瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(152)

・阿部眞之助「赤裏のマント」(2)
 当時のジャーナリストの反応としては、従来、当ブログでも2015年4月30日付(144)等しばしば言及して来た大宅壮一(1900.9.13〜1970.11.22)の「赤マント社会学」が知られて(と云うほどでもないのですけれども)おり、小沢信男 編『犯罪百話 昭和篇に再録されています。2013年11月16日付(26)に紹介したときには表示されなかった書影を貼付して置きましょう。

 さて、「サンデー毎日」の「週間時評」欄に発表された阿部眞之助「赤裏のマント」は、大宅氏よりも若干早く発表されているのですが、これまで全く注意されていなかったようです。私の興味は、まづ噂の内容に在るので、差当り昨日引用した前半で十分なのですけれども、阿部氏の著作権は消滅していますし、国会図書館サーチでざっと阿部氏の著書の目次を眺めたところ、どうやら著書に再録されなかったらしい(今のところ気付いていない)ので、折角ですから後半の阿部氏の見解も、ついでに引いて置きましょう。

 私達は、現在支那を相手に戰つてゐ/るが、それは武力の戰のみではなく、*1【3段め】思想戰の階段にまで、推移してきた/と、一般にいはれてゐるのだ。思想と/は、知性の働きによることであつて、/思想の優秀性は、知性の優秀性に規定/される。だから思想戰において、我國/が打ち勝つためには、國民の優秀なる/知性が要請されるのだ。かゝる重大の/時機に、帝都の市民が、たとひ一部で/あらうと、かくも知性の低劣さを暴露/したのは、笑ひごとでは濟まされない/ような氣がする。*2
 さらに私は、觀點を替へてこの事件/を考察するに、我國の言論の統制の方/法において、大いなる缺陷の存在が、/否定されないようである。今日の時代/に、言論統制の必要あるは、議論の余/地はないのであるが、統制の方法が宜*3【4段め】しきを得ないと、時によると、統制を/しないより、もつと惡い結果が現れる/こともある。赤マント事件の如きも、惡/きものの一例として、提供されるに相/應しい。*4
 人々が、統制により、事實が故意に/秘密にされ、あるひは歪曲して發表さ/れる如く、信ずるようになると、眞實/が虚僞に、虚僞が眞實に、顚倒して考/へられるようになり、知性を喪失した/人々は、反省する遑もなく、流言の餌/食にされてしまふ。言論統制の統制た/るゆゑんは、眞實を眞實と信ぜしむる/以外にないのであつて、統制の不手際/が、架空の赤マントを跋扈せしむるに/至つては、まことに深憂に堪へないも/のがある。*5【5段め】


 真実を伝えない言論統制が赤マントの流言を跋扈させた、と云う点では大宅氏と共通する見解と云えましょう。――この、東京で書かれた一文が、大阪で発行されている週刊誌に載り、さらに大阪で発行されている新聞に引用されて大阪での赤マント流言の展開に寄与するところがあったとすれば、この「週間時評/赤裏のマント」の意義は決して小さくはなかったことになるのです。筆者である阿部氏の意図するところとは、まるで違うのですけれども、今だって阿部氏の考えているほど「知性の働き」が良くなった訳ではないでしょう――いえ、そもそもこんなものなのですから、全く嘆くに及ばないと思うのです。(以下続稿)

*1:ルビ「たち・げんざい・な・たゝか/」。「戰」はルビ3字。

*2:ルビ「しそうせん・かいだん・すいい/はん・しそう/せい・はたら/しそう・ゆうしうせい・せい・ゆうしうせい・き/しそうせん/か・ゆうしう/せい・ようせい/き・ぶ/せい・ていれつ・ばくろ/わら・す/」。「働」はルビ3字。

*3:ルビ「くわんてん・か・けん/こうさつ・ろん・とうせい/けつかん・そんざい/ひ/ろんとうせい・ひつよう・ぎろん・よ/とうせい」。「觀」はルビ3字。

*4:ルビ「とうせい/わる・けつくわ・あらは/けん・わる/れい・てい/」。「現」はルビ3字。

*5:ルビ「とうせい・じつ・い/ひみつ・きよく・へう/しん・しんじつ/きよぎ・きよぎ・しんじつ・てんとう・かんが/せい・そうしつ/りう/じき・ろんとうせい・とうせい/しんじつ・しんじつ・しん/とうせい・きは/かくう・ばつこ/いた・しんゆう・た/」。「曲」はルビ3字。