瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

2020-01-01から1年間の記事一覧

和田芳恵の小説モデル研究(2)

続いて昨日触れた次の本のメモを、書影を補い若干の修訂を加えて上げて置く。当時のメモなので現在とは書き方が違っている。2008年2月24日に読み始めて、3月12日読了。 * * * * * * * * * *和田芳恵『おもかげの人々 名作のモデルを訪ねて』昭和51…

和田芳恵の小説モデル研究(1)

その後、貴重書扱いされて貸出禁止となってしまったが、以前の千代田図書館では戦前の東京市立駿河台図書館以来の本でも貸してくれた。そんな思い出もいづれ書いて見たいと思っているが、次の本は2008年2月23日に借りて3月8日に一旦返却し、改めて借り直して…

北杜夫『マンボウ酔族館』(3)

『マンボウ酔族館 パートⅥ』55番め「雨の音から」、昨日引用した箇所の続きを見て置きましょう。286頁11行め~287頁9行め、 ところが東サモアに来て、恐るべき豪雨を味わった。ここはサマセット・モームが名短篇/「雨」を書いたように、まさしく雨の本場なの…

北杜夫『マンボウ酔族館』(2)

昨日の続き。 北氏が「週刊小説」連載のエッセイ「マンボウ酔族館」に南太平洋旅行の回想「ゴーガンの息子」を書こうと思ったのは、平成10年(1998)夏、2つ前(『マンボウ酔族館 パートⅥ』280~284頁)54番め「ふしぎな縁」によれば、夫人が首を痛めてギプ…

北杜夫『マンボウ酔族館』(1)

昨日の続きで、12月13日付「北杜夫『マンボウ響躁曲』(06)」の最後に予告した、渥美清たち所謂「山田組」のタヒチ旅行について述べた北杜夫の「別の著述」について、確認して置きましょう。 ・北杜夫『マンボウ酔族館 パートⅥ』1999年5月25日初版第1刷・…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(09)

・渥美清のタヒチ旅行(4) この辺り、北杜夫「マンボウ南太平洋をゆく」を見るに、10月31日付「赤いマント(293)」に抜いた『マンボウ響躁曲』単行本236頁18行め~236頁2行め、昭和51年(1976)4月11日の朝7時半に「空港」すなわちファアア国際空港に着い…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(8)

12月14日付(7)の続き。――書庫から出してもらって借りていた倍賞千恵子『お兄ちゃん』の返却期限が来たため、一旦返却して日を改めてまた借りようと思っていました。手許になくても続けて15日に投稿するつもりで粗方準備を済ませ、念のため必要と思われる…

赤いマント(311)

・宮田登の赤マント(8)阿部定と赤マント④ 昨日の続きで、12月22日付(309)の引用について補足。 〔B〕では「都市の語り出す」女性の怪異の「物語」と云う構図を崩して、「都市生活者の心意」と云う節に組み込み、赤マントが実は「フォークロアの系譜」…

赤いマント(310)

・宮田登の赤マント(7)阿部定と赤マント③ 昨日は「奇しくも」だけで終わってしまいましたが、他の内容についても見て置きましょう。 やはり気になるのは赤マント流言を「「赤マントの女」事件」と呼んでいることです。当ブログではこれまで紹介されて来な…

赤いマント(309)

・宮田登の赤マント(6)阿部定と赤マント② さて、2つの「阿部定と赤マント」の比較の続き。要領は昨日に同じです。 【2】大宅壮一と本田和子の赤マント事件 〔A〕『江戸東京を読む』二八五頁8行め~二八六頁3行め 『都市の民俗学』62頁8行め~63頁5行め …

赤いマント(308)

・宮田登の赤マント(5)阿部定と赤マント① さて、2つの「阿部定と赤マント」――「都市の語り出す物語」(『江戸東京を読む』二八四頁14行め~二八六頁3行め=『都市の民俗学』61頁13行め~63頁5行め)と『歴史と民俗のあいだ』186頁2~189頁2行め、について…

赤いマント(307)

・宮田登の赤マント(4)江戸東京フォーラム④ 小木新造 編『江戸東京を読む』を眺めていると、若い頃のことが色々思い出されます。奥付の裏に「◆ちくまライブラリー◆/江戸東京を知るための本」として12点の目録*1、うち関係者の名が見えるのは1点め小木新…

赤いマント(306)

・宮田登の赤マント(3)江戸東京フォーラム③ それでは小木新造 編『江戸東京を読む』の細目を確認して置きましょう。 「一般財団法人住総研」HPの「江戸東京住まい方フォーラム記録」にて何回めのフォーラムでの報告だったか、そして同じHPの「研究論文集…

赤いマント(305)

・宮田登の赤マント(2)江戸東京フォーラム② 中々宮田氏の赤マントに関する記述に及びませんが、私はいつ、どのような機会に、何を材料にして発言(もしくは記述)しているのか、確認しないことには研究資料として使うのに躊躇を覚えるタチなので、――余り…

赤いマント(304)

昨日の続きで、大宅壮一の評論「「赤マント」社會學」に言及している民俗学者について見て置きましょう。2人めですが順序からするとこちらを先に取り上げるべきでした。 * * * * * * * * * *・宮田登の赤マント(1)江戸東京フォーラム① 私は妖怪に…

赤いマント(303)

11月9日付(300)に、民俗学者で大宅壮一の評論「「赤マント」社會學」に言及・活用している人が3人いると述べました。本当は順に取り上げて行くべきなのでしょうけれども、それでは中々片付かないので、最も簡単な言及について見て置くこととしましょう。 ・…

北杜夫『南太平洋ひるね旅』(12)

・新潮文庫2118(6)二十一刷・二十二刷・二十四刷の奥付 本題に入る前に、――記述の混乱を防ぐ意味で、私がこれまで見た③文庫版の刷の一覧を、纏めて示して来なかった。そこで改めてここに一括して示し、今後見たものはここに追加することとしたい。 ・新潮…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(7)

・渥美清のタヒチ旅行(2) 昨日の続きで、倍賞千恵子(1941.6.29生)が渥美清(1928.3.10~1996.8.4)の回想を中心にその半生を語った『お兄ちゃん』がどのような本であるのかを、まづ見て置きましょう*1。 ・倍賞千恵子『お兄ちゃん』平成9年8月15日〔初…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(6)

・渥美清のタヒチ旅行(1) 「マンボウ南太平洋をゆく」には、タヒチで「男はつらいよ」の撮影部隊に遭遇したとの記述がある。 北氏がタヒチに到着した日の夜のことだがら昭和51年(1976)4月11日、場所は北氏の一行が投宿したトラヴェロッジ・ホテルである…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(5)

北氏は昭和51年(1976)4月14日の真夜中にタヒチから帰国の途に就いている。その最終日にも、やはり「幻滅」を味わっているのである。 単行本243頁8~15行め(文庫版245頁7~14行め)、 翌日は、藤森さんたちはホテル・タハラのフロントに勤めている鳥飼さん…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(4)

ざっと拾い読みしただけであるが、気になったところをメモして置く。 ところで標題であるが、「マンボウ響躁曲」と題すべきは夫人の斎藤喜美子(1937.4.11生*1)と阿川弘之と旅した初出「マンボウ出鱈目泰西旅日記」の方で、カメラマンの藤森秀郎と「文春の…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(3)

・単行本と文庫版の比較 前回見たように1頁19行、1行43字と云う組み方は単行本・文庫版も同じである。文春文庫の扉も頁に含まれるため、単行本の頁付に2頁足したものが文庫版の頁付になっている、――はずなのであるが、そう単純でもないのである。 以下しばら…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(2)

11月12日付(1)に単行本を取り上げたままになっていた。 ・文春文庫(253頁)マンボウ響躁曲―地中海・南太平洋の旅 (1982年) (文春文庫)作者:北 杜夫発売日: 1982/05/25メディア: 文庫・1982年5月25日 第1刷・1982年9月1日 第3刷・定価 300円 カバー…

岩佐嘉親『南海の楽園』(3)

・北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(2)写真の現像を見せて土人をおどかした話 11月4日付「赤いマント(297)」に引用して置きましたが、これを語ったI氏本人の著書である本書(泰流選書『南太平洋の楽園』)では、7章め「南海の幽霊奇談」の1節め、13…

岩佐嘉親『南海の楽園』(2)

・北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(1)及び岩佐氏の略歴 昨日の続き。 北杜夫『南太平洋ひるね旅』にて、西サモアの首都アピアで会った「呉図書館のI氏」が岩佐嘉親であることは間違いありません*1。しかし、確証がある訳ではありませんから、何か記…

岩佐嘉親『南海の楽園』(1)

この本を手にしようと思ったのもやはり、昨日取り上げた『南太平洋の環礁にて』の著者畑中幸子と同じく、著者の岩佐氏が北杜夫『南太平洋ひるね旅』に「I氏」として登場しているからです。11月3日付「赤いマント(296)」に、北氏が「I氏」に初めて会う場…

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(4)

・北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(1) 私が本書を読もうと思った切っ掛けは、北杜夫『南太平洋ひるね旅』に著者の畑中幸子が「H嬢」として登場するからです。 しかしながら、本書には「プカルアに渡る準備のためタヒチに滞在中、わたしは紀行執筆の…

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(172)

・青木純二あれこれ(2)嫁が欲しい② それでは昨日の続きで、青木純二「嫁が欲しい」の原本を見ていないらしい湯沢雍彦『大正期の家族問題』は,何処からこれを持って来たのか、と云う疑問を片付けて置きましょう。 ・体系日本史叢書17『生活史Ⅲ』昭和44年…

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(171)

・青木純二あれこれ(1)嫁が欲しい① 私は青木純二が目下、10月6日付(166)に述べたように与太伝説捏造記者として遇されていることに、少々不満を持っております。そこで、そうでない一面を紹介して見たいと思うのです。 ・ 湯沢雍彦『大正期の家族問題――…

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(3)

・奥付(承前)と目録 下部、第1刷・第2刷・第4刷は同じ体裁です。すなわち、2本の太線(6.5cm強)の間(第1刷 4.6cm、第2刷 4.7cm、第4刷 4.8cm)、左上に発行日、その右、やや下にランプのマーク、その下に右寄せで著者、発行者、印刷者を並べ、下の…