瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

小説の背景

日本の民話『紀伊の民話』(09)

・『松谷みよ子の本 第2巻 太郎の物語・民話系創作文学・全1冊』一九九四年十二月二十五日・第一刷発行・講談社・669頁・上製本(20.0×14.8cm)松谷みよ子の本 (第2巻) 太郎の物語・民話系創作文学作者:松谷 みよ子講談社Amazon 649~655頁、松谷みよ子「あと…

祖母の蔵書(180)女流歴史小説家

日本の女流作家の歴史小説で、永井路子や杉本苑子のように冊数の多くない人の分をここに纏めて置く。 【來水明子】 題名からして最初歌集かと思っていた。寝間の本棚にあって、若い古本屋が採ってくれた。 ・『殘花集』昭和三十八年五月 二 十 日 印刷・昭和…

赤いマント(372)

当ブログではこれまで黒井千次(1932.5.28生)の著書を2点取り上げている。初回の記事はそれぞれ、2022年9月1日付「黒井千次『たまらん坂』(1)」と2023年1月1日付「黒井千次『漂う』(1)」である。 黒井氏の小説は、海外に赴任することになった知人から…

森満喜子「濤江介正近」拾遺(01)

早速、今日・明日から課金記事の投稿を始めようと思っていたのだが、仕様が違うので中々慣れない。昨日無料部分を書き終えて、今日有料部分を書き掛けたのだが、システムエラーとかで保存出来なかった。 で、気分屋の私は忽ち、どうせ売れやしないのに課金記…

森満喜子「濤江介正近」(17)

何度も言及しているが、東屋梢風のブログ「新選組の本を読む ~誠の栞~」の、2015/11/04「名和弓雄『間違いだらけの時代劇』」は、本作の題を「濤江之介正近」と誤るところが、少なからぬブログや Twitter(現 X)に踏襲されているところ(!)から却って察…

森満喜子「濤江介正近」(14)

濤江介が江戸に戻って、両国橋で偶然、尚武堂新兵衛に再会したのは、いつだったろうか。 濤江介が新選組の壬生の屯所に身を寄せたのは文久三年(1863)六月、することがなくて退屈の余り、隊服を着て町中を出歩き、新選組隊士になりすまして豪商を強請ってい…

森満喜子「濤江介正近」(13)

昨日の続き。 もちろん、濤江介は近藤勇や沖田総司に偽刀作りの詳細を明かしたりはしないので、こうなるまでの経緯は87頁17行め~89頁7行めに、回想のような形で説明されている。――87頁17行め「小萩を連れて江戸の町を放浪している時、両国橋の上で偶然、尚武…

森満喜子「濤江介正近」(12)

前回長々と引用した場面は「冬の半ば」から「二カ月程」後だから文久四年(1864)正月と云う勘定になる。そして「二」節の最後の行(81頁10行め)は、 沖田が濤江介の声を聞いたのはそれから四年の後である。 となっていて、最後の「三」節は慶応四年(1868…

森満喜子「濤江介正近」(11)

それでは「二」節めの検討に入ろう。 この節は、70頁8行め「夏の陽」が照りつけて暑い日に、4行め「新選組副長助勤」の、2行め「沖田総司」が「部下を引きつれて市中巡察をしてい」る場面から始まる。文久三年(1863)六月であろう。文久三年は前年に閏月が…

森満喜子「濤江介正近」(08)

森氏が名和弓雄に会ったのが恐らく昭和48年(1973)、余り時間を置かずに上京の際に村上孝介に会って「浮州」銘の短刀を見せ、その礼として昭和44年(1969)刊『刀工下原鍛冶』を贈られ、それを参考に12月刊行『沖田総司抄』に収録すべく本作を書き上げた、…

森満喜子「濤江介正近」(7)

一念発起した濤江介は50頁18行め、その「翌日、突然、日野から消えて」19行め「武州八王子在恩方村字下原とその周辺*1」の「下原鍛冶と呼ばれる刀工の集落」に行き、51頁3行め「その刀鍛冶の最も大きな家の玄関に立」ち、入門を願う。しかし17行め「確かな添…

森満喜子「濤江介正近」(6)

前置きが長くなったが、森満喜子『沖田総司抄』所収「濤江介正近」の本文を見て行くこととしよう。 森氏は昭和48年(1973)に村上孝介に会って浮州の短刀を見せた際に、昭和44年(1969)刊『刀工下原鍛冶』をもらったはずである。会わずに送ってもらったのか…

森満喜子「濤江介正近」(5)

なかなか先に進まないが、瑣事に拘泥わるのが当ブログの謳い文句なので、もうしばらく名和弓雄『続 間違いだらけの時代劇』の「沖田総司君の需めに応じ」の解釈(のやり直し)を続けよう。 とにかく「浮州」銘の刀が出て来ないのである。偽物だとしても――近…

森満喜子「濤江介正近」(4)

昨日の記事は、名和弓雄が森満喜子と村上孝介を引き合わせた(のだろう)と云う筋まで引いて置くつもりだったのである。 ところが書き始めて、改めて名和弓雄『続 間違いだらけの時代劇』を読み返し、その後仕入れた知識とも照らし合せて考えて見るに、どう…

森満喜子「濤江介正近」(3)

昨日の続き。――『沖田総司抄』は短篇小説8篇を収録するが、3篇め(47~96頁)が「濤江介正近*1」である。「あとがき」はまづ244頁2~3行め、 人間は一生のうちに様々な人との縁ができるものである。沖田総司と彼を廻る人びとについて/書いてみた。 として、…

森満喜子「濤江介正近」(2)

私は高校3年生のときだけ、誰に誘われたのだったか忘れたが文芸部に所属して、小説みたいなものを書いたことがあるのだが、そのとき隣のクラスの新選組ファンの女子生徒が実に堂々たる、長州の間者として新選組に紛れ込んだ若者を主人公にした小説を書いて、…

森満喜子「濤江介正近」(1)

森満喜子の本を何冊か借りて来た。いづれも版元は新人物往来社で四六判上製本である。 ・『沖田総司抄』昭和四十八年十二月十五日 第一刷発行・昭和五十二年十一月 五 日 第七刷発行・定価980円・246頁沖田総司抄 (1973年)Amazon・『沖田総司幻歌』昭和四…

大和田刑場跡(26)

・名和弓雄「沖田総司君の需めに応じ」(4) やはり細部に拘泥って当記事だけでは何のことやら分らぬことになるだろうから、この名和氏の文章の要領を得たい人は、東屋梢風のブログ「新選組の本を読む ~誠の栞~」の、2015/11/04「名和弓雄『間違いだらけ…

大和田刑場跡(25)

・名和弓雄「沖田総司君の需めに応じ」(3) 例によって細部に拘って何のことやら分らぬことになるだろうから、この名和氏の文章の要領を得たい人は、東屋梢風のブログ「新選組の本を読む ~誠の栞~」の、2015/11/04「名和弓雄『間違いだらけの時代劇』」…

大和田刑場跡(24)

・名和弓雄「沖田総司君の需めに応じ」(2) 昨日の続きで、まづ「捕物展」についてだが、もちろん昭和期の地方の百貨店の催事なぞは図録でも出していない限り、調べる手懸りがこれまでは摑めなかったのだが、国立国会図書館デジタルコレクションの公開範囲…

大和田刑場跡(23)

昨日の続きで、今回から名和弓雄『続 間違いだらけの時代劇』139~210頁「[4] 珍談奇談骨董談義*1」22節、その10節め、166頁10行め~171頁2行め「沖田総司君の需めに応じ*2」の内容を細かく見て行くことにする。 但し私はどうしても細々したところが気にな…

大和田刑場跡(19)

どうも大和田刑場と云うものの実態がよく分からない。小塚原・鈴ヶ森に並ぶ「江戸三大刑場」などと云うのは今世紀に入ってから何となく定着してしまった、とんでもない与太だと思っている。そもそも「三大刑場」なる呼称にしてからが2000年までの相当数の文献…

山本禾太郎「東太郎の日記」(38)

現在の連合の源流になる、鈴木文治(1885.9.4~1946.3.12)が設立した労働運動団体・友愛会とその機関誌「労働及産業」については、少々込み入っているので詳細は割愛して、差当り山本禾太郎の処女作と思しき小品が掲載されている号とその前後について、見て…

山本禾太郎「東太郎の日記」(37)

昨日の続き。 私は梅中軒鶯童『浪曲旅芸人』に見える山本桃村が「新青年」の懸賞小説に「窓」が夢野久作の「あやかしの鼓」とともに二等入選して山本禾太郎として作家デビューする以前の山本種太郎(本名)その人に違いないと思っておりまして、喜利彦山人も…

山本禾太郎「東太郎の日記」(36)

山本禾太郎「東太郎の日記」については、2015年10月から12月に掛けて、初出誌の本文を紹介し、若干の考証を試み、更に浪花節についての調査も進める予定だったのですが、どうも当時は、今よりも働いていなかったのに強い倦怠感に襲われていて、職場も長続き…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(10)

・濱本浩「塔の眺め」(6) 昨日の最後に引いた添田知道「十二階の記憶」の続きを見て置こう。38頁上段14行め~中段7行め、 結局作品の中には使はないでもすん/でしまつた「十二階から信濃の山が見/えるか」といふことに就いて、あれだ/けの苦勞をしてゐ…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(09)

・濱本浩「塔の眺め」(5) 昨日取り上げた「十二階の斜塔」問題には、実はもう少々資料があるのだけれども、濱本氏の文章の関連では『淺草』1冊で十分なので、後回しにして先に進もう。 続く段落に添田知道(さつき)が登場する。32頁上段17行め~下段11行…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(7)

・濱本浩「塔の眺め」(3) 一昨日からの続きで、31頁上段12行め~下段6行め、 ところが、では何の邊まで見へましたでせう? ときくと/僕も見たことがないから知らぬがね、との返答であつた。貴/君のやうな淺草通が塔の眺めを知らぬのはをかしいではない…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(6)

・濱本浩「塔の眺め」(2) さて、「塔の眺め」に戻ろう。以下しばらく、凌雲閣十二階から何処まで見渡せたのか、32頁下段8行めまで、濱本氏の調査が綴られている。今回は31頁上段11行めまで抜いて置こう。 そこで登つたことのありさうな知人に就て確めやう…

石角春之助 編輯「江戸と東京」(5)

・濱本浩「塔の眺め」(1) 昨日の続き。――佐藤健二の纏めた「喜多川周之「十二階凌雲閣」問わず語り」に拠ると、喜多川周之(1911.6.9~1986.11.13)は昭和35年(1960)頃に、添田知道(1902.6.14~1980.3.18)から濱本浩(1891.4.20~1959.3.12)が自分の…