瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります。

田山力哉『脇役の美学』(1)

・田山力哉『脇役の美学』一九九六年九月二〇日 第一刷発行・定価1748円・講談社・223頁・四六判上製本

 田山力哉(1930.6.1~1997.3.23)の映画の本は、浪人時代に入り浸っていた渋谷区立中央図書館、もちろん現在の建物とは場所も違いますが、階段を上がったところにあった背の低い文庫の棚に並んでいて、しかし当時、私は映画をスクリーンで見ることは年に1度あるかないか、テレビはチャンネル権がなく、特に高校時代は運動部で疲れ切って帰宅するなり寝ていましたから、テレビ放映でも見ることは殆どなく、田山氏の本も背表紙を見るばかりで手にすることは殆どなく、まぁ見たところで原作になった小説も読んでいないし、俳優たちも物心付いて以来テレビで見掛けた人くらいしか知らないし、まぁ、どうもしなかった訳です。
 実家にはビデオデッキがありましたが、そこそこ時間を取られる映像作品を、金を払って短期間借りて、と云うのが億劫で、レンタルビデオ店の会員にはならず仕舞いで、テレビ番組の録画も、こうして始終放映されているのにどうして録画してまで見にゃならんのだ、と考えてしまって、しませんでしたから、ビデオテープには殆ど接することなく、過ごしてしまったのでした。
 その後、20年くらい前になりますか、都内の図書館で映画のDVDを借りて見るようになり、これは1週間が2週間、延長出来れば4週間借りられましたから、余裕を持って鑑賞時間を考えることが出来ます。それでようやく、中年以上でしか認識していなかった役者の若い頃、子供の頃を知ったり、欧米の名作を若干、眺めたりも出来ました。
 けれども、職場を変わったりして、最終的にコロナの時期にDVDを所蔵する都内の図書館に通うのを止めました。今は配信サービスでもっと簡単に見られるのですけれども、いつでも見られるとなると却って見なくなるもので、却って YouTube の期間限定公開の方を、見てしまうのです。
 そして、今はテレビタレント名鑑だとか20世紀映画人名事典みたいなものを座右に備えていなくても、Wikipedia で映像作品の概要や出演者について、ある程度調べが付いてしまいます。いえ、以前は当ブログのような篤志家(?)が作ったサイトやブログが上位に上がっていて大いに裨益されたものですが、今は、大して役にも立たない、独自の視点がある訳でもない、何故、この記事が? と思うようなものが上位にヒットして、当ブログのようなクドい、充実したところはなかなかヒットしません。その代り、Wikipedia の項目が、一部で異様に充実して来ていますから、それで大体の調べは済んでしまうのですけれども、人・作品によりかなり精粗の開きがあるので、やはりそれだけで片付かないことになるのが厄介なところです。最近は普通に検索しても、頼みもしないAIが勝手に概要を示してくれたりするのですが、間違ったサイトに引っ掛かって、間違った要約を拵えていることがしばしばです。
 とにかくそんな訳で、過去の映像作品について、36年前の浪人時代に比べれば若干知識が増していて、田山氏の本を読んでも、知らない人というのは余り出て来なくなりました。
 前置きが長くなりましたが、田山氏最晩年に刊行された本書には10人の、名脇役と知られた役者が取り上げてあります。序跋類は全くなく、執筆の経緯や書き下ろしなのかどうかも、よく分かりません。
 殿山泰司/――神よ、すべての酔っぱらいに聖なる死を与えたまえ――(7~37頁)
 金子信雄/――したたかな役者根性と料理への執念と――(38~57頁)
 浜村純/――燃え尽きた八九歳の青春――(58~91頁)
 伊藤雄之助/――腹にもたれる名脇役――(92~111頁)
 左卜全/――心身の病苦と闘い続けた奇人俳優――(112~130頁)
 川谷拓三/――殴られ、斬られて、主役になった男の壮絶な死――(131~149頁)
 石橋蓮司/――俺は脇役じゃない、主役だ――(150~168頁)
 八名信夫/――今に見てろよ、悪役にも華がある――(169~186頁)
 浦辺粂子/――演じた、愛した、賭けた――(187~205頁)
 樹木希林/――女優であるよりも女である方がいい――(206~224頁)
 1~3頁(頁付なし)「目次」の、見開きの右側(2頁)に並ぶ5人は私にはテレビドラマでの記憶のない人で、左側(3頁)の5人はよく覚えています。30年前の刊行時に死去していたのは10人中7名、最も早く逝去した左氏は私が生まれた翌月に死んでいます。残った3人のうちでは一番若い樹木氏が8年前に死んで、現在、石橋氏と八名氏が存命です。
 樹木希林(1943.1.15~2018.9.15)の初期の藝風の一端は、『寺内貫太郎一家』を踏まえた「東京電話」のテレビCMで知ったくらいで、殆ど知識がありません。昭和49年(1974)と昭和50年(1975)では私は4歳か5歳ですからもちろん見ていません。歌番組で緑色の衣裳で郷ひろみと「林檎殺人事件」を歌うのは何度か見ていますが、当時小学1年生だったので『ムー一族』は全く見ていません。今に至るまで見る機会のないままで、どんなドラマなのかも知りません。
 小学生だった私にとって印象的だったのは、本書の記述から抜くとやはり208頁11行め~209頁1行め、

 テレビ・ドラマとか歌だけではない。樹木希林のCMほど世にもてはやされたものはない。ピ/ップエレキバンのCMで最初は故社長のユニークなキャラクターとぶつかり、その後は加藤治子/の姑*1と彼女のお嫁さんとのやり取りがその都度面白かったが、何と言っても笑わせたのは、綾/小路小百合*2という彼女らしくない名前で登場するフジカラープリントのコマーシャルだ。
 このCMのの中で樹木は花柄の振袖を着て、髪にリボンをつけ、いかにもお見合いをしそうな装/いで登場する。写真屋の女店員(岸本加世子*3)に「美しい方はより美しく、そうでない方はそれ/なりに……」と言われてガッカリするのだが、この〝それなりに〟が流行語になるほど受けた。/そして樹木はブスの役どころを演ずることも平気だった。【208】
 だが樹木の存在はテレビにだけあるのではない。‥‥

と云った辺りです。まさに行くところ可ならざるはなし、と云った感じで、それはその後、樹木氏が死ぬまで私にはそんな印象のままだったのですが*4、出始めの頃がどうだったのか、その知識はまるでありませんでした。本書を読み、それから検索してみて、ようやく分かったような次第です。(以下続稿)

*1:ルビ「しゆうとめ」。

*2:ルビ「あやの/こうじ さ ゆ り 」。

*3:ルビ「きしもとか よ こ 」。

*4:樹木氏の死の1年前、大林宣彦監督『さびしんぼう』を新文芸坐の「大林宣彦映画祭2017」のフィルム上映で見たとき、正月にめかし込んで主人公(尾美としのり)が跡取りの寺に娘の小林聡美を連れて登場したのが、全く綾小路小百合のキャラクターと云った按配で、その当時、映画やテレビドラマを殆ど見ていなかった私には、知らぬことがたくさんあるものかな、と思わされたことでした。