瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

怪異談

赤いマント(313)

2014年2月20日付(120)に取り上げたPHP文庫『都市伝説王』の「赤マント」項の依拠資料について、当時は小沢信男 編『犯罪百話 昭和篇』との類似に気付きつつ、大きな誤解があることから「別の本に拠った可能性」を指摘するに止めていましたが、その後、2…

七人坊主(54)

この話については、2016年10月21日付(52)に、松谷みよ子『現代民話考』に収録されていること、2016年10月22日付(53)にちくま文庫版に於ける追加であることを確認して以来、そのままになっていました。 多分、これらの記事を上げたのと同じ頃だったと思い…

平野威馬雄『お化けについてのマジメな話』考証(05)

・中村四郎さんの話(5) 昨日の続き。 【7】わたしが人魂になって飛んでいる(35頁10行め~36頁15行め) これは冒頭を確認して置けば良いだろう。35頁11~14行め、 それから、私は、青春時代……そう、二十三歳のころ、とてもへんてこな夢をみています……。/き…

平野威馬雄『お化けについてのマジメな話』考証(04)

・中村四郎さんの話(4) 昨日の続き。 【5】あの老婆は死神か(27頁1行め~31頁8行め) この話については2020年9月30日付「中学時代のノート(22)」に検討した。「六年ほど前」と云うので昭和43年(1968)かその前年のことらしいと考えたのだが、これもや…

平野威馬雄『お化けについてのマジメな話』考証(03)

一昨日からの続き。 ・中村四郎さんの話(3) さて、ここまでは問題はないのであるが、ここから親の年齢が出て来ると忽ち怪しくなって来る。但し前回、中村氏の生年を確定させたことで、平野氏の記述の混乱について、一応訂正案を示すことが出来たように思…

平野威馬雄『お化けについてのマジメな話』考証(02)

・中村四郎さんの話(2) 昨日の続き。 【2】臨終間際の姉が夢枕に立った(19頁14行め~22頁4行め) 19頁15行め~20頁1行め、 どうも、わたしの一族は、大なり小なり、なんとなく、幽界との交通に適応した素質をもって/【19】いるようでございます。‥‥ と…

平野威馬雄『お化けについてのマジメな話』考証(01)

2016年8月17日付「淡谷のり子「私の幽霊ブルース」考証(2)」に、本書に載る淡谷のり子(1907.8.12~1999.9.22)の談話を紹介した。淡谷氏はこの話を度々語っているので、比較検討しようと思っていたのだが、当時、幽霊となって現れたとされる人物の子息が…

赤いマント(312)

研究者には色々なタイプがあって、所謂大家と呼ばれるような人の中にも、研究成果を中々発表しない人もいれば、自らの判断尺度を公式のように使って、何くれと口出しするような人もいる。 私には若い頃の宮田登(1936.10.14~2000.2.10)についての知識がな…

赤いマント(310)

・宮田登の赤マント(7)阿部定と赤マント③ 昨日は「奇しくも」だけで終わってしまいましたが、他の内容についても見て置きましょう。 やはり気になるのは赤マント流言を「「赤マントの女」事件」と呼んでいることです。当ブログではこれまで紹介されて来な…

赤いマント(309)

・宮田登の赤マント(6)阿部定と赤マント② さて、2つの「阿部定と赤マント」の比較の続き。要領は昨日に同じです。 【2】大宅壮一と本田和子の赤マント事件 〔A〕『江戸東京を読む』二八五頁8行め~二八六頁3行め 『都市の民俗学』62頁8行め~63頁5行め …

赤いマント(307)

・宮田登の赤マント(4)江戸東京フォーラム④ 小木新造 編『江戸東京を読む』を眺めていると、若い頃のことが色々思い出されます。奥付の裏に「◆ちくまライブラリー◆/江戸東京を知るための本」として12点の目録*1、うち関係者の名が見えるのは1点め小木新…

赤いマント(303)

11月9日付(300)に、民俗学者で大宅壮一の評論「「赤マント」社會學」に言及・活用している人が3人いると述べました。本当は順に取り上げて行くべきなのでしょうけれども、それでは中々片付かないので、最も簡単な言及について見て置くこととしましょう。 ・…

岩佐嘉親『南海の楽園』(3)

・北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(2)写真の現像を見せて土人をおどかした話 11月4日付「赤いマント(297)」に引用して置きましたが、これを語ったI氏本人の著書である本書(泰流選書『南太平洋の楽園』)では、7章め「南海の幽霊奇談」の1節め、13…

岩佐嘉親『南海の楽園』(2)

・北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(1)及び岩佐氏の略歴 昨日の続き。 北杜夫『南太平洋ひるね旅』にて、西サモアの首都アピアで会った「呉図書館のI氏」が岩佐嘉親であることは間違いありません*1。しかし、確証がある訳ではありませんから、何か記…

赤いマント(302)

・田辺聖子の赤マント(3) 田辺氏は初期の自伝的連作『私の大阪八景』の第一作「民のカマド」に、小学生時代の赤マント流言を取り上げているのですが、このことは殆ど注意されていないらしく、11月6日付(299)に見たように千野帽子が「文藝ガーリッシュ」…

赤いマント(301)

・田辺聖子の赤マント(2)「おべんじょ」 それでは、11月6日付(299)の続きで、田辺氏のエッセイ「おべんじょ」に見える赤マントに関する記述を見て置きましょう。諸本は以下の通りです。 ①単行本『女の長風呂(続)』13頁10行め~15頁1行め。 ②文庫…

赤いマント(300)

9月25日に(272)として準備していたのですが、一部確認のために後回しにしているうちに1ヶ月以上経ってしまいました。 * * * * * * * * * * 大宅壮一「「赤マント」社會學」について、当ブログで度々言及し、当ブログ告知専用 Twitter アカウント「…

赤いマント(299)

・田辺聖子の赤マント(1) 田辺聖子『私の大阪八景』に、赤マント流言が取り上げられていることは、2019年7月3日付(191)及び2019年7月4日付(192)に当該箇所を引用して、その前後に『田辺写真館が見た ”昭和” 』なども参照しつつ、モデルとなった田辺氏…

赤いマント(298)

・北杜夫の赤マント(13) 本題に入ると云ってからが長くなっておりますが、要は、南太平洋で韓国人女性から赤マントの話を聞かされたのは、10月26日付(288)に引いた、最晩年の回想(歿後『マンボウ最後の家族旅行』として刊行)のように、『楡家の人びと…

赤いマント(297)

・北杜夫の赤マント(12) 昨日の続きで、いよいよ章の題になっている「西サモアの幽霊など」の話になります。文庫版205頁16行め~206頁16行め、全集239頁下段14行め~240頁上段10行め、【11月19日追記】11月14日付「北杜夫『南太平洋ひるね旅』(03)」に挙…

赤いマント(291)

・北杜夫の赤マント(6) さて、ようやく本題に戻ります。 何故、10月26日付(288)に引いた『マンボウ最後の家族旅行』の赤マントに関する記述を「記憶違い」だと断言出来るのかと云うと、似たような記述が『南太平洋ひるね旅』にあるからです。 時系列に…

赤いマント(288)

・北杜夫の赤マント(3) それでは北杜夫の遺著『マンボウ最後の家族旅行』の「『楡家の人びと』独訳のことなど」の赤マントに触れている、最後の部分を抜いて置きましょう。単行本97頁3~11行め(改行位置「/」)・文庫版142頁2~11行め(改行位置「|」…

赤いマント(276)

・五木寛之の赤マント(4) 昨日の続きで『七人の作家たち』171~205頁、岡庭昇・高橋敏夫「編者解説」から、五木氏の経歴を述べたところを見て置こう。2段組で1段18行、1行23字。205頁4行めまで。対談形式になっているが、やはりどちらの発言かは分からな…

赤いマント(275)

・五木寛之の赤マント(3) 昨日の続きで、2節め「アジアに対してどう責任をとるか」の最初の発言を見て置こう。135頁2~13行め、 五木 おそらく生粋の東京の人たちも、それから地方人というか、われわれにしても、ピョンヤンの人に/しても、北海道の人に…

赤いマント(273)

・五木寛之の赤マント(1) 中村希明『怪談の心理学』には、2014年1月7日付(077)及び2014年1月4日付(074)に見たように、中村氏が昭和14年(1939)に朝鮮・京城で「赤マントと青マントの怪人」に恐怖した体験が述べてあるが、作家の五木寛之も同様の体験…

中学時代のノート(26)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(23) 中学2年生、昭和60年(1985)の夏(推定)に書いた、昭和55年(1980)から昭和57年(1982)に掛けて、私が兵庫県明石市大久保町高丘の、明石市立高丘東小学校で聞いた話を纏めたノートの記載は、前回までで全て紹介し…

中学時代のノート(24)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(21)後篇⑪ 怪談(その十四)平荘湖 1行空けて29頁7~17行め、「先生」は■本先生で5年生のときのこと。 先生がこわい話をしたのは一回きりだった。加古川(市、兵/庫県)の○○池の近くに学宿にいったとき、その宿の人か/ら次の話…

中学時代のノート(23)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(20) 後篇⑩ 怪談(その十二)南方に出征した先輩(その十三)死んだと知らせる 1行空けて27頁15行め~29頁5行め、 戦争中、兵隊は田舎にいた。なぜかというと、田舎の家の/家は広いし、敵にやられる失敗からだった。 そこでは…

中学時代のノート(22)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(19)後篇⑨ 怪談(その十一・下)あの老婆は死神か 昨日の続きで平野威馬雄『お化けについてのマジメな話』に載る、原話と思われる中村四郎の談話について、具体的に検討して行こう。 27頁1行め、1字下げで「あの老婆は死神…

中学時代のノート(21)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(18)後篇⑧ 怪談(その十一・中)あの老婆は死神か 校訂案。 五年になると、■本先生が通称「足の話」P₇をしてくれた。が、同じときに本で読んだ話として次の話をした。 (あらすじ) 大阪にセールスマンがいた。四十歳ぐらい…