・通巻三四二号・昭和五十四年一月二十日 印刷・昭和五十四年一月三十日 発行・定価 四〇〇円・詩学社・116頁)
 6~68頁に載る30人の詩が「新人作品集」であることは、2~3頁(頁付なし)「目次」によって判明する。1人1頁から4頁、大体見開き2頁である。明朝体で大きくタイトル、少し空けてゴシック体でやや大きく氏名。殆どの人は1篇、複数の詩を投じている場合、2篇め以降の題が氏名と同じ大きさのゴシック体になっている。
 その9人め、22~23頁が「赤マントというのは/高橋順子」である。22頁9行め~23頁6行め「草あかり」7~12行め「」の3篇。
 本書では「草あかり」は「赤マントというのは」に続いて2篇め、19頁下段10行め~20頁上段8行めに掲載されているが、「石」は見当たらない。――「草あかり」が5連から成るのは同じだが、初出誌では全ての連の最後に終助詞「よ」を付けていたのを本書では全て省いているのと、第5連が初出誌「だから/アカマンマ 影しか見えないよ」だったのが本書では「アカマンマの/影しか見えない」となっている。赤マントからの連想っぽいがそれを狙っているのかどうか。
 詩集『凪』には「石」も載っていた。――それは本書に先行する、詩集成シリーズ『高橋順子詩集成』(1996年12月20日初版第一刷 発行・定価3500円・書肆山田・309頁・四六判)により判明する。いや『凪』を見れば良いのだが、詩集は公立図書館には所蔵されておらず、文学館に出向かないといけない。『高橋順子詩集成』にしても未見なのだが、書肆山田HPに「『海まで』『凪』『花まいらせず』『幸福な葉っぱ』『普通の女』の全詩集と未刊詩篇収録」と紹介され、目次が掲載されている。これにより本書は『海まで』は48篇、『凪』は30篇、『普通の女』は44篇からの抜萃であることが分かるが、「赤マントというのは」と「草あかり」は『凪』の巻頭、そして「石」は『凪』の巻末に掲載されていたと分かる。
 それはともかく、「赤マントというのは」も初出誌「詩学」と同じではない。22頁3~8行め、

赤マントというのはあたしが子どもだったころの人さらいの名前
青マントというのもいると子どもたちは噂していましたが
こちらのほうは噂だけだったのだろう
 
ほんとうはさらわれた子いなかったんだ
赤マントが逃げていっただけなんだ
赤い日暮れの町は大きな舌を出しただけだったんだ


 第1連で1箇所だけ敬体になっていたのを常体に改め、第2連の行末を「~んだ」で揃えていて、行末のリズムの良さが目立っていたのを避け、2~3行め「赤い~だけ」が印象付けられるように改めている。――『凪』と『高橋順子詩集成』は文学館で閲覧出来るので、出掛けた折に見て置くこととしよう。
 さて、既に述べたように高橋氏は東京の赤マント流言の体験者ではない。本書裏表紙の略歴には「1944年、千葉県海上郡飯岡町で生まれる。‥/‥」とあり、「詩論・エッセイ」の4篇め、132頁下段~136頁上段「しみじみ」はその郷里、飯岡の方言を回想したもので、高橋氏は千葉県立匝瑳高等学校を卒業するまで郷里で暮らしていたらしい。小・中学生の頃の回想に基づくとすれば1950年代のことである。
 今は細かい考察には及ばず、「人さらい」で学校に出没する訳でもないこと、それから「青マント」とセットで語る子供もいた、と云うことに注意して置く。(以下続稿)