瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(117)

 それでは、2月13日付(113)に引いた大阪朝日新聞2月14日付(114)に引いた「大阪毎日新聞及び芥川龍之介杜子春を参考に、分かる範囲で紙芝居「不思議の国」の内容を確認して置きましょう。
 まず主人公ですが、加太氏の回想では「貧しい靴磨きの少年」なのですが、「大阪毎日新聞によると「貧しい夕刊売りの少年」です。仕事については大阪朝日新聞には何ともしてありません。家族は「大阪朝日新聞」に「盲目の父親と妹を養っている貧乏な一少年」とあり、「大阪毎日新聞でも「父と妹」のいることは分かります。この「父と妹を養う」というのは加太氏の回想も一致します。
 そして「赤マント」ですが「大阪毎日新聞*1は「怪人」で大阪朝日新聞は「悪魔」、加太氏の回想の「シルクハットをかぶった魔法使い」とはかなり印象が異なります。大阪朝日新聞に掲載される写真は鮮明ではありませんが、「シルクハット」の紳士には見えません。
 杜子春は「洛陽の西の門」にぼんやり立っている無職の、流行の言葉を使えばNEETの若者で、「片目眇の老人」に声を掛けられ2度大金持ちにしてもらうのですが、紙芝居では出会いについては「大阪毎日新聞は「いひよられ」、大阪朝日新聞は「家へある夜‥‥忍び入り」となっています。夜中に少年が生活の不如意を嘆いているところに現れでもしたのでしょうか。
 杜子春では3度めに声を掛けられたときに、自ら仙人に弟子入り志願するのですが、紙芝居の方は「赤マント」が甘言で少年を惹き付けるようです。それは「大阪毎日新聞では「お伽の国の王様にしてやる」、大阪朝日新聞は「金が欲しくばお前を夢の国の王様にしてやる」とあって、fantasyの世界の王様ということでは一致します。大阪朝日新聞の「金が欲しくば」は取って付けたようではありますが、そこが切実な問題なので、やはりそういう条件で誘惑したのでありましょう。
 杜子春では「決して声を出すのではないぞ」というのが難題で、神将に突き殺され、地獄の責苦にあってもひたすら黙っていたのが、馬になった父母が折檻されるのを見て思わず「お母さん」と叫んでしまうのですけれども、この昔話にも良くある難題が、大阪朝日新聞では「恐ろしい三つの試練を課題して」ということで、違っていたようです。この「試練」の内容は唯一「大阪毎日新聞に「父と妹の生血を吸えとそそのされたが」とあるのみで、他にどんな試練があったのだか分かりませんが、この「生血を吸へ」が赤マントの吸血鬼というイメージに繋がったとするのは、そう無理な関連付けでもないような気がします。
 この点、大阪朝日新聞は「少年を恐怖の幻想に叩き込むといふ孝行少年の生活苦闘史である」と大分端折った印象を与える纏め方で誤魔化しています。しかし標題が「不思議の国」なのですから、その赤マントに連れられて行った国での「恐怖の幻想」の描写が、相当量あったのではないかと思われます。そこに盲目の父や大阪朝日新聞掲載の写真にその姿が確認出来る妹なども連れて来られて、危険な目に遭うことになっているのでありましょう。
 結末ですが「大阪毎日新聞に「断然これをふり切って相変らず貧乏な夕刊売りに甘んじていた」とあって、これは杜子春の「何になっても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりです」に通ずるものと言えましょう。杜子春では仙人に家をもらうのですけれども。

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 さて、大阪朝日新聞によるとこの紙芝居「不思議の国」は「去月二十日ごろから北大阪の裏町を転々歩いていた」ので、それが「こゝ二週間前から北大阪の学童間にしきりと伝えられ」た『赤マントの悪魔』とまず時期的に一致する訳です。尤も、「全長十六巻(一巻十二枚)十六日興行の長篇もの」というのでは「紙芝居のおっさん」を出頭させた昭和14年(1939)7月7日からしてせいぜい2、3日前に漸く全巻読み終わったばかりなのですけれども、要するに「余りにも物語が長いのと“次はまた明日”の営業心理が禍して街の子供達はその一部のみを見るためすっかり赤マントに脅え」という理屈なのです。それだけ恐怖を煽るような描写もなされていたのではないでしょうか。「大阪毎日新聞の「これが断片的に少年の間に語り伝えられ、いつの間にやら“赤マントの怪人”が実在のものでもあるかのようにいいふらされていた」と云うのも、同じ状況を指していると言えましょう。(以下続稿)

*1:【2019年7月15日追記】「大阪朝日新聞」と誤っていたのを訂正した。