瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

美術史

現代民話考 第二期 Ⅲ『ラジオ・テレビ局の笑いと怪談』(01)

① 現代民話考 その八「ラジオ・テレビ局にまつわる笑いと怪談」(日本民話の会編集「民話の手帖」第8号(第四巻第二号)56~109頁、一九八一年十月十日発行・定価 八八〇円・発行 日本民話の会・発売元 蒼海出版・208頁・A5判並製本) ② 現代民話考 第二期 …

祖母の遺品(15)軍事郵便④

・ヨシダアキコ宛(昭和17年)七月二十五日付絵葉書【8】 宛名は「東京市目黒区/駒場町八〇一/𠮷田 清方/ヨシダアキコサマ」で差出人は「中支派遣/藤㐧六八六一部隊/𠮷田 清」で「七月二十五日」と添える。部隊名に重ねて赤文方印「濟閲檢|藤第六八六…

祖母の遺品(13)軍事郵便②

昨日の続き。 ・ヨシダアキコ宛(昭和18年)一月廿二日付絵葉書【3】 宛名は「東京市目黒区/駒場町八〇一/吉田清方/ヨシダアキコ様」で差出人は「中支派遣/藤㐧六八六一部隊/𠮷田 清」で「一月廿二日」と添える。差出人に重ねて赤文方印「濟閲檢|藤第…

祖母の遺品(11)花瓶①

昨年の10月11日に「祖母の遺品(1)花瓶」として草稿を作り、18日に宛名書の解説を加筆したままになっていた。さらに少々(調査を要しない)加筆をして投稿することにした。 * * * * * * * * * * 箱とは別にあった板には、 名古屋市外堀町 師團長…

森満喜子「濤江介正近」(11)

それでは「二」節めの検討に入ろう。 この節は、70頁8行め「夏の陽」が照りつけて暑い日に、4行め「新選組副長助勤」の、2行め「沖田総司」が「部下を引きつれて市中巡察をしてい」る場面から始まる。文久三年(1863)六月であろう。文久三年は前年に閏月が…

森満喜子「濤江介正近」(08)

森氏が名和弓雄に会ったのが恐らく昭和48年(1973)、余り時間を置かずに上京の際に村上孝介に会って「浮州」銘の短刀を見せ、その礼として昭和44年(1969)刊『刀工下原鍛冶』を贈られ、それを参考に12月刊行『沖田総司抄』に収録すべく本作を書き上げた、…

大和田刑場跡(28)

昨日、濤江介正近の年齢、それから正親同人説の参考になろうかと刀剣販売店がネット販売している「正近」もしくは「正親」銘の刀を取り上げて見た。 美術品には偽物が少なくないことは承知している。私が大学院の修士課程のときに学会発表し、博士課程のとき…

大和田刑場跡(27)

11月17日付(19)に触れた大沢都志夫「酒井濤江介正近について」(「刀剣と歴史」第六九三号)はまだ閲覧の機会を得ない。この間暖かかったときに油断して急に寒くなったために風邪を引いてしまった。女子高講師時代、一冬に一度は咽喉を潰していたのを思い…

大和田刑場跡(25)

・名和弓雄「沖田総司君の需めに応じ」(3) 例によって細部に拘って何のことやら分らぬことになるだろうから、この名和氏の文章の要領を得たい人は、東屋梢風のブログ「新選組の本を読む ~誠の栞~」の、2015/11/04「名和弓雄『間違いだらけの時代劇』」…

大和田刑場跡(21)

前回確認した長谷川伸『相樂總三とその同志』だが、出来れば依拠した資料に遡って、その原文を引用したいところである。但し原資料を探り当てるのは別に幕末にも相楽総三とその同志たちにも大して興味がある訳でもない私には甚だ面倒である。漸く国立国会図…

大和田刑場跡(19)

どうも大和田刑場と云うものの実態がよく分からない。小塚原・鈴ヶ森に並ぶ「江戸三大刑場」などと云うのは今世紀に入ってから何となく定着してしまった、とんでもない与太だと思っている。そもそも「三大刑場」なる呼称にしてからが2000年までの相当数の文献…

大和田刑場跡(17)

酒井正近は天保から明治初年に掛けて、八王子の南、武蔵国多摩郡小比企村に住んでいたらしい。 しかし北に隣接する武蔵国入間郡越生に移っていた時期もあったようだ。 もちろん、私はこの刀工のことを知っていた訳ではないので、国立国会図書館デジタルコレ…

大和田刑場跡(15)

取っ組み合いの喧嘩などもう40年くらいしていないと思うが、私は大抵相手の後ろに回り込んで両腕ごと胴を絞めて身動き出来なくした上で、膝で尻を蹴ると云う戦法で、尻をドンコドンコ蹴りながら、飽くまでも言葉で相手の非を認めさせた上で降参させていた。…

祖母の蔵書(170)絵手紙

・「月刊絵手紙」8月号/第104号(第9巻第8号通巻104号)平成16年8月1日発行・定価762円・日本絵手紙協会・148頁・B5判 仏間の硝子棚にあった。 甥の手紙が挟まる。 この号は『絵手紙で見る20世紀』第6巻(戦争の記憶)として書籍化されている。 この書籍版…

佐藤健二『浅草公園 凌雲閣十二階』(1)

石角春之助 編輯「江戸と東京」は近隣の市の図書館にある復刻版を初め、第一冊と第四冊を昨年の9月下旬に借り*1、10月上旬に第二冊と第三冊を借りて2週間ほど全4冊揃えて眺め、それから10月20日に第一冊と第四冊を返却したのだが、序でに書架にて関連しそう…

赤堀又次郎伝記考証(059)

・赤堀象万侶⑪ウルル 赤堀又次郎の父・赤堀象万侶についてはまだ分からないことばかりである。今は見出した少ない資料からその経歴・交遊圏を辿って行くばかりである。 ・「風俗畫報」第二十號(明治二十三年九月十日刊行・定價/一部金拾錢・東陽堂編輯所・…

祖母の蔵書(126)平岩弓枝⑤

平岩弓枝『御宿かわせみ』は紙袋に詰めてあった単行本10冊ともう1冊を2022年8月2日付(015)に紹介し、8月9日に仏間の硝子棚にあった文庫版の最初の4冊を追加して置いた。 ところがその後、8月29日に大量の『御宿かわせみ』が寝間に畳んであった蒲団の陰から…

祖母の蔵書(122)童話

いよいよ明後日、仲介業者に鍵を引き渡すことになっている。電気や水道の契約は明日までにしてあるから、明後日は朝のうち、入ることは出来るがもう作業は出来ない。明日の夕方、仲介業者が見に来ると云うので、今日の午前、家人が久し振りに祖母宅に出掛け…

祖母の蔵書(79)組紐①

・長沼静『美しい組紐 上』発 行――昭和五十二年一月十五日・1,600円・泰流社・139頁・B5判上製本美しい組紐 上―伝統的な日本の手工芸作者:長沼 静泰流社Amazon・長沼静『美しい組紐 下』発 行――昭和五十二年四月五日・1,600円・泰流社・130頁・B5判上製本美…

竹中労の前半生(08)

・竹中英太郎の住所① 昨日取り上げた昭和七年版『現代日本名士録』に、竹中英太郎の住所が「中野町西町一五」とあった。竹中英太郎が中野に住んでいたことは、従来知られていなかった(と思う)、 そこで、この頃の竹中英太郎の住所を、年鑑類で確認して見よ…

竹中労の前半生(07)

竹中労の生年、また前半生を辿るには父親の竹中英太郎の伝記を明らかにする必要がある。幸い、国立国会図書館デジタルコレクションが刷新されたことで、従来気付かれていなかった資料に容易に逢着し得るようになった。 ・昭和七年版『現代日本名士録』昭和七…

竹中労の前半生(06)

・ 備仲臣道『美は乱調にあり、生は無頼にあり』(2) 昨日引用した、鈴木義昭『夢を吐く絵師 竹中英太郎』の、鈴木氏と竹中英太郎の次女で湯村の杜・竹中英太郎記念館の竹中(金子)紫館長の対談で、鈴木氏には竹中労の描いた「フィクション」の竹中英太郎…

竹中労の前半生(05)

昨日取り上げた備仲臣道『美は乱調にあり、生は無頼にあり』については、194~196頁「参考文献」と各章末の「注」、そして197~208頁、備仲臣道編「竹中英太郎年譜」にまだ触れておりませんが、これは他の2冊の竹中英太郎の伝記と比較しながら取り上げること…

竹中労の前半生(04)

2006年は竹中英太郎生誕100年になるので、伝記が2点刊行されている。順序として、先に刊行されたものから見て置こう。美は乱調にあり、生は無頼にあり―幻の画家・竹中英太郎の生涯作者:備仲 臣道批評社Amazon・ 備仲臣道『美は乱調にあり、生は無頼にあり 幻…

竹中労の前半生(02)

さて、ある人物の経歴、特に生年(月日)に関わる前半生を考証するためには、その家族の検討も不可欠となります。 竹中氏の場合、その父親が竹中英太郎(1906.12.18~1988.4.8)と云う、昭和初期の探偵小説の「幻の挿絵画家」として知られる(?)人物なので…

赤いマント(357)

水島爾保布(1884.12.8~1958.12.30)のことは、次の文庫本で知っているだけだった。人魚の嘆き・魔術師 (中公文庫 た 30-11)作者:谷崎 潤一郎中央公論新社Amazon だから随筆家であったことも知らなかったのだが、昭和6年(1931)2月15日創刊、昭和20年(194…

赤いマント(339)

昨日まで先崎昭雄『昭和初期情念史』を取り上げたのは、例えば Amazon 詳細ページに引かれる、データベースの内容紹介が検索で引っ掛かったからであった。 内容(「BOOK」データベースより) 女性史と児童史を探る。お葉さん阿部定さん黒ヒョウ赤マント千人…

先崎昭雄『昭和初期情念史』(3)

家族に関する記述は、特に後半は流し読みになってしまったので漏れがあるかも知れない。住所も同様で、精読した訳ではないから漏れがあろう。ただ、今後本書の内容を活用する際の指標として、拵えて置きたいのである。 ・河本(先崎)家の住所 52頁15行め「 …

道了堂(105)

・ふるさと板木編集委員会『ふるさと板木』(1)石版画① 明治26年(1893)の道了堂を細かく描写した石版画「武藏國南多摩郡由木村鑓水/大塚山道了堂境内之圖」については、3月21日付(015)以来度々言及して来た。色々な本に掲載されているが、目の粗い版…

道了堂(96)

・「八王子の絹の道点描」(3) それでは絵葉書の裏面、絵を眺めて行こう。鉛筆のスケッチで、彩色されていない。絵と同じく黒もしくは濃い灰色で楷書体のキャプションを図中に配する。赤の白文方印「輝」のみ色刷。用紙はクリーム色。 番号は打たれていな…