瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(2)

・奥付(1)
 文字は全て明朝体で横組み。
 第1刷と第2刷の異同は、第1刷の発行日の下に第2刷の発行日が追加されていることと、発行者の住所のうち「東京都千代田区神田一ツ橋2―3」と詰まっていたのが第2刷では「東京都千代田区神田一ツ橋 2―3」となって、若干左から始まっていることです。
 第2刷と第4刷の異同は、上部の著者紹介のうち学歴と現在の肩書き、第2刷の発行日が第4刷のそれに代わっていること。
 第9刷は組み直されて、全く異なっています。第10刷も同じレイアウトですが組み直されていて、10年を経て著者紹介を中心に違っているところが多くなっています。
 上部の著者紹介から見て置きましょう。まづやや大きく著者名、半行分空けて以下1字下げで、第1刷には、

1930年大阪市に生まれる
1961年東京大学大学院生物系研究科人
 類学修士課程卒業
専攻―文化人類学
現在―東京大学大学院社会学研究科博
   士課程在籍

とあり、第2刷も同じです。第4刷は生年生地は同じで以下が、

1967年東京大学大学院社会学研究科
 博士課程卒業
専攻―文化人類学
現在―オーストラリア国立大学
   太平洋地域研究所所員

となっております。第2刷は1968年刊行ですので「博士課程卒業」と入れられたと思うのですが対応しておりません。第3刷はどうなっていたでしょうか。
 1969年刊行の第4刷から9年を経た1978年刊行の第9刷は、

1967年東京大学大学院社会学研究科
   博士課程卒業
専攻―文化人類学
現在―金沢大学助教
   国立民族学博物館併任教官
著書―「Leadership and Socio-economic
   Change in Sinasina, New Guinea
   Highlands」
   「われらチンブー―ニューギニア
   地人の生命力」
訳書―ミードサモアの思春期」(共訳)


 1988年刊行の第10刷は「現在」以下を抜いて置きましょう。

現在―中部大学教授
著書―「Leadership and Socio-economic
   Change in Sinasina, New Guinea
   Highlands」
   「ニューギニア高地社会」(中公文庫)
訳書―ミードサモアの思春期」(共訳)
   M.ミード「フィールドからの手紙」

Letters from the Field, 1925-1975

Letters from the Field, 1925-1975

  • 作者:Mead, Margaret
  • 発売日: 1977/11/01
  • メディア: ハードカバー
サモアの思春期』も『フィールドからの手紙』もマーガレット・ミード(Margaret Mead、1901.12.16~1978.11.15)の著書なので、後者にのみ「M.」とあるのは少々落ち着きません。(以下続稿)

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(1)

 北杜夫『南太平洋ひるね旅』で、10月31日付「赤いマント(293)」に見たようにタヒチではしばしば行を共にし、11月2日付「赤いマント(295)」に見たようにサモアについて助言を与えた、H嬢こと畑中幸子の、初めての著書です。
 これも、現在私が通っている6つの市区の図書館に所蔵される6冊を揃えることが出来ました。但し第10刷が2冊で以下の5点になります。
岩波新書(青版)653

南太平洋の環礁にて (1967年) (岩波新書)

南太平洋の環礁にて (1967年) (岩波新書)

南太平洋の環礁にて (岩波新書 青版 68)

南太平洋の環礁にて (岩波新書 青版 68)

・1967年8月21日 第1刷発行 ©(222頁)
・1967年8月21日 第1刷発行 ©/1968年3月10日 第2刷発行
・1967年8月21日 第1刷発行 ©/1969年7月10日 第4刷発行
・1967年8月21日 第1刷発行 ©/1978年11月20日 第9刷発行 ¥320
・1967年8月21日 第1刷発行 ©/1988年5月18日 第10刷発行 定価480円
 第9刷まではカバーが掛かっていません。第10刷でカバーが掛かります。第1刷・第2刷・第4刷には定価の記載がありません。
 表紙、第1刷・第2刷・第4刷の地色は青緑、第9刷・第10刷は緑色に見えます。異同は一番下に入っている数字で、第1刷・第2刷・第4刷はオールドスタイルの数字「653」、第9刷はゴシック体「653」、第10刷のカバー表紙はゴシック体「F 68」。
 背表紙、上部に明朝体で標題、中央やや上にやや小さく「畑 中 幸 子 著」、下部に表紙の地色と同じ色で南天のマーク、最下部に第2刷はオールドスタイルの横並びで「653」とあります。第1刷・第4刷は貼付されている分類票のため、南天のマークもこの数字も確認出来ませんが、多分同じでしょう。第9刷はマークの下、少し空けて「F/68」とあり、また少し空けて最下部にゴシック体横並びで「653」とあってそのすぐ下に表紙の地色と同じ「*」。第10刷のカバー背表紙は最下部に「68480」と4段。
 裏表紙、第1刷・第2刷・第4刷は左下にランプのマークがあるのみ。第9刷は同じ位置にマークがあってその下に「¥ 320」の定価。第10刷のカバー裏表紙はマークの位置がやや上になって下に「定価480円」さらに「ISBN4-00-415068-X C0225 ¥480E」とあります。
 第10刷のカバー表紙折返しは白地で、右上寄りに縦組みで以下の紹介文。

南太平洋の環礁にて
二カ月に一度しか機帆船が廻ってこず、椰子からとれるコ/プラで経済を支えている小さな孤立した珊瑚礁の島プカル/ア。単身この島に棲み込むこと一年半。自給自足のきびし/い自然の中で、島民と生活を共にしながら、彼らの社会構/造をさぐり、外部の近代社会とのつながりをみきわめよう/と試みる。


 第10刷のカバー表紙折返しは白地で、上部に飾り線(4.0cm)があって、その下に縦組みで「岩波新書から」として、「モゴール族探検記 梅棹忠夫著 F60エスキモー ―極北の文化史 宮岡伯人著 黄364インドで暮らす 石田保昭著 F32集落への旅 原 広 司著 黄374戒厳令下チリ潜入記 / ―ある映画監督の冒険― G・ガルシア・マルケス後  藤  政  子訳 黄359」標題は明朝体太字、5点めの副題は左にはみ出しています。
 頁付なしの四隅にアネモイをあしらった岩波新書の扉は一致、枠内の文字は第1刷・第2刷・第4刷の表紙に同じものを小さくして収める。裏は白紙。
 次いでアート紙の口絵写真、表に1つ、裏は上下2つで第10刷まで一致。
 前付ⅰ頁「プカルア」の地図、第1刷・第2刷はスケールバーがありませんでしたが第4刷には環礁の下左に6000m分のスケールバー(5000m=2.6cm)を入れ、これに合わせてか、地図を縮小して左上(北西)から右下(南東)までの長径が第1刷・第2刷では 9.7cm だったのが 8.3cm となっており、第9刷・第10刷も同じです。
 前付ⅱ~ⅲ頁「目  次」は一致。
 前付ⅳ~ⅴ頁見開きはマルキーズ(マルケサス)諸島を除くフランス領ポリネシアの全図で、横の寸法は測りにくいので縦のみ示しますが、第1刷(13.0cm)第2刷(12.8cm)第4刷(12.6cm)と、頁付ともども縮小されており、第9刷・第10刷はさらに若干縮んでいます。
 裏は白紙。
 次いで1頁(頁付なし)が「Ⅰ」章の扉で、左上に大きくローマ数字と題、その左側下寄りに副題、右下もしくは下部に写真が挿入され下に明朝体横組みのキャプションと云うのは以下の各章も同じで、写真も同じ物が使われていますが、第1刷と第10刷を比較するに、右下に写真が位置するⅠ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅷの各章のうち、Ⅱ・Ⅲ・Ⅷ章の写真は少しですが左に移動しております。Ⅱ章の扉は第10刷で、Ⅲ章とⅧ章の扉は第2刷と第4刷の間で僅かに左に動き、さらに第4刷と第9刷の間でさらに僅かに左に動いたようです。
 図版とキャプションについて、第1刷と第10刷を比べて見ましたが、第10刷の方が暗くなっているくらいで、違いはありません。(以下続稿)

北杜夫『南太平洋ひるね旅』(11)

新潮文庫2118(5)初刷と四刷の奥付と目録
 「解説」の最後の頁の裏、「文字づかいについて」は初刷から二十四刷まで一致。
 奥付、初刷と四刷のレイアウトは同じ。活字は全て明朝体だが初刷は縦長、四刷は横長に見える。
 上部に「工」字型があって横線(初刷 6.7cm、四刷 6.6cm)2本のうち上のみ太い。その間(初刷 2.7cm、四刷 2.6cm)に僅かに横線に接しない縦線(2.6cm)があって左右に仕切る。左の囲みに「新潮」の方形印、右の囲みに横組みで上部に標題*1、下部に「定価はカバーに表/示してあります。」とある。
 すぐ下に横組みで「新潮文庫 草131J」とある。その下は縦組みで、右にまづ2行、初刷は印刷日と発行日、四刷は初刷発行日と四刷発行日、これは字配りをそのままに11月11日付(01)11月27日付(09)に示して置いた。2行分くらい空けて「著  者    北   杜  夫*2/発 行 者    佐  藤  亮  一/発 行 所  〈株式/会社〉 新  潮  社」と、やはり行間を2行分くらい取って並ぶ。版元名が大きく発行者名がやや小さい。発行所の左に郵便番号漢数字3桁、住所、「電話東京(〇三)(二六〇)一一一一/振 替 東 京 八 〇 八 番」2行分近く空けて「乱丁、落丁のものは本社又はお買求/めの書店にてお取替えいたします。」この縦組みの並びの下に太い横線(初刷 6.7cm、四刷 6.6cm)、「工」字型からこの横線までの間隔(6.2cm)は初刷が若干広い。
 その下に横組みで2行、1行め、初刷「○ 印刷・株式会社金羊社   製本・憲専堂製本所」四刷「○ 印刷・東洋印刷株式会社 製本・憲専堂製本株式会社」最初の○の中に「金」とあるのは同じ。すぐ下に2行め「© Morio Kita 1973  Printed in Japan」は同じ。
 奥付の裏から目録、初刷は5頁、四刷は3頁。角の丸い枠(12.3×7.8cm)を横線(7.6cm)2本で3段に仕切り、初刷は1頁め上段、まづ3行取りで2字下げと3字下げで「日 本 文 学小 説 (草色帯)」とあって、阿川弘之芥川龍之介安部公房の14点14冊、中段、安部公房から石川達三まで17点19冊、下段は全て石川達三で17点20冊。下辺の下に小さく「定価に多少変動がある場合もありますが,ご了承ください。」と断ってあるのは11月27日付(09)に触れた狂乱物価を反映してのものであろうか。2頁め上段は1点めのみ石川達三で残りは全て石坂洋次郎で17点21冊、中段は石原慎太郎から伊藤整まで、下段は稲垣足穂から井上靖まででそれぞれ17点17冊。3頁めは四刷では1頁め、上段、井上靖から円地文子まで、中段、円地文子から大岡昇平まで17点17冊、下段、大岡昇平から尾崎士郎まで17点21冊、上段と下段に1点ずつ定価の入っていないものがある。4頁めは四刷では2頁め、上段、尾崎士郎から川端康成まで17点19冊、中段、川端康成から北杜夫まで17点19冊、下段、北杜夫から源氏鶏太まで16点19冊。例として北杜夫の8点を抜き出して置こう。「夜と霧の隅で 北  杜  夫 一四〇/幽    霊 北  杜  夫 一四〇/どくとるマンボウ /航海記 北  杜  夫 一四〇」以上が中段、長い標題は割書で2行めは下詰め、定価は半角漢数字。下段「どくとるマンボウ /昆虫記 北  杜  夫 一四〇/船乗りクプクプの /冒険 北  杜  夫 一二〇/楡 家 の 人 び と(上/下) 北  杜  夫 各/二二〇/遙 か な 国 遠 い 国 北  杜  夫 一四〇/高 み の 見 物 北  杜  夫 一八〇/」6字以上の標題は活字が小さくなっており『楡家』も同様、括弧内の「上下」は小さく右左に並べる。
 四刷は「後記」2頁分増やした分、目録を2頁減らしたか。
 最後の頁は匡郭(11.2×7.5cm)上部0.9cmのところを横線(両端は左右両辺に繋がっていない)で仕切ってゴシック体横組みで「新潮文庫最新刊」、その下は明朝体縦組みで9点12冊、初刷の1点めを例に取ると、「松 本 清 張著 砂  の  器 〈東京・蒲田駅の操車場で起きた殺人事件を執/拗に追う老練刑事の艱難辛苦を描く推理長編〉 各200/円」定価は横並び。四刷は9点9冊、9点め「柳 田 国 男著 遠 野 物 語 〈日本民俗学のメッカ遠野郷に視点をあてて、/著者が愛と情熱をこめて描く民俗洞察の書。〉 160円」。(以下続稿)

*1:ルビ「みなみたいへいよう・たび」。

*2:ルビ「きた  もり お」。

北杜夫『南太平洋ひるね旅』(10)

新潮文庫2118(4)図版と「後記」
 それでは、本体を見て行きましょう。
 1頁(頁付なし)扉は同じに見えます。
 3~4頁(頁付なし)「目   次」、3頁は一致、4頁「10」から「15」までは一致、「15 旅の終り 」を例に取ると、下部の半角漢数字「二〇九」の間を三点リーダ24箇で繋いでいる。初刷は2行分空けて下寄りに「解  説  田 畑 麦 彦/イラスト  山 本 忠 敬」とあります。四刷は「15 旅の終り 」の左に、やや行間が詰まって2字半下げでやや小さく「後   記」、三点リーダ23箇で繋いで半角漢数字「 二二七」高さは「二〇九」より若干下。二十一刷・二十二刷・二十四刷は「後   記」を「旅」と同じ高さにして、その分三点リーダを1つ増やしていますが、3点め「・」が欠けて2点になっています。以下の23点の三点リーダと半角漢数字は四刷に同じ。それから2行分空けて解説とイラストの2行は同じ。「解説」の頁は初めから入っていません。田畑麦彦(1928.3.31~2008.6.6)は北氏とは同人誌「文藝首都」の仲間で、やはり同人だった佐藤愛子(1923.11.5生)と結婚(1956~1968)、佐藤氏の第61回(1969年上半期)直木賞受賞作『戦いすんで日が暮れて』に描かれた会社倒産、借金騒動の題材となった(?)人物です。

戦いすんで日が暮れて (講談社文庫)

戦いすんで日が暮れて (講談社文庫)

戦いすんで日が暮れて

戦いすんで日が暮れて

新装版 戦いすんで日が暮れて (講談社文庫)

新装版 戦いすんで日が暮れて (講談社文庫)

 5頁(頁付なし)中扉は同じ、中央上部に大きく標題、2行分空けて2字下げでやや大きく「ハワイ→タヒチ→フィジーニューカレドニアサモア」とあります。
 本文を細かく比較する余裕はないので、図版を点検して行くこととしよう。図版の位置とキャプション、①ポケット・ライブラリ(初版)②新装版との対応関係は11月17日付(06)に、③文庫版として示してあります。
・16頁下、キャプションは同じで図版が四刷のみ左右入れ替わっています。四刷では仮面を被った男が「左 クック諸島、マンガイア島の男」と云うことになりますが “A Voyage to the Pacific Ocean” VOL. Ⅲ.(1793)を見るに176~177頁の間に挿入される図版、右側に仮面を被った男の左右反転したイラストが「A MAN of the SANDWICH ISLANDS in a MASK」として掲出されております。すなわち仮面の男のイラストは初刷や二十一刷・二十二刷・二十四刷のように「右 ハワイ諸島、サンドイッチ群島の男」の方にあるべきなのです。ちなみに「サンドイッチ群島」は、ハワイ諸島キャプテン・クックが(勝手に)命名した名称ですから「ハワイ諸島(サンドイッチ群島)の男」とでもするべきでしょう。
・44頁右上、同じ写真だったが初刷は暗く、四刷はやや明るくなり、二十一刷・二十二刷・二十四刷は明るく明瞭です。61頁上・82頁右上の写真も同様。いや、全体的な傾向と云うべきでしょうか。
・58頁右上、大きさ(4.5×5.9cm)もキャプションも同じだが、初刷はオートバイに2人乗りする女性が左端に寄っており、右側が広い。四刷は左側がやや広くなりその分右が狭くなり、下は少し狭い。二十一刷・二十二刷・二十四刷は右側は初刷より若干狭く、左は四刷より僅かに広く、そして下はオートバイの車輪が収まるくらい広くなっています。すなわち、オートバイが全て収まるよう、やや縮小されております。
・69頁左下、四刷は余白で、初刷・二十一刷・二十二刷・二十四刷にあるダニエルソン撮影の写真がありません。
・81頁上・84頁上、四刷の写真は荒れていて、81頁の写真など人物の顔が違って見えます。
・116頁右下、初刷の写真は暗く、頭髪と背景の区別が出来ないくらい上半分が黒い。四刷は明るく、人物を拡大して上下左右を狭くしています。二十一刷・二十二刷・二十四刷は四刷と画面の範囲は同じですが、やはり非常に明瞭になっております。
 「15」章は226頁までなのは同じですが、次の227頁が初刷は「解   説」でしたが四刷・二十一刷・二十二刷・二十四刷は「後  記」です。初刷の227~233頁と、四刷・二十一刷・二十二刷・二十四刷229~235頁「解   説」は頁付以外一致しております。そして四刷・二十一刷・二十二刷・二十四刷「後   記」の、227~228頁1行めまでは一致、228頁2行め、四刷は「う。」とあって、1行分空けて下寄せでやや大きく「著   者  」とありますが、二十一刷・二十二刷・二十四刷は2行めの下、下寄せで小さく「(一九七三年記) 」と追加されていて、1行分空けてさらに(一九七六年附記)があるのですが、この辺りのことは10月26日付「赤いマント(288)」にメモして置きました。
 すなわち、四刷には11月18日付(07)に見たように、②新装版から引き継いだ「後記」があるのですが、その半年前の初刷にはこれがありませんでした。
 可能性としては、うっかり入れ忘れたと云うことも考えられましょうが、それよりも、――長く増刷され続ける(はずの)文庫版に、現時点のことを書き加えると、独立など変更が生じる度ごとに加筆しないといけなくなることを見越して「後記」を割愛したのだけれども、田畑麦彦「解説」の文中、初刷228頁(四刷・二十一刷・二十二刷・二十四刷230頁)12~13行め「‥‥。北君自身も、後書/きで、当時南太平洋の島々を旅した日本人はまだ少なかった、と書いているが、‥‥」とあるのを見て、やはり「後記」を載せて置いた方が良いとて一部書き改めた上で復活させ、ついでに一部、図版を差し替えたりしたと考えた方が良さそうに思います。(以下続稿)

北杜夫『南太平洋ひるね旅』(09)

新潮文庫2118(3)カバー②
 その後、次の2つの刷を借りて、今、私が通っている市区の図書館に所蔵されているもの5点を揃えることが出来ました。
・昭和四十八年 四 月三十日 発  行・昭和四十八年十一月 十 日 四  刷(235頁)¥ 160
・昭和四十八年 四 月 三 十 日 発  行・平成 三 年 九 月 二 十 日 二十四刷(235頁)定価350円
 四刷を所蔵する図書館の OPAC は「出版年月 1973.04/ページ数 235p/大きさ 15」となっていて初刷の年月が入っております。二十四刷を所蔵する図書館の方は「出版年月 1978/税抜価格 ¥240/ページ数 235p/大きさ 16cm」とあって、11月11日付(01)に挙げた二十一刷を所蔵する図書館と同じデータを使い回しているようです。
 まづ、11月13日付(02)と同様に、四刷と二十四刷のカバーについてメモして置きましょう。
 四刷のカバー背表紙は、最下部の白抜きゴシック体横並びの数字が「160」となっている他は初刷に同じ。カバー表紙、カバー表紙折返しは刷りが薄くなっているものの一致、二十一刷や二十二刷よりは若干濃い印象。カバー裏表紙も同様で、初刷との異同は右下隅の定価が「¥ 160」となっていること。
 半年で四刷と云うのも当時の北氏の人気振りを窺わせますが、4月末に140円で刊行された本が半年後の増刷では15%程値上げされて160円になっていると云うのは、如何にもオイルショック後の狂乱物価と云った按配です。
 私の見た四刷は、カバー裏表紙折返しが切除されていて、四刷より前に刊行されていた『星のない街路』が追加されていたかどうかが分かりません。しかし、増刷の頻度の高さからして、四刷とほぼ同時に誂えられたカバーではないかと思うのです。
 二十四刷のカバーは二十二刷と比較して見ましょう。カバー表紙は私の見た本はかなり褪色したらしく檸檬色地になっていますが一致、カバー表紙折返しも一致、カバー背表紙の異同は最下部の白くて太い下線のある数字が「360」となっていること。
 カバー裏表紙は大きく異なっており、二十二刷はカバー表紙と同じ地色であったのが白地になっている。右上の説明文は同じだが、左上にバーコードが2つ「9784101131108/1910195003603」、2本あった横線のうち、上の1本はなくなり真ん中の1本(9.1cm)だけになっています。その上、左寄せで「定価360円(本体350円)」下に左寄せでやや余裕をもって2行「ISBN4-10-113110-4/C0195 P360E」とあり、右寄せで葡萄マーク。
 カバー裏表紙折返し、「~~新潮文庫~~/北 杜夫の作品」は初刷では左寄り、二十一刷・二十二刷は文字を小さくしたため右側の余白がさらに広くなっていたが、二十四刷はこれを最上部中央に移して、左右2列に波線(7.9cm)で仕切って、左側22点23冊、『夜と霧の隅で』から『ぼくのおじさん』まで。右側は17点19冊に3行半の余白があります。最後の5点、35~39点め「マンボウ人間博物館/優しい女房は殺人鬼/大日本帝国スーパーマンマンボウ v s ブッシュマン」が追加されております。均等割付でやや縦長のゴシック体、目立つ異同は「木   (こだま)   精」の読みが小さくなっていないこと。最下部左に「カバー印刷 錦明印刷」とあるのは同じ。(以下続稿)

赤いマント(302)

田辺聖子の赤マント(3)
 田辺氏は初期の自伝的連作『私の大阪八景』の第一作「民のカマド」に、小学生時代の赤マント流言を取り上げているのですが、このことは殆ど注意されていないらしく、11月6日付(299)に見たように千野帽子が「文藝ガーリッシュ」に取り上げたくらいで、しかしこれも新聞連載の後、単行本に纏めていないせいか、千野氏が文藝誌「ユリイカ」の田辺聖子特集に再録していますが、田辺氏の赤マント流言体験自体はやはり注目されないままになっております。
 さて、私は千野氏とは別に、『私の大阪八景』に赤マントが使われていることに気付いて、今からすると2019年6月23日付(181)が「田辺聖子の赤マント(1)」となるべきところだったのですけれども、その後、『私の大阪八景』の舞台や時期、登場人物のモデルについて2019年7月9日付(197)まで、だらだらと考証したものでした。
 細かい確認は済ませてありますので、ここでは関係する本文を抜いて、前回引いた『女の長風呂(続)』の「おべんじょ」と重なりそうな箇所を太字で示して置くこととしましょう。まづ、2019年6月30日付(188)に見た、赤マントが持ち出される切っ掛けとなっている段落、担任のタヌキ先生について、

 トキコもいっぺん叱られた。赤マントという流言ひごがはやって、暗い校舎の隅や、お便所へは一人でゆくものがなくなった。トキコは時間中に、その小説を書いていたのをみつけられたのだ。

とあります。それから2019年7月3日付(191)に引いた、小学6年生の主人公トキコが授業中に書いていた、

「天下一品のぼうけん小説 !! 」
  きょうふの赤マント !!

と題する小説を朗読させられる場面になります。地の文での説明は「その横にさし絵も描いてある。キバをむいて角を出した赤マントを、色鉛筆で彩色して線をひっぱって矢印をつけ」とあるくらいで、次いで

福島小学校、一階便所にこつぜんとあらわる

と、脇見出しもしくはキャプションのような文句があります。「福島小学校」については2019年6月27日付(185)に確認したように、田辺氏が通っていたときの名称は「第二上福島尋常高等小学校」でした。長たらしいので戦後の名称を採用したのでしょう。
 そして2019年7月4日付(192)に引いた冒頭部分、

赤マントは支那軍のスパイであることがはんめいした」「そのすじの調べによると、赤マントは子供をとってくうかいぶつであった。たんていが誰もいないはずの便所の戸をあけると、パッと赤マントは、マントをひるがえしておそいかかった。そのとき、けいかん達が包囲してぴすとるを発射した。たまは赤マントの体からはねかえり、赤マントはカラカラと笑ってけいかん達をあざ笑いながら、屋根の上にとび上がり、マントをひろげて高らかにうたった。」

と、まるで新聞記事のような書き方になっております。続く数え歌は割愛します。
 この小説はタヌキ先生に破られて捨てられてしまうのですが、一旦席に戻されたトキコは、2019年7月5日付(193)に引用しましたが、

「きょうふの赤マント現わる !!
 そのすじのしらべによると、赤マントはすでにタヌキ先生をかみくだいていた

と書き直すのです。
 すなわち「おべんじょ」には『私の大阪八景』の「支那軍のスパイである」と云う点が抜け落ちていて、あったのか、なかったのか分かりませんが、とにかく「小学校の便所に隠れて子供を襲い、あたまから食べてしまう」との認識は『私の大阪八景』と共通していると云えるでしょう。
 気になるのは「おべんじょ」では時期を「昭和十年代のはじめ」としていることです。
 田辺氏が小学校に入学したのは2019年6月27日付(185)に見たように昭和9年(1934)4月です。
 大阪の赤マント流言の時期とその内容については、そろそろ総浚えをして纏めないといけないのですが、今回も過去の部分的な纏め記事を上げてお茶を濁して置きます。時期については2019年7月13日付(201)に挙げたように昭和14年(1939)7月上旬まで、勿論その後も市内各所の小学校の便所にくすぶり続けたでしょうが、流言としてパッと広まったのはこの時期です。内容については、例えば2019年7月14日付(202)に、当時大阪市瀧川尋常高等小学校(現、大阪市立滝川小学校)に通っていた黒田清とその前後の世代の回想を引いて置きました。こちらには「アメリカのスパイ」説が持ち出されております。当時の、昭和14年7月8日付「大阪朝日新聞」には、2014年2月13日付(113)に引いたように「ロシヤ帰り」と云う説があったことが見えております。
 翻って、田辺氏ですが、『私の大阪八景』では正しく小学6年生、すなわち昭和14年のこととして書いているのに、この「おべんじょ」では「昭和十年代のはじめ」と曖昧になっております。小学1年生の3学期から昭和10年(1935)、卒業は昭和15年(1940)3月で、田辺氏の小学生時代はほぼ昭和10年代の前半に当たるのですけれども、その「はじめ」と云うのですから、「おべんじょ」執筆時点では低学年か、中学年の頃には赤マント流言が既に行われていたかのように思っていたらしいのです。しかしこれは、差当り記憶の混乱と解釈して置くべきでしょう。
 さて、大阪の赤マントが具体的にどのような危害を加えるのかは、実は曖昧で、前記、昭和14年7月8日付「大阪朝日新聞」等に “吹き矢の赤マント” とありますが、これは2016年8月1日付(151)に考察したように、実地の取材に基づいていない可能性があります。幾つか拾っている回想に特に「吹き矢」を強調するものが見当たらないことも、私にこの見当を支持させるのです。その中で、田辺氏が小説で述べている、「赤マントは子供をとってくうかいぶつ」で、気に入らない先生を(作中での小説上のことですが)「かみくだいて」しまうと云うのが、エッセイでも「頭から食べてしまう」と裏付けられたのは中々に貴重です。
 ここで11月6日付(299)に触れた千野帽子の2019年3月9日14:18の tweet に、「昭和10年代には〈赤マント〉の流言があり、‥‥」と述べていることについて、これは田辺聖子『私の大阪八景』ではなく、続く2019年3月9日14:25の tweet に、「赤マント流言」について「性犯罪者はどこに潜んでいるかわからないという注意喚起の目的によって‥‥正当化」される、と述べていることからして、田辺聖子「おべんじょ」の、

 女の子は、校内の便所でもしばしば痴漢に襲われることがあるから、あながち荒唐無稽な作り話ともいえない。学校では、「お便所はなるべく連れ立っていきましょう」などといっていたが、私たちは赤マントのためだと思っていた。

に拠ったのだろうと思うのです。(以下続稿)

赤いマント(301)

田辺聖子の赤マント(2)「おべんじょ」
 それでは、11月6日付(299)の続きで、田辺氏のエッセイ「おべんじょ」に見える赤マントに関する記述を見て置きましょう。諸本は以下の通りです。
①単行本『女の長風呂(続)』13頁10行め~15頁1行め。
②文庫版『女の長風呂Ⅱ』13頁11行め~14頁17行め。
③単行本『ウィタ・フンニョアリス』114頁7行め~115頁12行め。
④文庫版『滑稽糞尿譚』114頁11行め~116頁1行め。
⑤単行本『トイレでホッ』130頁10行め~132頁1行め。
 刊年順では①②③⑤④の順となります。①②の詳細は11月24日付「田辺聖子『女の長風呂』(5)」に纏めて置きました。『女の長風呂』は単行本・文庫版で収録順序が変わっているところがあるので、初出の順序そのままかどうか、原本の確認を要するのですが、所蔵機関に行ったとしても時間を掛けて閲覧していられません。――順番通りに収録されているとすれば、『女の長風呂(続)』の巻頭に収録される「おべんじょ」は「週刊文春」第十四巻四十三号(昭和四十七年十月三十日発行)に掲載されたはずです。
 ③④については、11月7日付「安岡章太郞 編『ウィタ・フンニョアリス』(1)」に書影と異同について、11月8日付「安岡章太郞 編『ウィタ・フンニョアリス』(2)」に細目を示しました。⑤の細目は、11月10日付「平成厠研究会 編『トイレでホッ!』(1)」に示してあります。
 以下、関係する箇所をやや広く取って、抜いて置きましょう。
 ①は1頁16行、1行43字、②は1頁17行、1行43字、③は1頁18行、1行43字で改行位置は一致しているので、纏めて「/」で示した。④の改行位置は「|」、⑤のそれは「\」で示し、改頁位置は【 】で示した。

 しかし、夢の中で見る便所がみんな使えないような汚ないところ、実に人間心理のは|たらき\と/いうのは、うまくできてると思う。私は便所に対して神秘感さえもっているの|である。
 子供のころ、便所に関する迷信はじつにたくさんあった。
「赤マント」という流言もその一つであった。昭和十年代のはじめである。「赤マント」*1|なる怪/\物は小学校の便所に隠れて子供を襲い、あたまから食べてしまうのである。
 女の子は、校内の便所でもしばしば痴漢に襲われることがあるから、あながち荒唐無|【④114】稽な作\り/話ともいえない。学校では、「お便所はなるべく連れ立っていきましょう」な|どといっていた\【⑤130】が、*2/【①②13】私たちは赤マントのためだと思っていた。
 女の子の間だけにささやかれる迷信だが、真夜中、便所に鏡をもって入っていると、|未来の\夫/の顔が映るというのである。
 これは魅力のあるこわい話であった。みんな、とてもやりたがっていたが、ついに誰|ひとり\し/た者がない。私だってそうである。未来の夫の顔を見たいが、夜中の便所で鏡|を見られるか\どう/【③114】か、考えてみるがよい。思っただけでも鳥肌が立つ。
 とくに私の家の便所は、長い廊下の先にちょこんとあった。便所の裏は、大阪の下町|に多い、*3/\路地の行き止まりで、いつも地虫の鳴いているような暗い淋しい空地だった。
 昼間はともかく、夜、小さい灯のついたこの便所に入っていると、肥壺*4の底から何か|手が\延/びてきそうな気がして、いつも死ぬほど恐ろしかった。子供の私には便所の底は、|地獄に通\じる/かと思われるような魔界だった。おそろしく暗く、神秘で陰惨で、臭く汚|ない、まがまが\しいと/ころだった。
 しかし私がオトナになり、同時に水洗便所が普及してきて、何だか人生まで、あっけ|らかん\と/してきた。
 便所は食堂と同じく、単純明快、俯仰*5天地にはじないものになってしまったのである。
 昔、必死の思いで恐怖に堪え、用を足したものが、今はぴかぴか光って明るいタイル|【④115】の壁に\【⑤131】か/【①14】こまれて、いろんなのんびりしたことを考えたりしている。‥‥


 田辺氏の小説との関連、そして田辺氏が小学生だった当時の大阪での赤マント流言の状況、そしてここに述べられた内容については、次回簡単に確認することとしましょう。(以下続稿)

*1:④この鉤括弧半角。

*2:①②この読点半角。

*3:⑤この読点半角。

*4:②③④⑤ルビ「こえつぼ」。

*5:①②③④⑤ルビ「ふぎよう」。

田辺聖子『女の長風呂』(5)

・『女の長風呂(続)』の細目
 要領は昨日の「『女の長風呂』の細目」に同じです。
 単行本、文庫版の収録順は同じですので1箇所違っていた『女の長風呂』と違って仮に附した収録順の番号【 】は、題の前に示して置きました。
田辺聖子全集』第九巻への再録12篇については「解題」の〔初出〕の情報も添えて置きました。
 ベスト・オブ・女の長風呂Ⅰ『イブのおくれ毛』には17篇、文春文庫『エッセイベストセレクション』は1冊めの『女は太もも』に10篇採られております。
 この他にも選集に採録されているものなど、気付いたらここに追加して行くこととします。
 単行本、見返し(遊紙)は黒、次いで布目のエンボスの扉、白地に淡い橙色の印刷で『女の長風呂』の色違い、異同は表題の上、中央に薄い橙色やや上、飾り枠にカバー表紙と同じ標題と著者名、下部に縦組で小さく版元名。
 単行本1~6頁(頁付なし)「目 次」、1頁「目 次」の扉、裏は白紙。7頁(頁付なし)中扉で中央やや上に明朝体太字縦組みで大きく標題「女の長風呂(続)」、8頁(頁付なし)下部中央に、下詰めで2行「アート・ディレクター  粟屋 充/本文カット  奈良葉二」とある。
 文庫版1頁(頁付なし)は文春文庫に共通の扉、3~7頁(頁付なし)「目 次」、9頁(頁付なし)中扉で上部中央に標題「女の長風呂Ⅱ」。
・単行本9頁(頁付なし)は「Ⅰ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に家の板壁の前に俯いて立つ、振袖に袴、頭にリボンの若い娘のイラスト。文庫版はカットがなく11頁にまづ最初の2行分に下寄せで大きく、四隅の繋がっていない枠(0.7×0.7cm)に「Ⅰ」、次いで3行分空けて、4行取りでやや大きくゴシック体の題、半角分空けて下まで「・・・」。単行本の各篇の題は6行取り下詰めで大きく明朝体で、2字の場合は間を1字分空けて、3字以上は字間を詰めて入れております。本文、単行本は1頁16行、1行43字、文庫版は1頁17行、1行43字で『女の長風呂』に同じ。
【1】「おべんじょ」単行本11~15頁、文庫版11頁2行め~15頁11行め
   安岡章太郞 編『ウィタ・フンニョアリス』112~116頁
   文春文庫『滑稽糞尿譚 ウィタ・フンニョアリス』112~116頁*1
   平成厠研究会 編『トイレでホッ』128~132頁*2
【2】「里心」単行本16~20頁、文庫版15頁12行め~20頁2行め
  『女は太もも』142~147頁
【3】「名器・名刀」単行本21~25頁、文庫版20頁3行め~24頁10行め
  『全集9』57頁3行め~60頁12行め
  〔初出〕昭和四十七年十一月十三日発行 第十四巻四十五号
  『イブのおくれ毛』80~84頁9行め
  『女は太もも』148~153頁
【4】「酒食」単行本26~30頁、文庫版24頁11行め~29頁3行め
【5】「はずかしさについて」単行本31~35頁、文庫版29頁4行め~33頁11行め
【6】「また、はずかしさについて」単行本36~40頁、文庫版33頁12行め~38頁2行め
【7】「商売」単行本41~45頁、文庫版38頁3行め~42頁12行め
  『イブのおくれ毛』84頁10行め~89頁3行め
【8】「不当表示」単行本46~50頁、文庫版42頁13行め~47頁4行め
【9】「生めよ殖やせよ」単行本51~55頁、文庫版47頁5行め~51頁13行め
  『全集9』60頁13行め~63頁19行め
  〔初出〕 同    十二月二十五日発行 第十四巻五十一号 表題「標語」
  『イブのおくれ毛』89頁4行め~93頁
  『女は太もも』154~159頁
【10】「いとはん学校」単行本56~60頁、文庫版52頁1行め~56頁1行め
  『女は太もも』160~165頁
・単行本61頁(頁付なし)は「Ⅱ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に色の濃いノースリーブにミニスカートの女性がスカートの裾を直そうとして、左右からの視線に晒される(左に5つ、右に6つの目)イラスト。
【11】「男女似」単行本63~68頁、文庫版57頁2行め~62頁1行め
【12】「ビビンチョ」単行本69~73頁、文庫版62頁2行め~66頁11行め
【13】「歌垣」単行本【13】74~78頁、文庫版66頁12行め~71頁4行め
  『全集9』64頁1行め~67頁7行め
  〔初出〕昭和四十八年一月二十九日発行 第十五巻四号
  『イブのおくれ毛』94~98頁10行め
【14】「むぐらの宿」単行本79~84頁、文庫版71頁5行め~76頁3行め
  『イブのおくれ毛』98頁11行め~103頁9行め
【15】「ダマす女」単行本85~89頁、文庫版76頁4行め~80頁12行め
【16】「浮気心」単行本90~94頁、文庫版80頁13行め~85頁4行め
  『女は太もも』166~171頁
【17】「鼻と口」単行本95~99頁、文庫版85頁5行め~89頁12行め
【18】「パイプカット」単行本100~105頁、文庫版90頁1行め~94頁14行め
  『女は太もも』172~177頁
【19】「馴れ馴れしい男」単行本106~110頁、文庫版95頁1行め~99頁8行め
  『女は太もも』178~183頁
【20】「ねむけといろけ」単行本111~115頁、文庫版99頁9行め~103頁16行め
  『全集9』67頁8行め~70頁14行め
  〔初出〕 同    三月十九日発行 第十五巻十一号
  『イブのおくれ毛』103頁10行め~108頁3行め
・単行本118頁(頁付なし)は「Ⅲ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に太った全裸の女性が股間に両手を当てているイラスト。手の周囲に反時計回りに「かくしどころかくしどころ」と書き入れ。
【21】「翠帳紅閨」単行本119~123頁、文庫版104頁2行め~108頁16行め
  『全集9』70頁15行め~74頁2行め
  〔初出〕 同    三月二十六日発行 第十五巻十二号
  『イブのおくれ毛』108頁4行め~112頁
【22】「トーフ屋の妻」単行本124~128頁、文庫版109頁1行め~113頁10行め
  『全集9』74頁3行め~77頁9行め
  〔初出〕 同    四月二日発行 第十五巻十三号
【23】「圧力計」単行本129~133頁、文庫版113頁11行め~118頁3行め
【24】「旧仮名と処女」単行本134~138頁、文庫版118頁4行め~122頁11行め
【25】「男にもらうもの」単行本139~143頁、文庫版122頁12行め~127頁4行め
  『イブのおくれ毛』113~117頁
【26】「わが愛の朝鮮人」単行本144~148頁、文庫版127頁5行め~131頁13行め
  『女は太もも』184~189頁
【27】「男の想像力」単行本149~153頁、文庫版132頁1行め~136頁10行め
  『全集9』77頁10行め~80頁20行め
  〔初出〕 同    五月七日発行 第十五巻十八号
  『イブのおくれ毛』118~122頁
【28】「あそこの名称」単行本154~158頁、文庫版136頁11行め~141頁3行め
  『イブのおくれ毛』124~128頁10行め
【29】「背の君」単行本159~163頁、文庫版141頁4行め~145頁7行め
  『全集9』81頁1行め~84頁1行め
  〔初出〕 同    五月二十一日発行 第十五巻二十号
  『イブのおくれ毛』128頁11行め~132頁
【30】「女のチエ」単行本164~168頁、文庫版145頁8行め~149頁15行め
・単行本169頁(頁付なし)は「Ⅳ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に「朕」と書いた紙を前に恥じらいの表情を浮かべる、臍出しジーンズ姿の女性のイラスト。
【31】「ヨバイのルール」単行本171~175頁、文庫版150頁2行め~154頁12行め
  『全集9』84頁2行め~87頁6行め
  〔初出〕 同    六月十九日発行 第十五巻二十二号
  『イブのおくれ毛』133~137頁3行め
  『女は太もも』190~195頁
【32】「言葉づかいのはずかしさ」単行本176~180頁、文庫版154頁13行め~159頁5行め
  『全集9』87頁7行め~90頁19行め
  〔初出〕 同    六月十一日発行 第十五巻二十三号 表題「言葉使いの恥ずかしさ」
【33】「ヒトの素」単行本181~185頁、文庫版159頁6行め~163頁13行め
【34】「ズボンとスカート」単行本186~190頁、文庫版【34】164頁1行め~168頁5行め
【35】「酒呑童子」単行本191~195頁、文庫版168頁6行め~172頁15行め
  『女は太もも』196~201頁
【36】「恐怖のゴキブリ」単行本196~200頁、文庫版【36】173頁1行め~177頁6行め
【37】「余禄」単行本201~205頁、文庫版177頁7行め~181頁13行め
【38】「暴力男」単行本206~210頁、文庫版182頁1行め~186頁9行め
【39】「ろしゅつ」単行本211~215頁、文庫版186頁10行め~191頁1行め
【40】「炊きころび」単行本216~220頁、文庫版191頁2行め~195頁10行め
  『イブのおくれ毛』137頁4行め~141頁
・単行本221頁(頁付なし)は「Ⅴ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に左手を左耳の後ろに当て、右腕を胸の下に回し、両膝を折って涎を垂らしながら寝ている全裸の女性のイラスト。口から上へ「ZZZZZZZZ」尻から膝の上へ「VUUU~~~~~」と毛筆書き入れ。
【41】「チチ・ツツいじり」単行本223~227頁、文庫版196頁2行め~200頁12行め
【42】「女の推理」単行本228~232頁、文庫版200頁13行め~205頁4行め
【43】「遊び半分」単行本233~237頁、文庫版205頁5行め~209頁12行め
【44】「二号はん」単行本238~242頁、文庫版210頁1行め~214頁7行め
  『全集9』91頁1行め~94頁5行め
  〔初出〕 同    九月三日発行 第十五巻三十五号
【45】「マジメ人間」単行本243~247頁、文庫版214頁8行め~218頁14行め
  『イブのおくれ毛』142~146頁10行め
【46】「女のふんどし」単行本248~252頁、文庫版219頁1行め~223頁7行め
  『イブのおくれ毛』146頁11行め~151頁4行め
【47】「ソコハカ」単行本253~257頁、文庫版223頁8行め~227頁14行め
【48】「兵隊サンよ、ありがとう」単行本258~262頁、文庫版228頁1行め~232頁9行め
【49】「長寿のヒケツ」単行本263~268頁、文庫版232頁10行め~237頁7行め
  『全集9』94頁6行め~97頁18行め
  〔初出〕 同    十月八日発行 第十五巻四十号
  『イブのおくれ毛』151頁5行め~156頁4行め
【50】「公害の害」単行本269~273頁、文庫版237頁8行め~241頁16行め
  『イブのおくれ毛』156頁5行め~160頁
田辺聖子「あとがき」単行本274~276頁、文庫版243~245頁*3
  『全集9』556頁17行め~558頁3行め
 次の頁(頁付なし)、単行本は左端下寄せで小さく「●発表誌 「週刊文春」昭和47年10月30日号~昭和48年10月15日号 連載分」。文庫版は下部中央に小さく「●「週刊文春」昭和47年10月30日号~昭和48年10月15日号 連載分」とある。
 文庫版247~253頁、中山千夏「解説」。1頁白紙があって奥付、裏に[ 文春文庫 最新刊 ]12点。
 単行本奥付の前に「■著者略歴」、裏に、まづ「田辺聖子の本」下に「文藝春秋」として、3点。
 残り13冊についても同様にすれば便利なのでしょうけれども取り敢えずこの2冊までにて。(以下続稿)

田辺聖子『女の長風呂』(4)

・『女の長風呂』の細目
 鍵括弧で括った題のうち太字は、傍点「ヽ」が打たれているのですが再現出来ないので仮に太字にして示したものです。さらに単行本、文庫版の収録順と位置を添えて置きました。
 次いで選集への収録状況を示しました。
田辺聖子全集』第九巻への再録には「解題」に初出の情報があるので、〔初出〕として添えて置きました。――10月22日付「赤いマント(284)」の後半に確認した、同じ週刊誌連載エッセイを1年ごとに纏めた五木寛之『深夜草紙』のように、一々初出誌発行日付を添えてもらえていたらと有難かったのですけれども。
 ベスト・オブ・女の長風呂Ⅰ『イブのおくれ毛』には15篇、文春文庫『エッセイベストセレクション』には1冊めの『女は太もも』に22篇採られております。
 この他にも選集に採録されているものなど、気付いたらここに追加して行くこととします。
 単行本、見返し(遊紙)は黒、次いで布目のエンボスの扉、白地に淡い群青色の印刷、中央やや上、飾り枠にカバー表紙と同じ標題と著者名、下部に縦組で小さく版元名。
 単行本1~6頁(頁付なし)「目 次」、1頁「目 次」の扉、裏は白紙。7頁(頁付なし)中扉で中央やや上に明朝体縦組みで大きく標題、8頁(頁付なし)下部中央に、下詰めで2行「アート・ディレクター  粟屋 充/本文カット  奈良葉二」とある。
 文庫版1頁(頁付なし)は文春文庫に共通の扉、3~7頁(頁付なし)「目 次」、9頁(頁付なし)中扉で上部中央に標題。
・単行本9頁(頁付なし)は「Ⅰ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に花々を背景に股間を花で、胸を花と両手で隠した裸婦のイラスト。文庫版はカットがなく11頁にまづ5行取り下寄せで大きく、四隅の繋がっていない枠(0.7×0.7cm)に「Ⅰ」、ついで4行取りでやや大きくゴシック体の題、半角分空けて下まで「・・・」。単行本の各篇の題は6行取り下詰めで大きく明朝体で、2字の場合は間を3字分空けて、3字の題は1字分ずつ空けて、4字の場合は半角分ずつ空けて、5字以上は字間を詰めて入れております。本文、単行本は1頁16行、1行43字、文庫版は1頁17行、1行43字。
「女のムスビ目」単行本【1】11~15頁、文庫版【1】11頁2行め~15頁10行め
  『全集9』9頁3行め~12頁11行め
  〔初出〕昭和四十六年十月二十五日発行 第十三巻四十二号 表題「まさしげ」
  『イブのおくれ毛』10~14頁9行め
  『女は太もも』10~15頁
いらう女」単行本【2】16~20頁、文庫版【2】15頁11行め~19頁15行め
  『全集9』12頁12行め~15頁14行め
  〔初出〕 同    十一月一日発行 第十三巻四十三号 表題「肉感的な女」
  『イブのおくれ毛』14頁10行め~18頁
  『女は太もも』16~21頁
「×××しよう!」単行本【3】21~25頁、文庫版【3】20頁1行め~24頁6行め
「愛のオシバイ」単行本【4】26~30頁、文庫版【4】24頁7行め~28頁16行め
  『女は太もも』22~27頁
「男の欲望」単行本【5】31~35頁、文庫版【5】29頁1行め~33頁5行め
  『イブのおくれ毛』19~23頁8行め
  『女は太もも』28~33頁
「女の性欲」単行本【6】36~40頁、文庫版【6】33頁6行め~37頁12行め
  『女は太もも』34~39頁
「面食いの単純さ」単行本【7】41~45頁、文庫版【7】37頁13行め~42頁7行め
「性の河原」単行本【8】46~50頁、文庫版【8】42頁8行め~46頁16行め
  『全集9』15頁15行め~19頁4行め
  〔初出〕 同    十二月十三日発行 第十三巻四十九号
「強姦と女心」単行本【9】51~55頁、文庫版【9】47頁1行め~51頁12行め
「付け根考」単行本【10】56~60頁、文庫版【10】51頁13行め~55頁15行め
・単行本61頁(頁付なし)は「Ⅱ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に全裸の女を背負った全裸の男のイラスト。
「公衆ベッド」単行本【11】63~67頁、文庫版【11】56頁2行め~60頁15行め
「ポルノについて」単行本【12】68~72頁、文庫版【12】61頁1行め~65頁5行め
「乱交パーティの視線」単行本【13】73~77頁、文庫版【13】65頁6行め~69頁15行め
「淫風」単行本【14】78~82頁、文庫版【14】70頁1行め~74頁8行め
  『女は太もも』40~45頁
「潜在願望」単行本【15】83~87頁、文庫版【15】74頁9行め~78頁16行め
  『女は太もも』46~51頁
「四十八手」単行本【16】88~92頁、文庫版【16】79頁1行め~83頁7行め
  『全集9』19頁5行め~22頁10行め
  〔初出〕昭和四十七年二月十四日発行 第十四巻六号
  『イブのおくれ毛』23頁9行め~27頁
  『女は太もも』52~57頁
「子供より男」単行本【17】93~97頁、文庫版【17】83頁8行め~87頁12行め
  『全集9』22頁11行め~25頁16行め
  〔初出〕 同    二月二十一日発行 第十四巻七号 表題「男と子供」
  『イブのおくれ毛』28~32頁5行め
  『女は太もも』58~63頁
「セーラー服の女学生」単行本【18】98~102頁、文庫版【18】87頁13行め~91頁16行め
  『イブのおくれ毛』32頁6行め~36頁10行め
  『女は太もも』64~69頁
「わが愛の中学生」単行本【19】103~107頁、文庫版【19】92頁1行め~96頁2行め
  『全集9』25頁17行め~28頁18行め
  〔初出〕 同    三月六日発行 第十四巻九号
  『イブのおくれ毛』36頁11行め~40頁
  『女は太もも』70~75頁
「男の長ドス」単行本【20】108~112頁、文庫版【20】96頁3行め~100頁11行め
・単行本113頁(頁付なし)は「Ⅲ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に頭にリボンを載せてとぐろを巻いた蛇のイラスト。
「紫の上」単行本【21】115~119頁、文庫版【21】101頁2行め~105頁12行め
  『全集9』29頁1行め~32頁8行め
  〔初出〕 同    三月二十日発行 第十四巻十一号
  『女は太もも』76~81頁
「オヤ&ムスコ」単行本【22】120~124頁、文庫版【22】105頁13行め~110頁4行め
  『全集9』32頁9行め~35頁16行め、17~19行め *〔田辺注〕
  〔初出〕 同    三月二十七日発行 第十四巻十二号
「男は「六せる」」単行本【23】125~129頁、文庫版【23】110頁5行め~114頁13行め
  『全集9』36頁1行め~39頁3行め
  〔初出〕 同    四月十日発行 第十四巻十四号 表題「仰げば尊しわが師の恩」
  『女は太もも』82~87頁
「処女」単行本【24】130~134頁、文庫版【24】115頁1行め~119頁6行め
「女は「五たい」」単行本【25】135~139頁、文庫版【25】119頁7行め~123頁16行め
  『全集9』39頁4行め~42頁15行め
  〔初出〕 同    四月二十四日発行 第十四巻十六号 表題「女は五たい」
「身内とエッチ」単行本【26】140~144頁、文庫版【26】124頁1行め~128頁3行め
  『女は太もも』88~93頁
「青大将」単行本【27】145~149頁、文庫版【27】128頁4行め~132頁10行め
「情を通じ……」単行本【28】150~154頁、「情を通じ‥‥」文庫版【28】132頁11行め~136頁16行め
  『イブのおくれ毛』41~45頁10行め (編集部註:)45頁11~16行め
  『女は太もも』94~99頁
「初潮」単行本【29】155~159頁、文庫版【29】137頁1行め~141頁9行め
  『女は太もも』100~105頁
「変身」単行本【30】160~164頁、文庫版【30】141頁10行め~146頁1行め
  『全集9』42頁16行め~46頁7行め
  〔初出〕 同    五月二十九日発行 第十四巻二十一号
  『イブのおくれ毛』46~50頁
・単行本165頁(頁付なし)は「Ⅳ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に恍惚の表情の全裸の女性が仰向けになって両手を股間にやって、その身体の上に♥が9箇舞い上っているイラスト。
「コレクターの栄光」単行本【31】167~171頁、文庫版【31】147頁2行め~151頁9行め
「拝観女の姿態」単行本【32】172~176頁、文庫版【32】151頁10行め~155頁17行め
ワイセツの匂い」単行本【33】177~181頁、文庫版【33】156頁1行め~160頁5行め
  『全集9』46頁8行め~49頁13行め
  〔初出〕 同    六月十九日発行 第十四巻二十四号 表題「あとになって」
  『イブのおくれ毛』51~55頁7行め
  『女は太もも』106~111頁
「わが愛の不良たち」単行本【34】182~186頁、文庫版【34】160頁6行め~164頁12行め
  『全集9』49頁14行め~52頁19行め
  〔初出〕 同    六月二十六日発行 第十四巻二十五号
「男のオナカの情感」単行本【35】187~191頁、文庫版【35】164頁13行め~169頁2行め
  『女は太もも』112~117頁
「夜這い」単行本【36】192~196頁、文庫版【36】169頁3行め~173頁10行め
  『全集9』53頁1行め~56頁6行め
  〔初出〕 同    七月十日発行 第十四巻二十七号
  『イブのおくれ毛』55頁8行め~59頁
「仙境の法悦」単行本【37】197~201頁、文庫版【37】173頁11行め~177頁17行め
「男は色情狂」単行本【38】202~206頁、文庫版【38】178頁1行め~182頁8行め
「往生」単行本【39】207~211頁、文庫版【39】182頁9行め~186頁17行め
「痴漢」単行本【40】212~216頁、文庫版【40】187頁1行め~191頁6行め
・単行本217頁(頁付なし)は「Ⅴ」章の扉。上部中央にローマ数字、下部中央に和服で島田髷の女性が物思いに耽るような立ち姿、右に「おもかげ」左に「抱いて/今日も/ゆく」と手書きで添えたイラスト。
「女の出撃」単行本【41】219~223頁、文庫版【41】192頁2行め~196頁13行め
  『女は太もも』118~123頁
「月のさわり」単行本【42】224~228頁、文庫版【42】197頁1行め~201頁9行め
  『女は太もも』124~129頁
「早熟」単行本【43】229~233頁、文庫版【43】201頁10行め~206頁1行め
「混浴に於ける考察」単行本【44】234~238頁、文庫版【44】206頁2行め~210頁10行め
  『イブのおくれ毛』60~64頁
「男の品さだめ」単行本【45】239~243頁、文庫版【45】210頁11行め~214頁17行め
  『イブのおくれ毛』66~70頁10行め
「きらいと好き」単行本【46】244~248頁、文庫版【46】215頁1行め~219頁8行め
ファウンデーション」単行本【47】249~253頁、文庫版【47】219頁9行め~223頁16行め
  『イブのおくれ毛』70頁11行め~75頁2行め
「男の見当はずれ」単行本【48】254~258頁、文庫版【48】224頁1行め~228頁11行め
  『女は太もも』130~135頁
「夜ごとの復縁」単行本【49】259~263頁、文庫版【50】233頁5行め~237頁13行め
  『イブのおくれ毛』75頁3行め~79頁
「パッ、サッ、スカッ」単行本【50】264~268頁、文庫版【49】228頁12行め~233頁4行め
  『女は太もも』136~141頁
 次の頁(頁付なし)、単行本は左端下寄せで小さく「●発表誌 「週刊文春」昭和46年10月25日号~昭和47年10月23日号 連載分」。文庫版は下部中央に小さく「週刊文春 昭和46年10月25日号~47年10月23日号」とある。文庫版の奥付裏に[ 文春文庫 最新刊 ]12点。
 単行本奥付の前に「■著者略歴」、裏に、まづ「田辺聖子の本」下に「文藝春秋」として、3点。
 扉のイラストは雑誌連載時のものから採ったのでしょう。例えば「Ⅲ」章は【27】「青大将」のイラストを採ったものと思われます。これは文庫版には引き継がれておりません。『全集』により確認出来る〔初出〕を見る限りでは、初出の順番に収録されているようなのですが、何故か最後の2篇、単行本と文庫版で順序が入れ替わっているのが気になります。(以下続稿)

田辺聖子『女の長風呂』(3)

・「女の長風呂」シリーズ(2)
 最初の2点の、単行本と文庫版計4冊を揃えただけなので、専ら『田辺聖子全集』第九巻の浦西和彦「解題」に頼って記述することになるのだけれども、ここでシリーズ全体について眺めて置きましょう。
 まづ、「週刊文春」連載時の題と、休載期間を確認して置きましょう。
・「女の長風呂
  第13巻42号(昭和46年10月25日発行)~第15巻41号(昭和48年10月15日発行)
・「イブのおくれ毛
  第15巻42号(昭和48年10月22日発行)~第17巻40号(昭和50年10月2日発行)
・「ああカモカのおっちゃん
  第17巻41号(昭和50年10月9日発行)~第19巻35号(昭和52年9月1日発行)
・「モカのおっちゃん興味しんしん
  第19巻36号(昭和52年9月8日発行)~第21巻35号(昭和54年8月30日発行)
・「芋たこ長電話
  第21巻36号(昭和54年9月6日発行)~第23巻34号(昭和56年8月27日発行)
・ 休載1
・「女の口髭
  第24巻2号(昭和57年1月14日発行)~第25巻6号(昭和58年2月10日発行)
・ 休載2
・「女の幕ノ内弁当
  第25巻15号(昭和58年4月14日発行)~第27巻13号(昭和60年4月4日発行)
・ 休載3
・「浪花ままごと
  第27巻22号(昭和60年6月6日発行)~第29巻23号(昭和62年6月11日発行)
 最初の10年(9年10ヶ月)は休みなく連載していたようです。同じ題で2年、1年1冊で単行本化されております。「カモカのおっちゃん興味しんしん」までは単行本の2冊めも同題で「続」もしくは「Ⅱ」となっていましたが「芋たこ長電話」の後半から題が変わっております。文庫版では『ああカモカのおっちゃんⅡ』から改題されて『カモカのおっちゃん興味しんしん』は文庫版の題に採用されておりません。
 そして「芋たこ長電話」の終了から4ヶ月半の休載1を挟んで「女の口髭」が1年、以後は2ヶ月の休載を挟みつつ「女の幕ノ内弁当」2年、「浪花ままごと」2年で、15年間という勘定になっております。単行本と文庫版の対照関係は、簡単な表にして置きましょう。全集150編の内訳も添えて置きました。

  単行本 文庫版 全集収録数
女の長風呂 女の長風呂 14
女の長風呂(続) 女の長風呂Ⅱ 12
イブのおくれ毛 イブのおくれ毛Ⅰ 11
イブのおくれ毛(続) イブのおくれ毛Ⅱ 6
ああカモカのおっちゃん ああカモカのおっちゃん 9
ああカモカのおっちゃんⅡ 女の気まま運転 9
モカのおっちゃん興味しんしんⅠ 女の停車場 8
モカのおっちゃん興味しんしんⅡ 女のハイウェイ 4
芋たこ長電話 芋たこ長電話 13
女の居酒屋 女の居酒屋 12
女の口髭 女の口髭 9
女の幕ノ内弁当 女の幕ノ内弁当 12
女の中年かるた 女の中年かるた 16
浪花ままごと 浪花ままごと 6
女のとおせんぼ 女のとおせんぼ 9

 ⑥⑦⑧の文庫版には「カモカ・シリーズⅡ(~Ⅳ)」のシリーズ名が与えられております。しかし、それにしても、①②『女の長風呂』正続にはそれぞれ50編ずつ収録されておりますので、1/4程度の収録では如何にも少ない、と申せましょう。(以下続稿)

田辺聖子『女の長風呂』(2)

・「女の長風呂」シリーズ(1)
 15年間続いた田辺氏の「週刊文春」連載エッセイは『田辺聖子全集』に抄録だけれども、次の1巻を充てて収録されております。
・『田辺聖子全集』第九巻(二〇〇五年二月十日 第一刷発行・集英社・口絵+563頁・A5判上製本

田辺聖子全集 9 カモカ・シリーズ(新編集)

田辺聖子全集 9 カモカ・シリーズ(新編集)

 扉や奥付には副題はありませんが、奥付裏の「田辺聖子全集」目録には「9  カモカ・シリーズ(新編集)」とあります。
 シリーズ名については、『全集』第九巻531~545頁「解説」に記述があります。531頁(頁付なし)は「解説」の扉で裏は白紙、533頁から本文で田辺聖子「桔梗は わが叛逆の 旗印*1」、冒頭を抜いて置きましょう。533頁5~13行め、

 この巻はエッセー集であるが、〈カモカのおっちゃん〉の登場する〈カモカ・シリーズ〉としてまとめ/られたものである。
 昭和四十六年、『女の長風呂』というタイトルで、「週刊文春」に見開き二ページのエッセーを連載した/が、当初三カ月の約束であったのに、それが延々、十五年に及んでしまった。この巻にも、すべては収め/きれず、抜萃*2となっている。
 私自身、こんなに長く続けるつもりはなかった。三カ月が過ぎた時点で、また三カ月、といわれること/数回に及び、ついに〈出来ればいつまでも〉と、十五年間続いてしまったのだ。
 単行本は全十五冊にもなり、タイトルはそれぞれ違うが、登場人物は、〈カモカのおっちゃんとおせい/さん〉であるのは同じ。内訳、左の如*3し。


 続いて、単行本15冊の標題と刊年を列挙しています。
 平成7年(1995)には『ベスト・オブ・女の長風呂』と題する単行本3冊の選集が刊行されておりますから「女の長風呂」シリーズと呼ぶことも出来そうです*4
・ベスト・オブ・女の長風呂 Ⅰ『イブのおくれ毛』一九九五年五月三十日第一刷・定価1553円・文藝春秋・285頁・四六判上製本

イブのおくれ毛 (ベスト・オブ・女の長風呂)

イブのおくれ毛 (ベスト・オブ・女の長風呂)

・ベスト・オブ・女の長風呂 Ⅱ『深夜のヒマ人』一九九五年六月三十日第一刷・定価1553円・文藝春秋・276頁・四六判上製本
深夜のヒマ人 (ベスト・オブ・女の長風呂)

深夜のヒマ人 (ベスト・オブ・女の長風呂)

・ベスト・オブ・女の長風呂 Ⅲ『ああカモカのおっちゃん』一九九五年七月三十日第一刷・定価1553円・文藝春秋・293頁・四六判上製本 未見。――『全集』第九巻に戻って、546~563頁、浦西和彦「解題」の冒頭、546頁3~7行め、

 本巻は、十五年間にわたって「週刊文春」に連載したエッセイ、カモカ・シリーズ全十五冊、『女の長風呂』/『女の長風呂(続)』『イブのおくれ毛』『イブのおくれ毛(続)』『ああカモカのおっちゃん』『ああカモカのお/っちゃんⅡ』『カモカのおっちゃん興味しんしんⅠ』『カモカのおっちゃん興味しんしんⅡ』『芋たこ長電話』/『女の居酒屋』『女の口髭』『女の幕ノ内弁当』『女の中年かるた』『浪花ままごと』『女のとおせんぼ』のなかか/ら厳選し、百五十編を収録した。

として、以下、546頁3行め~554頁17行め〔初出〕に150編の1冊ごとに「週刊文春」の発行日・巻号を示し、554頁18行め~556頁16行め〔収録〕に単行本・文庫版・選集を列挙しています。1行空けて556頁17行め~562頁7行めに単行本『女の長風呂(続)』と『女のとおせんぼ』の「あとがき」、文庫版『浪花ままごと』の「文庫版のためのあとがき」を引用しています。そして最後、562頁8行め~563頁4行めに、評論家(武蔵野次郎、岡庭昇)の評や、新聞の書評若干を紹介しています。
 なお『ベスト・オブ・女の長風呂』は5冊ごとに1冊に纏めているようですが、その後、文春文庫で刊行された『エッセイベストセレクション』全3冊は選び方がまた違っているようです。
・文春文庫『女はふともも エッセイベストセレクション12013年3月10日 第1刷・2013年6月20日 第2刷・定価590円・313頁

・文春文庫『やりにくい女房 エッセイベストセレクション22013年4月10日 第1刷・定価590円・316頁・文春文庫『主婦の休暇 エッセイベストセレクション32013年5月10日 第1刷・定価590円・313頁 全15冊全てを確認する訳には行きませんので、取り敢えず『女の長風呂』正続2冊の細目と、再録状況を確認して置くこととしましょう。(以下続稿)

*1:ルビ「きちこう・はんぎやく・はたじるし」。

*2:ルビ「ばつすい」。

*3:ルビ「ごと」。

*4:11月24日追記】以下3冊の書誌データを追加し「未見。」を見せ消ちにした。

田辺聖子『女の長風呂』(1)

 さて、当ブログに今月上旬、11月7日付「安岡章太郞 編『ウィタ・フンニョアリス』(1)」及び11月8日付「安岡章太郞 編『ウィタ・フンニョアリス』(2)」、11月10日付「平成厠研究会 編『トイレでホッ!』(1)」に、2種3冊の便所・糞尿関連本を取り上げたのは、その前の11月6日付「赤いマント(299)」に予告した「田辺聖子の赤マント」について掘り下げるためでありました。『ウィタ・フンニョアリス』と『トイレでホッ』は、収録作品が5点共通しています。うち1点が田辺聖子「おべんじょ」なのですが、これに赤マントに触れたところがあるのです。『ウィタ・フンニョアリス』には初出が示してありませんでしたが『トイレでホッ』の方には「(『女の長風呂Ⅱ』文藝春秋・一九七七年)」とあります。――これは初出・初刊ではなく文庫版の標題及び刊年なので、出典(底本)と云うべきなのですが、とにかく『女の長風呂』を見てみようと思ったのです。
 『女の長風呂』は長年「週刊文春」に連載されていたエッセイ・シリーズの最初の2冊で、シリーズ全てを一度に揃えるのは現状では難しいので、差当り『女の長風呂』と題する2冊を確認して置きましょう。
・『女の長風呂』文藝春秋・268頁

女の長風呂7

女の長風呂7

  • 作者:田辺聖子
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
・一九七三年 二 月 十 五 日第 一 刷・一九七七年十一月二十五日第十八刷・定価 七九〇円
・一九七三年 二 月十五日第 一 刷・一九八二年 五 月二十日第二十二刷・定価 八五〇円
 何故かAmazon詳細ページの表題が「女の長風呂7」になっていますが第7巻などはないので、何故数字が混入したのかは謎です。
 カバー表紙は上部に横長の明朝体の横組みで、まづ桃色で標題、その下に薄い水色(褪色か)で著者名。そして金で描いた薔薇などの花々の縦長の楕円の枠に、桃色で型板ガラス越しに恐らく裸の女性。肩に長髪を垂らし、2つの胸の膨らみ、そして大股開きで、左手を左の膝に乗せているようですが、ぼやけているので目鼻の位置がぼんやり分かる程度です。
・『女の長風呂文藝春秋・276頁
女の長風呂 続

女の長風呂 続

・一九七四年 一 月三十日 第 一 刷・一九八〇年十二月十五日 第十一刷・定価 八五〇円
 カバー表紙は『女の長風呂』の色違いで、標題は茶色で右に薄い茶色で「続」と添え、著者名は黄土色。花の枠は銀色で硝子越しの女性の裸体は茶色。
 奥付の前の「■著者略歴」は『女の長風呂』に一致。
・文春文庫『女の長風呂』文藝春秋
女の長風呂 (文春文庫 153-3)

女の長風呂 (文春文庫 153-3)

・1976年8月25日 第1刷(237頁)
・1993年2月20日 第28刷・定価369円
・文春文庫『女の長風呂Ⅱ』文藝春秋
女の長風呂〈2〉 (1977年) (文春文庫)

女の長風呂〈2〉 (1977年) (文春文庫)

・1977年3月25日 第1刷(253頁)
・1992年6月15日 第19刷・定価369円
 カバー表紙は単行本同様、同じ柄の色違いである。最上部の標題は『女の長風呂』は青紫、これに「Ⅱ」と添えた『女の長風呂Ⅱ』は深緑、単行本の標題を縮小。その下、右寄せの著者名は黒で、単行本と大きさも同じ。光の当て方を変えて撮影したらしい線描画の周囲の枠が、『女の長風呂』は緑、『Ⅱ』は橙色。最下部に「文春文庫」。
 私の見た2冊は同じ時期の増刷なのでカバー表紙折返しの著者紹介文と、カバー裏表紙折返しの「文春文庫 田辺聖子作品リスト」は一致。(以下続稿)

北杜夫『南太平洋ひるね旅』(08)

・初版と新装版の奥付と目録
 昨日の続きで、①ポケット・ライブラリと②新装版の奥付について。文字は全て横組み。
 上部、左寄りにゴシック体で標題。上の(天から)余白は②が広いが、下(地)からの高さは同じ。
 下部に四隅の切れた枠(①5.5×7.0cm②5.3×6.4cm)があって、標題と枠までの間隔が①は 4.2cm であったが②は 3.8cm と狭くなっている。
 枠内のレイアウトはほぼ同じ。
 ①はまづ左側、上から小さく「著  者/発 行 者/発 行 所」と並び、大きくその右(大きな活字の2字分空け)に「北   杜  夫/佐 藤 亮 一/〈株式/会社〉 新 潮 社」と並ぶ。版元名の下、やや左(大きな活字の1字分、小さい活字の1字半)から「東京都新宿区矢来町71番地/電話東京(341)7111―9番/振 替 東 京 8 0 8 番」。その下に小さく「印 刷 所   塚田印刷株式会社/製 本 所   憲 専 堂 製 本 所」少し離して「定  価   200円」数字と円はやや大きい。やや広く空けて左下、小さく「1962年6月6日 印刷/1962年6月10日 発行」。右上に破線の枠(1.1×1.2cm)に小さく「著者との了/解により検/印を廃止い/たします。」著者・発行者・版元名の右。右下に小さく「乱丁,落丁本は本社又/はお買求めの書店にて/お取替えいたします。」版元住所等と印刷所・製本所・定価の右は余白、印刷発行日とこの断り書きの間も少し余白。
 下辺の下、中央に「© 1962 Printed in Japan」。
 ②の異同を上げると、著者名・発行者名・版元名がやや大きい程度に、版元名と住所の間、「所」の右下に「郵便番号 162」の1行追加、以下も同じ位置に揃えて「電 話 東 京 260)1 1 1 1 番」、振替番号の算用数字の間が半角分に詰まる。印刷所は同じ、「製 本 所   新 栄 社 製 本 所」、定価は「300円」。左下「1967年8月30
日 発行/1971年1月15日 12刷」。右上、検印の断り書きの代わりに角の丸い「新潮」の方形印、右下の乱丁・落丁本の断り書きは同文だが活字の印象がかなり違う。なお、方印とこの断り書きの右に①は3字分くらい余裕があったが②は1字分ほどで右辺。
 下辺の下、「© by Morio kita. 1967 Printed in Japan」。
 奥付の裏から目録がそれぞれ3頁、①は枠(11.0×7.2cm)の最上部は横長の何もない枠(縦0.1cm)、その下を縦に3分割して1頁に3点ずつ紹介。枠線は繋がっていない。上部にゴシック体で大きく標題、その左に1頁め3点め『飛行機の本』であれば「 ・世界記録に挑んだ半生」の如くに副題を添える。中央やや下に同じく『飛行機の本』であれば中央にやや大きく「木 村 秀 政」右に肩書きを小さく「日大理工学部教授   」と添える。下部に小さく7行(1行14字)の紹介文、7行めの最後、下詰めで「一八〇円」と定価。上辺の上、左寄りに「ポケット・ライブラリ」、下辺の下、右寄りに「Pocket Library」。
 1頁め1点め『肌の色を越えて/・太平洋戦争のかげの/女性の手記』副題2行めは下詰め、K・タントリ/工藤昭雄訳、一八〇円。
 1頁め2点め『異色のケネディ一家/・兄の屍を越えて』団 真理子、一五〇円。John F. Kennedy(1917.5.29~1963.11.22)のアメリカ合衆国大統領在任(1961.1.20~1963.11.22)中の本だから「兄」は第二次世界大戦で戦死した Joseph P. Kennedy, Jr.(1915.7.25~1944.8.12)である。
 2頁め1点め『頭の回転/・マスコミ最大の成功者の物語』J・ガンサー/三浦朱門訳、一五〇円。
 2頁め2点め『V W 世界を征す*1/・かぶと虫で二十年、モデル・/チェンジなし』田口 憲一、一八〇円。
 2頁め3点め『クルップ五代記/・人われを死の商人と呼ぶ』N・ムーレン/江藤 淳訳、一九〇円。
 3頁め1点め『株の魔術/・日本経済を動かす/株式の実態』日本経済新聞理事/野田 全治。
 3頁め2点め『わが家の経理部長/・家庭経営学の第一歩』愛知学芸大助教/青木 茂。
 3頁め3点め『スポーツマンの読むべき本/・勤労者から選手までの/トレーニング入門』上 野 徳太郎。
 私の見た本では、3頁め紹介文の下部に破損がある上にICタグが貼付されているために定価が分からなくなっている。
 ②はやはり四隅の繋がっていない子持枠(11.0×7.2cm)の、上部中央に明朝体太字横組みで大きく「北 杜夫」太い下線(2.9cm)。その下に縦線(8.4cm)2本で3分割して、全て明朝体縦組み、まづ1行めにやや大きく標題、下詰めで定価、以下1字下げの3行に紹介文。1頁め1点め『楡家の人々』について見る(標題はママ)と、「価七〇〇円」とあり、次いで1字下げで、

平和な時代の市民生活の哀歓、第二次大戦の昂揚と荒廃と虚/脱……近代日本五十年の歴史と共に生きた楡脳病院一族の悲/喜劇を描いて日本人の夢と郷愁を刻んだ大長編。

とある。以下2点め『白きたおやかな峰』価六五〇円、3点め『天井裏の子供たち』価四二〇円、2頁め1点め『高みの見物』価三五〇円、2点め『あくびノオト』価二九〇円、3点め『へそのない本』価三〇〇円、3頁め1点め『幽 霊=或る幼年と青春の物語=』(文庫)価一〇〇円、2点め『どくとるマンボウ航海記』(文庫)価一〇〇円、3点め『マンボウおもちゃ箱』価三〇〇円。

*1:ルビ「フオルクスワーゲン」。

北杜夫『南太平洋ひるね旅』(07)

・「後記」について(承前)
 11月16日付(05)の続きで、②新装版12刷の「後記」の後半を引いて、これが③文庫版④全集にどのように引き継がれているか、見て置こう。改稿もしくは削除・加筆されている箇所を灰色太字で示した。
 ②12刷、1行分空けて9~14行め、

 なお一九六八年にハワイへ行った折、本書中に出てくる日本人街とシナ人街とが入りまじった汚な/い道がすっかり区画整理され、道も広がって綺麗になり、かつての情緒がまったく感じられないのを/見た。またフィジーの少数の選手団が旗を立ててメキシコ・オリンピックに入場した情景をテレビで/見た人も多いと思うが、一九六六年国連がフィジーの独立を英国に要請しており、いずれはこの島も植民地でなくなるであろう東サモアも、懐しきレインメーカー・ホテルだけがあったパゴパゴに近/代的ホテルができた。南太平洋の島々よ、なるたけ長くその美しさを残してくれ。(一九六九年記)


 ③二十一刷・二十二刷227頁10行め~228頁2行め(改行位置「/」)、④251頁上段11行め~下段2行め(改行位置「|」)、

 一九六八年にハワイへ行った折、本書中に出てくる日本|人街と中国人街とが入りまじった汚な/い道がすっかり区画|整理され、道も広がって綺麗になり、かつての情緒がまっ|たく感じられない/のを見た。またフィジーの少数の選手団|が旗を立ててメキシコ・オリンピックに入場した情景を/テ|レビで見た人も多いと思うが、その後一九七〇年十月には独立してイギリス連邦の一員となり国連にも加盟した。東|サモアも、懐しきレインメーカー・ホテルだけがあったパ|【251上】ゴパゴに近代的/【227】ホテルができたし、もちろんジェット機|発着している。幻想の島々も急速に変ってゆくのだろ/う。


 次いで下寄せで、10月26日付「赤いマント(288)」及び10月27日付「赤いマント(289)」に見たように、やや小さく③228頁2行め(一九七三年記)、④251頁下段3行めに(一九七三年)とある。③④には続いて(一九七六年附記)があるが、これは10月28日付「赤いマント(290)」に抜いて置いた。
 ③文庫版には続いて田畑麦彦「解説」があるが、これについては③文庫版の初刷と後刷を比較する際に触れることとしよう。④全集は251頁の裏は白紙。
 ②12刷は頁付があるのは259頁までで裏は白紙。①は258頁の次が白紙で、その裏に、中央下寄りに、明朝体でやや小さく、行間を広く取って、

この本の写真は、パン・アメリカン航空提供の一枚とダニエルソン/氏の好意によるもの二枚のほかは、全部著者の撮影です。表紙の写/真は、一四八頁に黒白で複製したものと同じで、ニューカレドニア/付近の上空から、波が高まれば沈んでしまいそうな指貫*1のような環/礁をうつしたもの。

とある。前回見たように①12頁のパン・アメリカン航空提供の写真は、②19頁で『世界周航記』の図版と差し替えられている。表紙の写真には11月15日付(04)に触れたが、148頁の写真は全景だが表紙では環礁の右が切れている。(以下続稿)

*1:ルビ「ゆびぬき」。

北杜夫『南太平洋ひるね旅』(6)

・諸本(本文・図版)対照
 それでは、各章ごとに、諸本の図版の位置を確認して置こう。
 ①②③は写真が豊富に挿入されるが、④は地図のみである。①②の本文は同版の箇所が多いようだが一部組み直しがあり、図版にも差し替えがある。同じ図版が使用されている場合は①②は纏めて置いた。
 また、①②③は章ごとに斜体で番号が打たれているが、④には番号がない。①②の「目次」及び各章冒頭の章題は、2014年8月12日付「川端康成『古都』(4)」に注意した川端康成『古都』(昭和三十七年六月二十五日発行・昭和三十七年八月三十日三刷)と同様、分ち書き風に組まれている*1。もちろん③④では詰まっているが、ここでは①②に似せて示して置いた。なお、③は初刷と後刷で頁数が違うが、本文には関わらないのでここでは区別していない。
 章の題は①②は6行取り2字下げ、③は4行取り5字下げ、④5行取り3字下げで、明朝体でやや大きく入っているが、ここでは見易くするために仮に太字にして示した。
 写真に附されているキャプションは、頁の下にある場合は上に添えて、上にある場合は下に添えて、ゴシック体横組み・中央揃えで入っている。図版のみの頁は下に添える。例外については位置及び字体を註記した。①②と③で同じ図版を使用している場合は「=」、改めてある場合は「→」として、どう改めたか註記した。
 ごく ざっと 初めに
  ①②9~24頁2行め③7~20頁17行め④137~145頁下段10行め
・①12頁下、写真「PAN AMERICAN WORLD AIRWAYS PHOTO」斜体
・①②16~17頁(頁付なし)地図「南太平洋の島島」→③14~15頁(頁付なし)「南太平洋の島島」は文字と島を大きく書き直してある=④140~141頁
・②19頁下、挿図「キャプテン・クックの第一回公開の記録(クック,バイロン,/カートレッツ,ウィリス共著《世界周航記》1773年刊)の挿絵/左 クック諸島,マンガイア島の男/右 ハワイ諸島,サンドイッチ群島の男」キャプション下=③16頁下、キャプション上(1~2行めカンマ「,」が読点「、」に、3~4行め2字下げ)
※ ①と②の12~15・18~19頁は改版。
・①24頁左下、写真「オールドミスが憧れるかもしれぬ土人/(ニューカレドニアにて)」キャプション右詰め=②24頁左下「(ニューカレドニアにて)」キャプション右詰め=③20頁右下「ニューカレドニアにて」キャプション中央揃え
 日本国ハワイ州
  ①②21~41頁12行め③21~35頁15行め④145頁下段11行め~153頁下段7行め
・①②30頁下、写真「中古自動車売場」=③26頁右下
・①②31頁上、写真「おかず屋のウィンドー。(店じまいのあとで、品数は並んでいない。)」=③27頁左上「おかず屋のウィンドウ/(店じまいのあとで、品数は並んでいない)」
・①②34頁下、写真「日本映画館のひとつ」=③28頁右下
・①②35頁上、写真「ビリヤードの店先でやっている将棋」=③29頁左上
・①②40頁下、写真「ホノルル街頭の郵便屋さん」=③34頁右下
 ハワイの自然 など
  ①②43~57頁15行め③37~50頁4行め④153頁下段8行め~161頁上段20行め
・①②42頁(頁付なし)地図「ハワイ諸島」→③36頁(頁付なし)「ハワイ諸島」は文字と島を大きく書き直してある=④155頁左上
・①②44頁下、写真「ハワイ島のブラック・サンド海岸」=③38頁下
・①②51頁左上、写真「マウイ島日本語学校」=③44頁右上
・①②56頁下、写真「ワイキキのフラダンス」=③50頁左下、キャプション下
 タヒチの幻滅
  ①②59~79頁4行め③51~69頁7行め④161頁下段~171頁下段11行め
・①②58頁(頁付なし)写真「タヒチの女PHOTO A.SYLVAIN. COURTESY B.DANIELSON.」=③69頁左下「タヒチの女/PHOTO A.SYLVAIN./COURTESY B.DANIELSON.」キャプション下
・①②66頁下、写真「バナナのなるパペーテ郊外の道」=③57頁左下
※ ①は小口側の余白(0.2cm)が殆どないが②は余白(1.8cm)が広い。寸法(①4.9×7.4cm→②5.0×6.1cm)の違いは左側を削って画面が狭くなったため。③(4.5×6.0cm)は②よりも左側が広い。
・①②67頁上、写真「タヒチの近代女性」=③58頁右上
※ ①は小口側の余白(0.3cm)が殆どないが②は余白(1.9cm)が広い。寸法(①4.9×6.8cm→②5.1×5.6cm)の違いは画面の左右を削ったため。③(4.0×5.9cm)は①に比して右側が若干削られている。
・①②70頁上、写真「市場の一隅。(ぶらさげて売っているのは魚。)」=③61頁上、句点なし括弧全角
・①②80頁(頁付なし)左上、写真「日本製品、南海に雄飛か。(魚をぶらさげて/売る市場の男もゴムゾーリをはいている。)」=③70頁(頁付なし)左上「日本製品、南海にも雄飛か。(魚をぶらさげ/て売る市場の男もゴムゾーリをはいている)」
・①②80頁(頁付なし)右下、写真「パペーテの沖合すぐにこの小島がある。日独伊人、ペタン/派の仏人は、太平洋戦争中ここに収容されていたという。」=③70頁(頁付なし)右下
 タヒチの復活
  ①②81~98頁2行め③71~86頁4行め④171頁下段12行め~179頁下段9行め
・①②88頁右上、写真「パペーテの町中にとまるバス」=③77頁左上、左右下が広い
・①②90頁右上、写真「小さなタヒチのレディ」=③79頁左上、上下右が狭い
・①②91頁左下、写真(キャプションなし、立って泣いている全裸の男児
・①②92頁上、写真「タヒチの田舎道」→③81頁上「タヒチの田舎道」同じ3人の子供を写した別の写真
・①②94頁右下、写真「自宅の清野老人」=③82頁右上、下左右が狭い
・①②96頁上、写真「パペーテの海岸からモーレア島をのぞむ。」=③84頁上
・①②98頁下、写真「夕暮れに遊んでいる子供たち。向うにモーレア島。」→③86頁左下「夕暮れに遊んでいる子供、向うにモーレア島」
 モーレア島の踊り など
  ①②99~117頁16行め③87~103頁13行め④179頁下段10行め~188頁下段2行め
・①②101頁上、写真「モーレア島のクック湾」=③89頁上、右が狭い
・①②103頁左下、写真「タヒチの踊り子 (COURTESY B.DANIELSON)」
・①②106頁(頁付なし)地図「タヒチ島・モーレア島」右を上に横転→③93頁(頁付なし)「タヒチ島・モーレア島」右を上に横転=④184頁上段
・①②108頁右下、写真「土人の家? 実はホテルのバンガロー」=③96頁右上、右が狭い
・①②109頁下、写真「ヤシ林の中の牛の放牧」=③97頁下、上と左が狭く下は広い
・①②110頁上、写真「ビニール風船に集まった子供たち」=③98頁上
・①②113頁上、写真「花を飾られるゴーガンの墓 (パリ・マッチ誌掲載)
・①②116頁右上、写真「タヒチの少女」=③102頁右上
・①②118頁、写真「タヒチの田舎にて。」=③104頁(頁付なし)句点なし
 英国植民地フィジー
  ①②119~132頁3行め③105~116頁15行め④188頁下段3行め~194頁下段3行め
・①②121頁、地図「フイジー諸島」右を上に横転→③107頁(頁付なし)「フイジー諸島」右を上に横転=④189頁上段
※ ①②「ヴィディ・レブ島/ヴァヌア・レブ島」③「ヴィディ・レヴ島/ヴァヌア・レヴ島」
・①②128頁右上、写真「角力とりのようなフィジー女性」→③102頁右上「すもうとりのようなフィジー女性」
・①②129頁上、写真「スヴァ市街頭のインド人」=③113頁上、上左右が広い
・①②130頁下、写真「スヴァ市の土産物売り」=③114頁下、上が広い
・①②131頁左下、写真「スヴァ市の市場にて。」
・①②132頁左下、写真「天然パーマネントのフィジーの女」キャプション下=③116頁右下、下と右が狭い
 人喰いの本場
  ①②133~145頁15行め③117~128頁14行め④194頁下段4行め~200頁下段9行め
・①134頁右上、写真「白いスカート、フィジーのお巡りさん。」→②134頁右上=③118頁右上、句点なし
※ ①横から1人を写す、背後に一般人4人立つ。②③可動式のタラップが着けている大型の船を背景に、北氏と2人の警官の記念撮影
・①②135頁上、写真「腕木で浮きをつけたポリネシアのカヌー」=③119頁上、上と左右が広い
・①②140頁上、写真「あまり優雅でないフィジーの女たち」=③123頁上、右が広くもう1人(合計4人)
・①②144頁下、写真「フィジー部落の女たちの合唱」=③127頁下、上と左が広く、下が狭い
 ニューカレドニアの初日
  ①②147~157頁4行め③129~138頁12行め④200頁下段10行め~206頁上段1行め
・①146頁(頁付なし)右上、写真「キャプテン・クックに故郷のカレドニアを思/いださせた、糸杉に似たアラウカリアの樹。/ニューカレドニアの名はここから起った。」=②146頁(頁付なし)左右広く上は狭い
・①146頁(頁付なし)左下、写真「ニューカレドニア、原住民部落の中央にある/小屋。現在、祭りに使われているという。」キャプション右
・①②148頁下、写真「 “ゆびぬき” のような環礁のひとつ」=③130頁下、左右が狭い、右引用符下付き
・①②157頁左下、写真「マ ン ゴ ー を 手 に も つ/ニューカレドニアのチビ」=③130頁左下
10 閑人の玉遊び
  ①②159~169頁9行め③139~148頁17行め④206頁上段2行め~210頁下段15行め
・①②158頁下(頁付なし)写真「ニッケル鉱積出しのハシケで働く原地人」
・①②160頁右上、写真「ニューカレドニア特産のカグウ」=③140頁右上、上下左が狭い
・①②161頁左上、写真「ニッケル鉱積出しのハシケ」=③141頁左上、右が広い
・①②163頁下、写真「ハシケがくるまでゴロゴロする原地人。(日本船の上で。)」=③142頁下、句点なし括弧全角
・①②166頁右下、写真「まさに出鱈目な踊り」=③145頁左下「まさにでたらめな踊り」上下左右が広い
・①②170頁(頁付なし)写真「荷役のあい間にドミノをやっている原地人」=③148頁下、左と下が狭く上が広い
11 古い移民の日本人
  ①②171~183頁14行め③149~160頁2行め④210頁下段16行め~216頁下段7行め
・①②176頁右下、写真(「日本人之墓」)キャプションなし=③153頁左下、左右と上が広く下が狭い
・①②180頁下、写真「ニューカレドニアのバス」=③158頁右下、左右と下が広く上が狭い
・①②181頁上、写真「田舎道で会ったタキギ集めの少女」=③159頁左上、上下と左が広く右が狭い
・①②183頁左下、写真「マンゴーをかじる田舎の子供たち」=③160頁左上、上下が狭い
・①②184頁(頁付なし)写真「ニューカレドニアの田舎の子供たち」=③160頁右下、上下と左が狭い、キャプション下
12 カヴァの儀式
  ①②185~199頁5行め③161~173頁12行め④216頁下段8行め~223頁下段7行め
・①②190頁下、写真「フィジー人の部落」=③166頁下
・①②191頁上、写真「食後の洗いものをするフィジー部落の女」
※ ②7頁中扉に追加された写真はこのときの撮影であろう。
・①②198頁下、写真「少年たちの槍の踊り」→③172頁上
13 雨を降らす山
  ①②201~219頁1行め③175~191頁17行め④223頁下段8行め~232頁下段8行め
・①②200頁(頁付なし)写真「東サモアの部落にて。シャツを後ろ前に着ているが、その/ほうがオッパイはかくれ背中は丸出しで涼しいらしい。」=③174頁下寄り、右と下は広く上と左は狭い、キャプション下
・①②202頁上、写真「雲のかかるレインメーカー山」=③174頁上、上が広く左が狭い
・①②215頁上、写真「ペレー部落の子供たちの踊り」→③187頁上
・①②216頁下、写真「屋根をふく東サモア人」=③188頁下、左右が僅かに狭い
※ ①②3頁「目次」の扉の写真はこのときの撮影であろう。
・①②217頁左上、写真「“¼日本少女” のなかなか優雅な踊り」¼は縦に並べる=③189頁左上、上と右が広い、右引用符下付き
・①②219頁左下、写真「踊りの腰みのをつけた東サモアの子供」キャプション下→③191頁左下、同じ子供たち
14 西サモアの幽霊 など
  ①②221~237頁15行め③193~208頁10行め④232頁下段9行め~240頁下段19行め
・①②220頁(頁付なし)写真「西サモアの大酋長の墓」=③189頁左上、左が狭い
・①②226頁上、写真「バナナの葉で編んだ籠をかつぐ西サモアのおばちゃん」=③198頁上、左が狭い
・①②233頁下、写真「建物の軒下で商いをする子供」=③204頁上、左が狭い
・①②236頁下、写真「フォラを編むサモアの女」=③207頁下、左右と下が狭い
・①②238頁(頁付なし)写真「西サモア部落の花飾り」=③189頁右下、左が広く右が狭い、キャプション下
15 旅の終り
  ①②239~258頁13行め③209~226頁16行め④241~250頁下段6行め
・①②243頁下、写真「ビニール風船の威力」=③212頁下、右と下が広く左が狭い
・①②244頁上、写真「大ナタをふるって芝生を刈る」→③213頁上、最後に句点を附す
・①②247頁上、写真「雨宿りをした家。前にあるのはカヴァの盃。」=③216頁上、左右と下が狭い、句点1つめは読点に、2つめは削除
・①②253頁上、写真「スティブンソンの墓。」=③222頁上「スティヴンソンの墓」左右と上が狭い
 写真は①と③の後刷(二十一刷・二十二刷)が割合鮮明で、②(私の見たのが12刷と云うこともあってか)と③の初刷が暗く不鮮明である。なお、③は初刷と後刷で写真の明度の調整や微修正が行われているようである。これについては11月13日付(2)の続きで報告することとしよう。(以下続稿)

*1:①②43頁1行め「3 ハワイの自然など」は詰まる。