瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

地理

中学時代のノート(18)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(15)後篇⑤ 怪談(その九)木の下 1行空けて20頁13行め~22頁6行め、 ある学校の修学旅行で、肝だめしをすることになった。そのコ/ースとは、 「かいだんをずっとのぼっていくと、小屋がたってんねん。そこま/で行って帰ってく…

中学時代のノート(17)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(14)後篇④ プレハブ 19頁18行め~20頁11行め、 四年からクラブだというので、三年の末、クラブ見学があ/った。私はまんがクラブに入ることにしたのだが、その当時の/【19】コモンは■山という若い女の先生だった。現在は三階立…

中学時代のノート(08)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(5) 前篇④ 怪談(その三)犬と人の骨(その四)八十八池 1行空けて5頁6~14行め、 怪談だとは言えないが、よくよく考えるとこわいような気/のする話を一つ。先生が子供のころの思い出である。 海のそば(谷八木小?)の潮の…

中学時代のノート(06)

・昭和56年頃に聞いた怪談ノート(3)前篇② 怪談(その一)見たな 昨日の続き。2頁15行めは空白。16行め~4頁4行めまで。 中八木の方(明石市、先生は子供のころ、ここに住んでい/た)で、墓あらしが出たという話。 中八木の方で、夜中にカランコロンってげ…

赤いマント(268)

・中村希明『怪談の心理学』(20) 昨日の続きで、次の節、39頁11行め「「白い手、赤い手」と河童のフォークロア」を見て置きましょう。ここではいきなり39頁12行め、2字下げの引用が始まります。 ここでは原典である『現代民話考[第二期]Ⅱ 学校』から引いて…

赤いマント(260)

・中村希明『怪談の心理学』(12) 昨日の続き、と云うか2014年1月8日付(078)の続きで、中村氏の描いた赤マント流言の流れを、30頁12行め「暗い情動」の節から順を追って見て行きましょう。 中村氏はまづ、30頁13行め「 この「赤マント」のルーツを『現代…

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(159)

・怪談レストラン❸『殺人レストラン』(2) 私は『怪談レストラン』シリーズについて、余り知識がない。 当ブログでは、本巻と並んで怪談レストラン㊷『紫ババアレストラン』について、だらだらと長期にわたって、記事にする準備をしている、みたいなことを…

図書館派の生活(10)

今日はA区立図書館の返却期限なので、4月5日付「花粉サイクリング(4)」に述べた4月3日以来、3ヶ月半ぶりにA区立K図書館に出掛けた。4月にK図書館で借りた本は、6月17日付「阿知波五郎「墓」(19)」の前置きに述べたように、6月17日に別の図書館に返却し…

祖母の思ひ出(06)

家人から、祖母の「帰りたい」について補足があった。 泊まり込んだ翌朝、出勤のため一旦帰宅しようと「帰ります」と挨拶すると、「私も一緒に帰るわ」と言い、「あなた、学校?」と尋ねたそうだ。家人が学校と縁が切れてから既に10年余、学生であったのは20…

祖母の思ひ出(04)

結局、祖母は最後には救急車で病院に運ばれ、そしてそのままマンションに戻ることはなかったのである。 しかし、私は6月26日付(02)の後半に書いたような事情で立ち会っていないので、話は聞いたけれども、正確なところを再現出来ない。 ただ、祖母の死を承…

図書館派の生活(8)

世間はもう過去のことのように出歩いていて、先日も夕方にコンビニエンスストアの前を通ったら、高学年の男児たちが自転車に跨がって7人だか8人、寄り集まって大声で喋っていた。まぁ、誰も感染していないのだろうけれども、今後何処から入り込むか分からな…

同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(11)

・五-3-G「デマの傳播」(2) 一昨日・昨日の続き。ですから本当は(3)なのですが、昨日の「赤マント事件」は独立して取り上げたので(2)として置きます。今回は278頁12行めからこの章の最後、281頁4行めまでを抜いて置きます。 目なし達磨 色々の…

赤いマント(244)

・同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(2) 標記の記事としては2つめだが、5月3日付(243)の続きと云うよりも昨日の続き、すなわち「G デマの傳播」の引用の続きで、278頁6~11行め、 赤マント事件 昭和十三年十一月から翌年二月にかけて、帝都の學童を震…

赤いマント(243)

・同盟通信社調査部 編『國際宣傳戦』(1) 私はこの本のことを、2019年4月12日付(175)に述べたように、ナカネくんの2019年4月2日22:04の tweet に拠って知りました。 しかし、国立国会図書館には所蔵がなく、国立国会図書館サーチで検索するに、都内で所…

赤いマント(242)

・森川直司『裏町の唄』の「赤マント」(3) 昨日の続きで、赤マント流言の内容について。 「女ばかりか子供も男も殺されたとか」と云う被害者の範囲ですが、これについては差当り2018年9月3日付(161)に引いた「經濟雜誌ダイヤモンド」昭和14年3月1日号の…

森川直司『裏町の唄』(29)

昨日から続けて、昭和19年(1944)に就職した軍需工場、父と弟妹4人を失った東京大空襲、それから戦後の旧制専門部に触れても良いかと思ったのだが、その前に次の件について済ませて置きたい。 ・森川氏の住所 1月16日付(16)に引いた「投稿 風便り」op.28…

森川直司『裏町の唄』(28)

・森川氏の進学先(2)行軍・私立の商業学校 進学先についての纏まった記述は昨日挙げた開墾作業と教練くらいで、後は断片的な記述を拾って行くよりない。 やや纏まった記述としては、『昭和下町人情風景』Ⅲ 人 情【6】「カッコウ」に、151頁15行め~152頁…

森川直司『裏町の唄』(27)

・森川氏の進学先(1)開墾・教練 本書は深川で過ごした小学生時代の回想が中心で、進学先が何処の、どういう学校だったのか、はっきり説明されていない。 中学生時代のことは、幾つかの印象的な出来事が特に詳しく書かれているばかりで、全体像は一向に見…

森川直司『裏町の唄』(26)

ここまで、森川氏の母校の元加賀小学校と、隣接する明治小学校、プールの講習があった臨海小学校、そして主要な進学先であった明川高等小学校に不十分ながら触れて、この項は終わりにするつもりだったのだが、もう1つ小学校を追加して置くこととした。 ・元…

森川直司『裏町の唄』(25)

・元加賀小学校と周辺の小学校(3)明川高等小学校 戦前の公立小学校で、進学する生徒のために放課後に補習が行われていたことについて、4月15日付「赤いマント(235)」に児童文学作家の岩崎京子(1922.10.26生)の回想を引いて「当ブログに取り上げた人々…

森川直司『裏町の唄』(24)

・元加賀小学校と周辺の小学校(2)臨海小学校 周辺の小学校については、『昭和下町人情風景』Ⅱ 下 町【21】「プール」に再録されている本書【42】「プ ー ル」にも記述がある。本書179頁2~11行め(改行位置「/」)=『昭和下町人情風景』118頁2~11行め…

森川直司『裏町の唄』(23)

・元加賀小学校と周辺の小学校(1)明治小学校と大富小学校 昨日見た「入 学」から、もう少々書き抜いて置こう。 『裏町の唄』14頁14行め~15頁7行め、『昭和下町人情風景』81頁12行め~82頁4行め、前者の改行位置を「/」で、後者の改行位置を「|」で示し…

森川直司『裏町の唄』(22)

・森川氏の小学校入学 昨日の続き。 森川直司(1927.3.10生)が深川区で過ごしたのは、12月25日付(02)に引いた『裏町の唄』と『昭和下町人情風景』の「まえがき」にあったように、昭和7年(1932)夏の末から昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲までである…

森川直司『裏町の唄』(21)

・森川氏の幼少期 1月20日付(20)まで、森川氏が「参禅専門道場 大本山活禅寺」HP内の「風便り」と云うページに「森川秀安」名義で投稿している随想を一通り眺めて、そのままになってしまったが、これにて森川氏の少年期を回想した著書とネットで読める文章…

赤いマント(239)

・岩崎京子の赤マント(14) 最後に、大人になってから気付いた、【D】知る人の少ない赤マントと云う事実について、述べたところを見て置きましょう。③『現代に生きる妖怪たち』には、これに当たる記述はありません。 ① 赤マントはわたしたちにとって、かな…

赤いマント(238)

・岩崎京子の赤マント(13) 4月15日付(235)からの続きで、今回は【C】岩崎氏たち女子の対応について確認して置きます。 ①64頁3行め~66頁7行め わたしたちは赤マントがこわくて、とても勉強どころではありませ/ん。先生はそわそわしているわたした…

赤いマント(235)

・岩崎京子の赤マント(10) それでは岩崎氏の赤マント体験について、前回一覧に挙げた文献①②③の記述を確認して行きましょう。 【A】当時の岩崎氏の状況 【B】赤マント流言の内容 【C】岩崎氏たち女子の対応 【D】知る人の少ない赤マント 岩崎氏の述べて…

赤いマント(232)

・岩崎京子の赤マント(7) 石井正己 編『児童文学と昔話』に載る岩崎氏の講演「子どもたちへのプレゼント」の、続きを見て行きましょう。30頁7~14行め、 もう一つ、私、お地蔵様に幼友達がいるんです。世田谷区の経堂*1という所で過ごしましたけれど、駅…

赤いマント(230)

・岩崎京子の赤マント(5) 昨日の続きで、石井正己 編『昔話を語る女性たち』掲載の岩崎京子「『かさこじぞう』の誕生」から、岩崎氏が幼少時に住んでいた場所について述べた箇所を見て行きましょう。125頁12行め~126頁10行め、 私は、生まれたのは巣鴨(…

赤いマント(229)

・岩崎京子の赤マント(4) 岩崎京子(1922.10.26生)の経歴については7年前、B区立I図書館に初めて行った際に、2階の参考資料室にあった2種の人名事典の記述を書き抜いて置いたのですが、そのメモをなくしてしまって、それが岩崎氏の赤マント体験について…