瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

雜誌

現代民話考 第二期 Ⅲ『ラジオ・テレビ局の笑いと怪談』(02)

①「ラジオ・テレビ局にまつわる笑いと怪談」(2) 昨日の続き。 ②③の「あとがき」は続いて、②388頁9行め~390頁2行め③440頁11行め~442頁7行め、著書の利用を許可してくれた放送関係者や、取材に応じ、情報を提供してくれた人たちへの謝辞が連ねてあります…

現代民話考 第二期 Ⅲ『ラジオ・テレビ局の笑いと怪談』(01)

① 現代民話考 その八「ラジオ・テレビ局にまつわる笑いと怪談」(日本民話の会編集「民話の手帖」第8号(第四巻第二号)56~109頁、一九八一年十月十日発行・定価 八八〇円・発行 日本民話の会・発売元 蒼海出版・208頁・A5判並製本) ② 現代民話考 第二期 …

松谷みよ子民話研究室「現代民話考」(02)

松谷みよ子民話研究室及び『現代民話考』の成立事情については断片的な記述を拾って見るばかりでしたが、その後、これまでその(主として物理的な)重さから敬遠していた『松谷みよ子の本』を見てみますと、やはりかなり詳しく、その辺りの事情が書いてあっ…

松谷みよ子民話研究室「現代民話考」(01)

2020年3月29日付「飯盒池(9)」の後半に述べたように、私は松谷みよ子『現代民話考』には幾つかの欠陥があり、読者から送られて来たアンケートの原文に遡って確認する必要があると、前々から思っておりました。 いえ、実は、直接、運動したこともあったの…

日本の民話『紀伊の民話』(13)

・松谷みよ子全エッセイ1『わたしの暦』 さて、返却期限が迫って来たので6月4日付(10)に書影を示した『松谷みよ子全エッセイ』を見直しておりましたら、それと明記していないのですが紀州採訪のことと思われる記述のあることに気付きました。 111~117頁…

日本の民話『紀伊の民話』(12)

さて、こうして松谷氏が同じ主題について書いた文章には種々変遷があることが分かって来ると、立風書房(及びちくま文庫)版『現代民話考』の基になった雑誌「民話の手帖」に連載された「現代民話考」を、どうしても見たくなるところです。しかしながら、5月…

日本の民話『紀伊の民話』(08)

庭の梅の実も粗方落ちてしまった。昨日は1日勤務で帰りに高円寺に行ったりして、帰ってから拾う余裕がなかった。パソコンを立ち上げる気力もなかった。――4年振りの高円寺駅界隈は、変わっていないような、しかし何処となく違和感を感じさせる、妙な気分であ…

日本の民話『紀伊の民話』(2)

昨日、松沢雅彦・笠井純・小林昭子の3人について「よく分からない」と書いてしまった。 『戦後人形劇史の証言/――太郎座の記録――』の各章は、さらに松谷みよ子に拠る概説、当時の〔資料〕翻刻、団員関係者の長めの〔手記〕と短い〔アンケートより〕から成る…

祖母の蔵書(178)井伏鱒二

祖母は戦争未亡人となって夫の郷里に疎開したもののやはり上手く行かずに親兄姉を頼って上京して、やがて父の元部下の口利きでGHQの地図局に職を得て久しく勤めることになるのだが、その前に三兄の紹介で「家庭文化」と云う雑誌の編集部に勤めて「アメリカ人…

大和田刑場跡(24)

・名和弓雄「沖田総司君の需めに応じ」(2) 昨日の続きで、まづ「捕物展」についてだが、もちろん昭和期の地方の百貨店の催事なぞは図録でも出していない限り、調べる手懸りがこれまでは摑めなかったのだが、国立国会図書館デジタルコレクションの公開範囲…

大和田刑場跡(12)

現在、大和田刑場が江戸三大刑場だと広めている、主要な発信源の1つとしては、Twitter(X)の Tweet(Post)が指摘出来そうです。 「三大刑場」に「大和田刑場」を含めた Tweet は、HN「多田野文タイBOT(@bun_kei_tai_bot)」の2012年9月9日の次の投稿が(…

祖母の蔵書(163)旅行

私が知る時期の祖母は近所の、決まった場所を回るばかりだったと思う。段差を越えられなくなっていたから、例えば年末に家人と家人の実家(祖母の長男の家)までお供した際に、新幹線から在来線に乗換えるときに間違ってエレベーターやエスカレーターのない…

山本禾太郎「東太郎の日記」(38)

現在の連合の源流になる、鈴木文治(1885.9.4~1946.3.12)が設立した労働運動団体・友愛会とその機関誌「労働及産業」については、少々込み入っているので詳細は割愛して、差当り山本禾太郎の処女作と思しき小品が掲載されている号とその前後について、見て…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(15)

・エロス堂書店の広告 復刻『江戸と東京』第四冊の佐藤健二「解説3◉『江戸と東京』瞥見――巻頭言と広告を読みながら――」の、370頁上半分を使って掲出されている「表3 広告掲載回数」には、掲載回数の多い「広告主体」が15件挙がるが、うち10件めに「エロス…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(14)

昨日の続き。 私は馬上氏のことは昨日初めて調べて見たような按配で、ネット上の人名事典の知識をベースに、国立国会図書館デジタルコレクションでヒットする著述の題目を眺めて見たくらいでしかない。佐藤健二『浅草公園 凌雲閣十二階』巻末の「索引」には…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(13)

昨日の続き。 ・「江戸と東京」第三卷第一號 昭和12年(1937)1月1日発行 38~39頁、馬上義太郎「淺草から消えた名物」は、前半、39頁上段4行めまでが「◯ 花 屋 敷」で、後半が「◯ 十 二 階」である。見出しは3字下げ。 そろ〳〵大東京にも十二階を知らざ/…

佐藤健二『浅草公園 凌雲閣十二階』(8)

1頁白紙があって396~407頁「喜多川周之 著作および活動の目録」になる。ここに挙がっている雑誌や記事の多くは、所蔵している機関に出向かないと閲覧出来ないものが殆どのようだ。見に行こうか? いや、元より私は十二階に興味があると云うより、本書第三章…

佐藤健二『浅草公園 凌雲閣十二階』(7)

昨日は佐藤氏が敢えて「第四章」を立てたことに対する共鳴から与太話になってしまったが、今日はその第四章の内容をもう少し見て置きたい。 265頁(頁付なし)が章の扉で裏は白紙、267頁から2段組の本文で第三章までは設けられていた脚註欄はない。編年体で…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(12)

・濱本浩「塔の眺め」(8) ここで一旦、添田知道「十二階の記憶」から離れて「塔の眺め」に戻ろう。32頁下段11行め~33頁上段9行め、 ‥‥。ところで、最近になつ/て、田山花袋氏の著書の中に思ひがけなく「十二階の眺め」な/る一項があつた。早速讀んでみる…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(11)

・濱本浩「塔の眺め」(7) 一昨日からの添田知道「十二階の記憶」の検討の続き。39頁中段22行め~下段13行め、 だからこれは「だまかした」といふ/のとは些か違ふ。濱本氏にも此の通り/【39中】話したのであつたが、それが「十階目/の飴屋をだまかした…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(10)

・濱本浩「塔の眺め」(6) 昨日の最後に引いた添田知道「十二階の記憶」の続きを見て置こう。38頁上段14行め~中段7行め、 結局作品の中には使はないでもすん/でしまつた「十二階から信濃の山が見/えるか」といふことに就いて、あれだ/けの苦勞をしてゐ…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(09)

・濱本浩「塔の眺め」(5) 昨日取り上げた「十二階の斜塔」問題には、実はもう少々資料があるのだけれども、濱本氏の文章の関連では『淺草』1冊で十分なので、後回しにして先に進もう。 続く段落に添田知道(さつき)が登場する。32頁上段17行め~下段11行…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(7)

・濱本浩「塔の眺め」(3) 一昨日からの続きで、31頁上段12行め~下段6行め、 ところが、では何の邊まで見へましたでせう? ときくと/僕も見たことがないから知らぬがね、との返答であつた。貴/君のやうな淺草通が塔の眺めを知らぬのはをかしいではない…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(6)

・濱本浩「塔の眺め」(2) さて、「塔の眺め」に戻ろう。以下しばらく、凌雲閣十二階から何処まで見渡せたのか、32頁下段8行めまで、濱本氏の調査が綴られている。今回は31頁上段11行めまで抜いて置こう。 そこで登つたことのありさうな知人に就て確めやう…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(5)

・濱本浩「塔の眺め」(1) 昨日の続き。――佐藤健二の纏めた「喜多川周之「十二階凌雲閣」問わず語り」に拠ると、喜多川周之(1911.6.9~1986.11.13)は昭和35年(1960)頃に、添田知道(1902.6.14~1980.3.18)から濱本浩(1891.4.20~1959.3.12)が自分の…

佐藤健二『浅草公園 凌雲閣十二階』(5)

第三章「「十二階凌雲閣」問わず語り」については、細目を示して置きたいようにも思うのだが、どうもこのところ先月に比べれば随分涼しくはなったけれども、湿度は高いままで、どうにも草臥れたままである。よって直ちに本題に入ろうと思う。 この第三章の大…

佐藤健二『浅草公園 凌雲閣十二階』(1)

石角春之助 編輯「江戸と東京」は近隣の市の図書館にある復刻版を初め、第一冊と第四冊を昨年の9月下旬に借り*1、10月上旬に第二冊と第三冊を借りて2週間ほど全4冊揃えて眺め、それから10月20日に第一冊と第四冊を返却したのだが、序でに書架にて関連しそう…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(4)

・小木新造 監修/槌田満文・大串夏身・佐藤健二・吉見俊哉 編集・解説『復刻『江戸と東京』』第四冊(2) 佐藤健二「解説3◉『江戸と東京』瞥見――巻頭言と広告を読みながら――」の最後の段落(373頁12~14行め)に、 全体としてどんな意味がありうるか、予…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(3)

前回の補足。 佐藤氏が「追悼号の斎藤の回想(㉗)」と云っているのは、第六卷第一號16~17頁中段9行め(復刻第四冊278~279頁)に収録される斎藤昌三「風の如き春之助君」であるが、この文章は次の本に再録されている。 ・少雨叟第六随筆集『書齋隨歩』昭和…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(2)

・小木新造 監修/槌田満文・大串夏身・佐藤健二・吉見俊哉 編集・解説『復刻『江戸と東京』』第四冊 国立国会図書館にはこの復刻版しか所蔵されていない。この復刻版も9月12日付(1)に示した卷號を見るに不定期刊行で番号が飛んでいる。しかし、これで全…