瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(07)

・野崎雅明『肯搆泉達録』(2)
 昨日の続き。
 国立国会図書館デジタルコレクションの明治25年(1892)刊富山日報社版活字本の前付(頁付なし)3~5頁は岡田英之「肯搆泉達録序」で「文化乙亥春二月」付、「緒言」の内容及び文化12年(1815)成立はこれを根拠とするようだ。6頁は白紙、7~10頁「肯搆泉達録之目次*1」は2段組で、卷之十四については10頁下段8~13行め、項目は「紀立山異人之事*2/有嶺の事*3/黑部山中の事*4/四郡諸川*5/御領村名*6」の5項である。
 富山県立図書館の著者自筆本に戻ろう。初丁表「肯搆泉達録巻之十四目録*7/紀立山異人之事*8/有嶺の事并白香山朱陳村詩*9/黒部山中事*10/四郡諸川*11/御領村名*12」、裏は白紙。本文1丁表1行め内題は「肯搆泉達録巻之十四*13」2行めは下詰めで「野崎雅明述」。
 さて、5丁表8行めから「黒部山中事」で9丁裏まで。その最後、9丁表4行め以降がこの杣が一人を残して皆殺しにされる話である。くの字点を「/\」としたので改行位置は「|」で示した。

又或時杣多山中に入幽谷の樹を*14|伐らんと其あたりに小屋を造り|宿しけるか夢に異形のもの来り*15|此谷の樹を伐る事なかれといふ夢|見し杣醒て皆に語りけれとも*16|取あけ用るものなく遂に斧を入れ|谷を伐盡しける其夜杣皆よく|寝入ける時例の異形のもの又|【9表】来り寝入し杣をひとり/\に|口を齅とみえしか残らす死たり*17|けり夢見し杣は木を伐らさり|しゆへ殺さゝりしと見ゆ潜に*18|見居けるかそのおそろしさいはん|かたなく是より杣をやめたると|なりかよふのこともしは/\|ありときけり


 山行までに、富山日報社版活字本の校訂本文を見て置こう。三百十二頁15行め~三百十三頁4行め、

又或時杣多く山中に入り幽谷の樹を伐らんと其あたりに小屋を造り宿しけるが夢に異形のもの来*19|【三百十二】り此谷の樹を伐る事なかれといふ夢見し杣醒て皆に語りけれども取あげ用るものなく遂に斧を入*20|れ谷を伐盡しける其夜杣皆よく寝入ける時例の異形のもの又来り寝入し杣をひとり/\に口を齅*21|とみえしが殘らず死たり夢見し杣は木を伐らざりしゆゑ殺さゞりしと見ゆ。潛に見居けるがその*22|そろしさいはんかたなく是より杣を止めしが個樣のこともしば/\ありときけり*23


 ほぼ原文のままで、清濁を区別し振仮名を多くした他、後半に2箇所書き換えがある。
 やはり国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧出来る中越史談會 校訂『越中史料 一』(明治卅七年十二月  日印刷・明治卅七年十二月  日發行・清明堂(富山)・四百四十頁)に、本書は富山日報社版活字本を底本として収録されており、この話は二百八十二頁1~5行めに見える。若干の異同があるが改めて掲出するには及ばないだろう。
 ここで、句読点を附し、送り仮名を若干補い、一部漢字を当てた本文を提示して置こう。 

又或時、杣多く山中に入り幽谷の樹を伐らんと、其あたりに小屋を造り宿しけるが、夢に異形のもの来り、此谷の樹を伐る事なかれといふ。夢見し杣、醒めて皆に語りけれども、取りあげ用ゆる者なく、遂に斧を入れ、谷を伐り尽しける。其夜、杣皆よく寝入りける時、例の異形のもの又来り、寝入りし杣を一人一人に口を齅ぐとみえしが、残らず死したりけり。夢見し杣は木を伐らざりし故、殺さざりしと見ゆ。窃かに見居けるが、そのおそろしさ、言はん方なく、是より杣をやめたるとなり。斯様のこともしば/\ありと聞けり。


 これがすなわち、遠田勝の云う、8月1日付(05)に見た「科学研究費助成事業 研究成果報告書」から引くと「山に入った杣が、神のお告げを無視して樹木を切り倒したために、皆殺しになるという、山の禁忌と懲罰の素朴な話」で、それが「昭和初期に至り、再話作家」の青木純二などによって「美女が現れ、木こりの舌を抜くという煽情的な形の物語に書き改められ」たと遠田氏は考えているようだ。これは「雪女」の「人に息を吹きかけ殺す」モチーフとも関連して来る。どうやら遠田氏は「雪女」からこのモチーフが「十六人谷伝説」に持ち込まれたと見ているらしい。しかしながら、実は遠田氏に先行してこの問題を扱っていた民俗学者・国文学者たちは、そうは考えていないのである。(以下続稿)

*1:ルビ「こうかうせんせつろくの」。

*2:ルビ「りうざんゐじんのことをきす」。

*3:ルビ「ありみね・こと」。

*4:ルビ「くろべ さんちう・こと」。

*5:ルビ「し ぐんしよせん」。

*6:ルビ「ご れうむらな 」。

*7:ルビ「かうこうせんたつろく・もくろく」。

*8:ルビ「きする・ゐしんのことを・し」。

*9:ルビ「ありみね・はくかうさんしゆちんそんのし」。

*10:ルビ「くろべさんちうの」。

*11:ルビ「しくんしよせん」。

*12:ルビ「ごりようむらな」。

*13:ルビ「かうこうせんたつろく」。

*14:振仮名「ゆうこく・き」。

*15:振仮名「いぎよう」。

*16:振仮名「さめ」。

*17:振仮名「かぐ・しゝ」。

*18:振仮名「ひそか」。

*19:振仮名「またあるときそまおほ・さんちう・い・ゆうこく・き・き・その・こ や ・しゆく・ゆめ・ゐぎやう・きた」。

*20:振仮名「このたに・き・き・こと・ゆめみ ・そまさめ・みな・かた・とり・もちゆ・つひ・おの・い」。

*21:振仮名「たに・きりつく・そのや そまみな・ね いり・ときれい・ゐぎやう・またきた・ね いり・そま・くち・かぐ」。

*22:振仮名「のこ・しゝ・ゆめみ ・そま・き ・き ・ころ・み ・ひそか・み ゐ 」。

*23:振仮名「これ・そま・や ・か よう」。