瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります。

江戸川乱歩『少年探偵團』(1)

 これまで、2011年1月1日付「森鴎外『雁』の年齢など」に述べたような理屈で、私は有名な作品を読もうと云う気が起こらなかった。
 2015年2月17日付「新潮文庫『江戸川乱歩傑作選』(1)」を投稿して、しばらく都内の図書館で『江戸川乱歩傑作選』を借りたとき、ついでに初期の名作を読んで置こうと思ったのだが、何度借りても、何故か全く読まずに返してしまったのである。
 2015年7月31日付「丸尾末広『パノラマ島綺譚』(1)」は、当時の職場の近くの図書館に丸尾氏の漫画や画集が所蔵されていて、他の図書館ではまづ見ない本だから借りて、これは読み通した。しかし原作の方は読んでいない。
 江戸川氏の人物には興味があって、小林信彦『回想の江戸川乱歩』を読んで、2016年6月28日付「小林信彦『回想の江戸川乱歩』(1)」からしばらく検討したのだが、だからと云って江戸川氏の作品を読もうと云う気には、やはりならなかった。
 家人の祖母はお世辞でなく読書を趣味として生きていた人で、数千冊の蔵書があって、まだ整理しきれていない。推理小説も早川書房の HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS にハヤカワ文庫がそれぞれ数十冊、日本の作家の物も少なくはなかったのだが、江戸川乱歩の小説は2024年3月11日付「祖母の蔵書(173)推理小説家」の最後に追加した『江戸川乱歩傑作選』1冊しかなかった。明智小五郎と並び称される金田一耕助の方は、1冊もない。ただ、祖母は推理小説以上に時代小説の方が好みだったから、2023年5月28日付「祖母の蔵書(60)横溝正史」に挙げた、春陽文庫『人形佐七捕物帳全集』を揃えていて、横溝氏の本は14冊あった。但し終の棲家になったマンションに転居する以前の、保管場所が良くなかったらしく、恐ろしく煤けていて、ほぼ初刷で帯も掛かった揃いだったけれども、来てもらった古本屋は一応は手にして、状態を見て採らずに帰って行った。それはともかく、江戸川氏は時代小説を書かなかったから本当に1冊しかないようなことになっている。どうも、エログロがお気に召さなかったらしいのである。
 いや、私は小学生時代、いや、中学生だったかも知れないが、夕方の再放送で、天知茂の明智小五郎のファンだった母に付き合って色々見ている。尤も、顔に貼っていた物を剥がして天知茂に戻るところしか記憶していなくて、どの作品を見たのか、全く思い出せない。「江戸川乱歩の美女シリーズ」と云うタイトルだったことも知らなかったが、何年か前に動画サイトで一通り見て、音楽とか雰囲気とか、懐かしく思ったのだけれども、出演者や話の筋の方はまるで覚えていなくて、小林少年は何となく覚えていたが助手の文代は全く記憶していなかった。原作の知識がないのだからいよいよ思い出しようがないのである。
 しかし今回、都筑道夫『昨日のツヅキです』の「赤マントの怪人」を読んで、これまで赤マント流言との関連が(余り積極的でないにしても)云われて来た江戸川氏の作品を、都筑氏に拠る、昭和13年(1938)「少年倶樂部」連載の「妖怪博士」との明確な指定も受けて、先月から今月に掛けて、「3月28日付「赤いマント(411)」に挙げた『江戸川乱歩推理文庫㉜』で読んで見たのである。意外に面白く読み通せて、ついでに「青銅の魔人」まで読んでしまった。
 419~425頁、中島河太郎「■第32巻解題/妖怪博士・青銅の魔人」を読んでも、421頁12行め~422頁1行め、

‥‥。少年探/偵団の背後に明智がいることを十二分に知悉*1している二十面相が、わざわざ団員をひ/どい目にあわせようとするのは本末顚倒もはなはだしいが、少年愛を強調するためには/ 明智を苦境に立たせなければならないからである。

と、「妖怪博士」の評価は高くない。「青銅の魔人」にしても、424頁1~2行め、

 この矛盾撞着*2に充ちた魔人のトリックが明智によって解かれるのだが、その説明に/はいろいろ不満はあるものの、懐しい二十面相の再登場ということで目をつむりたい。

と、決して褒めていない。
 しかし、私は、例えば他の推理小説を読んだときに感じた不満を、何故か感じなかったのである。
 それは、文字で読んだときに感じる引掛りが二時間ドラマで俳優に真顔で本当にそうとしか考えられない、と云う風にやられてしまうと何だか丸め込まれてしまうのと同じで、この作風で、江戸川氏に呼び掛けられながら、作中の明智小五郎に『こう』だ、と決め付けられてしまうと、何だか疑いなく、この作中では『こう』なのだ、と思わせられてしまったからなのである。
 これは、私が鈍くなって、圭角が取れて多少の設定の破綻に甘くなったせいなのか、少年物の作風と江戸川氏の話術の然らしむるところなのか、それは良く判らない。両方かも知れない。
 ただ、やはり若干気になったところはある。例えば5月21日付「赤いマント(421)」にも見た、145頁に掲載される挿絵に描かれた場面、本文は144頁12~14行め、

‥‥、そこのブランコの前に、五歳ぐらい/の、おかっぱの女の子が、つっ立ったまま、両手を目にあてて、シクシク泣いているの/に出あいました。


 そして少年探偵団の団員小泉信雄は、その迷子の、146頁3行め「パッチリとしたお人形のような目」の女の子を、16~17行め「銀色のメダルのようなもの‥‥に「世田谷区池尻町二二〇 /野沢愛子*3」と彫りつけてある」のを手懸かりに、送り届けるのだが、その女の子がはぐれてしまったと云う「おじちゃん」が実は蛭田博士(=怪人二十面相)なのだが、再会するや、148頁3~4行め「‥‥、「おじちゃん!」とさけんで、いきなり、紳士(=蛭田博士)/の胸に飛びついて」いる。そもそもこの「野沢」と云う家が、怪人二十面相が少年探偵団の団員を苦しめるために拵えたアジトみたいなものなので、この女の子も何処からか連れて来てこういう役目をさせているだけなのだろうけれども、それにしても尋常でない懐き振りなので、この野沢愛子の正体や如何、と思ったのだが、読み進めても一向に出て来ない。他の作品にも登場しないようだ。一体どうやって手懐けたのだろう。
 それから、奥多摩のN鍾乳洞、すなわち日原鍾乳洞の場面、小林少年ら少年探偵団の面々は、鍾乳洞の入口に結び付けてきた「ひも」を引いて来て、いざというとき「ひも」を手繰って戻れるように工夫して探険に入るのだが、途中で「ひも」が切れてしまって戻れなくなってしまう。その「ひも」が切れていることを、小林少年が「ひも」を手繰り寄せて確認して、自然に切れたのではなく人為的に切断されたことを確かめるのだが、いや、手繰り寄せちゃ駄目だろう、せめて最低限、可能な限り「ひも」を辿って入口の方に戻って置かないと(まだ、何者かによって、わざと切断されたのだとは、判明していないのだし)いけないだろう、と思ったことだった。尤も、途中の大穴に渡してあった板の橋が、やはり何者かによって取り外されていたので「ひも」の切断に関係なく外には出られなくなっていたのだとしても。
 「青銅の魔人」にしても、本物の「手塚さん」はどうなったのか。戦地で知り合って最期を看取り、成り済まして引き揚げて来たのか、それとも「手塚さん」とは面識も何もなく、ただ港区の豪邸と「夜光の時計」の噂を聞いて、戦後華々しく復活する拠点として乗っ取りを謀っただけなのか、どうにも気になる。そして数えで十三歳と八歳の子供2人だけになってしまった手塚家はどうなるのか、それも気になるのだが、連載時の勢いそのままなのか、何処にも説明はないらしいのである。
 なお、426~430頁、斎藤栄「■巻末エッセイ・乱歩と私/乱歩と私」の、427頁3行め「‥‥、乱歩、十三*4、忠太郎、不木*5といったような‥‥」或いは13行め「‥‥、乱歩と忠太郎と正史のまざり合ったような‥‥」の、恐らく斎藤氏に拠る誤記*6が校正で訂正されていないことは、HN「諸葛亮証明」の、次に貼付した4月7日の Tweet(現 X)に拠って指摘されている。


 斎藤氏の作品も読んだことはないし、面識もないのだが、古い記憶があるので、そのうちここか、続稿に追記して置きたい。
 それはともかく、これを切っ掛けに、先行する「怪人二十面相」や「少年探偵団」にも遡って見ようと云う気になった。そこでシリーズ名の記事を立てて置いた次第である。(以下続稿)

*1:ルビ「 ち しつ」。

*2:ルビ「むじゆんどうちやく」。

*3:ルビ「 せ た がや く いけじりちよう/ の ざわあい こ 」。

*4:ルビ「じゆうざ 」。

*5:ルビ「 ふ ぼく」。

*6:しかし斎藤氏が「忠太郎」と書いていたとすると「小栗虫太郎」を斎藤氏は「ちゅうたろう」と読んでいたことになる。或いは、手書き原稿の「虫」を「忠」と誤読したものか。しかし、著者が校正する機会もなかったのだろうか。