瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(151)

・「サンデー毎日」第十八年第十三號 三月十二日號(昭和十四年三月十二日發行・定價十五錢・大阪毎日新聞社東京日日新聞社・40頁・37.9×26.1cm)
 裏表紙に頁付「40」があり、表紙が1頁(頁付なし)、2〜18・23〜40頁には頁付があります。頁付のない19〜22頁はグラビア「サンデー・グラフ」です。
 阿部眞之助(1884.3.29〜1964.7.9)は当時、東京日日新聞社の編集局主幹で「サンデー毎日」の「隨想」欄に囲みコラム「週間時評」を連載していました。
 12〜13頁「隨想」欄は8段組で、白井松次郎「役者子供」、阿部靜枝「迷信の効果」、獅子文六葛飾花見」を載せ、13頁の左上6段分に「| | | | | | | |」と横長の線を連ねた枠に囲まれて、5段組みの「週間時評」があります。
 右上2段分がタイトルで、上部に角丸の枠に囲まれた「評時間週」のロゴで瓦屋根と煙突と火の見櫓。その下に明朝体で大きく「赤裏のマント/   阿 部 眞 之 助」とあります。1段めと2段めはタイトルが5行分取っているので本文は12行ずつ、3〜5段めは17行。まづ3段めの15行めまでを抜いて置きましょう。

 先ごろ來、東京の街に、物凄い流言/が傳へられた。日暮際になると、どこ/からともなく、赤裏のマントを着た、/多分支那人だらうと推定される怪漢が/現れて、少年や少女を襲ひ、その生血を/絞り取る。被害者は、西にも東にも、/すでに何人かに達した。しかし警察で/は人心を不安にするを 慮 り、發表/を見合せてゐる。話の荒筋は、大體こ/れに盡きてゐるが、中には、吹き矢を/吹き當てて、血のしたゝりを吸ひ取る/と、大時代に吹聽するものもあつた。*1【1段め】
 諸君は、この種の流言が、まだ科學/的方法による學問の曉明に見舞はれ/ず、巫覡の妖言が、そのまゝに信ぜら/れた、千五六百年も以前の、平安朝時/代にでもあつたといふなら、少しも奇/異の感なくして、受け容れられたこと/と思ふが、現在では、世界一流の文明/を誇る日本の、しかも首都たる東京に/おいて、かゝるタワイもなき愚かしき/流言が、人心を聳動させたとあつて/は、諸君の耳を信ずることが出來るで/あらうか。*2【2段め】
 これらの流言が、教養の缺けた、下/層の人々により傳へられ、信ぜられた/とでもいふなら、未だしも、わが國の/文化に對し、自信を失ふに至らないの/だが、知識的には、とにかく國民の中/堅であるべき、小學校教員によつて信/ぜられ、その口を通して、兒童等に警/告されたとあつては、私は、啞然とし/ていふところを知らないのである。誰/が考へても、いやしくも一通りの常識/を備へ、國家の秩序を信ずるものなら、/流言の信ずるに足りないゆゑんを知る/のであるが、それしきの常識すら、小學/教員が持ち合せてゐないとあつては、/これは國家の一大事だ。*3


 注目すべきは「大時代的に吹聴」されたという「吹き矢を吹き当てて、血のしたたりを吸い取る」という説です*4。すなわち、東京の新聞記事には全く出て来ない「吹き矢」云々が大阪の赤マントの特徴で、2014年2月13日付(113)に引いた「大阪朝日新聞」七月八日付記事には“吹き矢の赤マント”との通称(?)まで見えるのだが、それは「東京、大阪の少年少女たちをしきりと脅かしていた“吹き矢の赤マント”」となっていて、東京でも「吹き矢」を使っていたかのように書かれています。大阪の新聞で赤マントの流言が報道されたのは2014年2月8日付(108)に引いた「大阪毎日新聞」6月30日(七月一日付)夕刊の記事が最初ではないかと思うのですが、その冒頭に「“灯ともしごろともなれば、どこからともなく赤裏のマントを着た怪漢が現れ少年少女を襲って、吹き矢を吹きあてて血のしたたりを吸い取る”――こうした飛んでもなく馬鹿げた流言飛語が東京で誠しやかに伝えられたのはついこの間のこと、‥‥」とあります。これは新聞記事由来ではなく「サンデー毎日」の阿部氏の「週間時評」の説明を要約したものであることは、上記の引用1段めからしてほぼ確実ですが、そうすると問題は、大阪で赤マントの噂が流布し始めたとき、一体この「吹き矢」の件があったのかどうか、と云うことになります。
 どういうことかと云うと、「大阪毎日新聞」が東京での流言の内容として「サンデー毎日」の「週間時評」に書かれた内容を要約して示したことによって、新たに、東京では主流ではなかった「吹き矢」の件が、大阪での流言の、謂わば本題のようになってしまった可能性も考えられるのではないか、と思うのです。
 先に冒頭を引いた「大阪毎日新聞」6月30日(七月一日付)夕刊の記事の続きを良く読むと、大阪附近の流言の例を幾つか挙げるのですが「吹き矢」のことは見えません。ところが2014年2月10日付(110)に引いた「大阪毎日新聞」昭和十四年七月一日付の「家庭」面にある「童心を傷ける/"赤マント"の流言」になると、これが「‥‥「赤裏マントの怪」――といってもまだ御存知ないお母さんも多いことでしょうが、北大阪を中心にこの笑うべき噂が流布されています。その噂というのは夕方になると赤裏マントの小さな妖怪が飄然と現れ少年少女を吹き矢で射って流れ出る血を吸った後また飄然と消えて行く、というので、‥‥」と、前日夕刊では「東京」の噂の内容とされていたことが「北大阪」での噂の内容にすり替わっているのです。そして、この「大阪毎日新聞」の内部での、流言の内容の取り違え(?)が、つかみどころがない流言に、ある形を与え、一気に拡散させる起爆剤となったのかも知れない、そんな気もするのです*5。(以下続稿)

*1:ルビ「すご・りう/つた・くれきは/うら/な・すい・くわいかん/あらは・おそ・ち/しぼ・ひがい/たつ・けいさつ/おもんぱか・へう/はなし・あらすぢ・たい/つ/ち・す/てう」。ルビ付活字を使用しているため清濁の区別は厳密でない。難読の漢字に振られていない。一方で「怪・現・話」のように3字詰めて振っているものもある。

*2:ルビ「しよ・しゆ・りう・くわ/てき・もん・けう・ま/よう・しん//き/い・かん・い/おも・げんざい・かい・りう/ほこ・しゆ//りう・どう/しよ・しん/」。

*3:ルビ「りう・けうよう・か/そう・つた・しん//くわ・たい・しん・うしな・いた/しきてき/けん・けういん・しん/じどう・けい/こく・あぜん/たれ/かんが・ぜうしき/そな・ちつじよ・しん/りう・しん/ぜうしき/けういん/」。「考」にもルビ3字。

*4:大阪での赤マント流言についてはヘッダの検索窓に「・大阪附近の赤マント(」と入れて[日記]をクリックせられたい。

*5:私が常光徹学校の怪談』を批判するのも、つかみどころがなく学級や部活・先輩後輩やらの人間関係や、一人一人の個性も絡まって、同じ学校の同じ場所にまつわる話でも微妙に異なる(異なってしまう)学校の怪談に、民俗学「研究者」でありながら、そういった個別の、懐かしい条件をあっさり超越させた「ある形」を与え、しかもそれを売り物にしてしまったことが、どうにも承服しがたいからなのです。