瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

地理

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(105)

・青木純二『山の傳説』(7) さて、8月15日付(102)まで4回に分けて引用した青木純二「晩秋の山の宿(白馬岳)」本文の、白銀冴太郎「深夜の客」との異同について、8月16日付(103)に何例か挙げて杉村顕道「蓮華温泉の怪話」は「晩秋の山の宿」に依拠し…

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(096)

・白銀冴太郎は杉村顕道に非ず(2) さて、問題の東雅夫 編『山怪実話大全』第三刷(二〇一七年一一月二五日 初版第一刷発行・二〇一八年 一 月二八日 初版第三刷発行・定価1200円・山と溪谷社・二三五頁)の追記だが、二二三~二三五頁「編者解説」の、昨…

赤いマント(210)

・武田百合子『ことばの食卓』(3) 昨日の続き。 小児性愛の気味のある牛乳屋が登場するのはここまでである。 ①20頁5~12行め②21頁9行め~22頁2行め③21頁9行め~22頁2行め④179頁5~12行め まわってくる紙芝居屋は、二人ともが「黄金バット」をやっていた。…

赤いマント(208)

・武田百合子『ことばの食卓』(1) 8月4日付「武田百合子『ことばの食卓』(2)」にて、『ことばの食卓』諸本の体裁を確認するために2篇め、「草月」の連載では第1回に当たる「牛乳」を例に取り上げたが、この「牛乳」に赤マントが出て来るのである。しか…

赤いマント(203)

・黒田清『そやけど大阪』(6) 昨日引いた、滝川小学校の卒業生たちが同窓会で語った赤マント流言の内容について、確認して置こう。 「小学四、五年生のころだったか」の段落が、実は小学3年生のときだったと思われるのだが、黒田氏が実際に接した流言の内…

赤いマント(200)

・黒田清『そやけど大阪』(3) 昨日の続き。 滝川小学校の同窓会については、まづ第二章の10節め「昭和十年代の天満を地図で ”再現” 」の冒頭、前回引用した箇所の前の段落に、99頁11~12行め、 九月はじめの日曜日、小学校の同窓会があった。場所は天満天…

赤いマント(199)

・黒田清『そやけど大阪』(2) 私は高校時代の3年間を兵庫県で過ごし、大阪にも年に何度か出たけれども、ほぼ梅田の周辺で用事を済ませて、それ以外の場所に行って見たことがない。たまに都会に出る高校生には大阪は何だか複雑で、寄席や映画を見るような…

赤いマント(188)

・田辺聖子『私の大阪八景』(7)タヌキ先生② それでは、赤マントに関する箇所の初めの方を引いて置こう*1。『全集』第一巻30頁18~20行め(長篇全集217頁下段15~19行め・岩波現代文庫33頁11~14行め・角川文庫(改版)36頁15行め~37頁1行め)、傍点「ヽ…

赤いマント(186)

・田辺聖子『私の大阪八景』(5) 小学校名の確認② なかなか本作の検討に移れないが、自分が通った小学校について、田辺氏本人も前回述べたような校名の変遷に付いて行けず、混乱を来しているのでその点をもう少々確認して置こう。 すなわち『田辺写真館が…

赤いマント(185)

・田辺聖子『私の大阪八景』(4) 小学校名の確認① 昨日の続きで、今日は早速赤マントに関する記述を抜いて検討を加えて行こうと思っていたのだが、早速躓いてしまった。 それと云うのも、舞台となった主人公が通う小学校が、『全集』第一巻14頁16~17行め…

赤いマント(180)

・山中恒『戦争の中の子どもたち』(2) 前回、本書の赤マントに関する記述が延吉実『司馬遼太郎とその時代 戦後篇』に引用されているのを見た。そのついでに、2013年12月30日付(70)に若干の補足訂正を加えて置くこととしたい。 その前にまづ、2013年12月…

東京RADIO CLUB「東京ミステリー」(5)

昨日の続きで、TBSラジオ/東京RADIO CLUB 編『東京ミステリー/とっておきの怖い話』(二見WAi WAi文庫)について。 さて、第一章「理不尽にも開かれた冥界への扉」には「目次」の6頁3~12行めに10題挙がっているが、昨日一昨日のペースで粗筋…

東京RADIO CLUB「東京ミステリー」(4)

昨日の続きで、TBSラジオ/東京RADIO CLUB 編『東京ミステリー/とっておきの怖い話』(二見WAi WAi文庫)について。 ・第一章 理不尽にも開かれた冥界への扉(2) 【03】セピア色の湖に遊ぶ妖しい母子―――Y・Mさん(十七歳) 19~22頁 「私が…

『三田村鳶魚日記』(32)

・高松家との関係(9)高松みさを③ 昨日の続き。 高松みさをが、姉の嫁ぎ先三田村家で生活するようになったのは大正3年(1914)8月8日、満18歳になる頃でした。 三田村氏は8月6日から8日まで出社するなど仕事をこなし、八月九日(日)条、198頁下段7~8行め…

『三田村鳶魚日記』(31)

・高松家との関係(8)高松龍吉② その後も、みさをはしばしば三田村家を訪ね、また三田村氏に連れられ姉とともに行楽地に出掛けたりしておりますが、これについては改めて記事にすることとしましょう。 さて、八重夫人の弟、みさをの兄の高松龍吉は、5月22…

『三田村鳶魚日記』(30)

・高松家との関係(7)叔父の死去 大正3年(1914)、一月二十七日(火)条、182頁下段2行め「西大久保二三〇より東大久保一へ転居。○‥‥」とあって、三田村氏は東京府豐多摩郡大久保町の内で転居しています。 しばらく高松家の人々は姿を見せなかったのです…

『三田村鳶魚日記』(29)

・高松家との関係(6)高松みさを② その後も、高松みさをは姉の家をしばしば訪問しています。数え年で十八歳、5月8日付(19)に見たみさをの母校・私立東京高等女学校は、東京女子学園高等学校HPの「学園紹介/沿革」に拠ると、大正11年(1922)4月から5年…

『三田村鳶魚日記』(28)

・高松家との関係(5)高松みさを① そして五月四日(日)条に、八重夫人の妹みさをが初登場します。153頁下段18行め~154頁上段1行め、 ‥‥。○不在中増田/兄ヱツ女来ル、捷治、操女来ル、操ハ八重ノ妹ナリ、始【153】メテ逢フ。○増田兄重来シ乃チ面ス。○‥‥ …

『三田村鳶魚日記』(27)

・高松家との関係(4)高松龍吉① 昨日の続き。 四月二十一日(月)条と四月二十二日(火)条に、152頁下段12・15行め「〈着信〉高松竜吉。」と添えてあるのが、八重夫人の弟・高松龍吉の初出のようです。 以後しばらく、高松龍吉とは手紙の遣り取りのみで、…

『三田村鳶魚日記』(26)

・高松家との関係(3)八重夫人との同居 昨日の続き。 私は図書館派なので『三田村鳶魚全集』を持っておりません。今年10月に104歳になる義理の祖母が持っていて、今施設に入っていますが家は近所で他にもかなりの冊数の蔵書がそのままになっていますのでい…

『三田村鳶魚日記』(25)

・高松家との関係(2)八重夫人との婚儀 さて、昨日引いた大正二年八月十三日条の書き振りからして、八重夫人とは婚姻届が受理される前から同居していたことが察せられるかと思います。 いつ結婚式を挙げたのか、それは婚姻届とは違って日記に確かに記載さ…

『三田村鳶魚日記』(16)

・昭和7年の満韓旅行(4) さて、三田村氏が「将来同人等出入は断ること勿論、縁戚としての交誼も謝絶する」としていた皆川家との和解ですが、その切っ掛けとなる出来事があったのが、4月28日付(13)まで3回にわたって取り上げた昭和7年(1932)6~7月の満…

『三田村鳶魚日記』(13)

神戸陳書会については、既に古書マニアによる言及が幾つかあるらしいので、それらの人々が注目しないであろう河本氏について触れるに止める。 ・ちくま文庫『古本でお散歩』(二〇〇一年七月十日第一刷発行・定価780円・筑摩書房・366頁)古本でお散歩 (ちく…

河本正義『覗き眼鏡の口上歌』(6)

昨日の続きで神戸陳書会「陳書」に見える河本氏の住所及び寄稿について。 ・「陳書」第五輯(昭和九年十二月三十日印刷・昭和十年一月四日發行・非賣品・神戸陳書会・三二頁) 裏表紙の裏、奥付の上から右に掛けて「會員名簿(イロハ順)」に、33名挙がる中…

河本正義『覗き眼鏡の口上歌』(5)

さて、昨日見たように『三田村鳶魚日記』昭和7年(1932)7月20日条、神戸陳書会の例会の出席者12名(三田村氏を除く)の名前を列挙した中に河本氏の名が見え、住所も「湊区馬場町四一一」と添えられている。 この住所は、2015年5月31日付(3)に引いた上笙…

『三田村鳶魚日記』(12)

・昭和7年の満韓旅行(2) 昭和7年(1932)6月中下旬の満洲、7月上中旬の朝鮮旅行の帰途、神戸に立ち寄った三田村氏について、昨日に引き続いて、内田宗一作成「小野文庫所蔵忍頂寺務宛書簡目録」及び青田寿美監修「忍頂寺務年譜データベース」を参照しつつ…

『三田村鳶魚日記』(11)

昨日の続きで、当初「河本正義『覗き眼鏡の口上歌』(5)」と題して書き始めたのだが、『三田村鳶魚日記』のことで長くなってしまったので題を改めた。その使い方が従来の記事と異なり、引用が少なくなっているのは、日記をメインにするつもりではなかった…

『三田村鳶魚日記』(07)

先刻、4月6日付(01)以降の各記事冒頭に【追記】として述べたように、「赤いマント」の題のまま続けていた『三田村鳶魚日記』についての確認を、全て『三田村鳶魚日記』に改めました。 ・文園町の家(4) 以後「三田村鳶魚直作目録」を見る限りでは、転居…

『三田村鳶魚日記』(05)

【4月18日追記】「赤いマント」記事に使用する資料の確認と云うことで始めたのですが、赤マントに話が及ぶ前が随分長くなってしまいました。これは別の記事にするべきだと思い直して、今更ながら『三田村鳶魚日記』に改称します。すなわち「赤いマント(180…

『三田村鳶魚日記』(04)

【4月18日追記】「赤いマント」記事に使用する資料の確認と云うことで始めたのですが、赤マントに話が及ぶ前が随分長くなってしまいました。これは別の記事にするべきだと思い直して、今更ながら『三田村鳶魚日記』に改称します。すなわち「赤いマント(179…