・山田野理夫『山と湖の民話』昭和四八年三月一五日 第一版発行・定価六八〇円・星光社・269頁・B6判上製本
星光社から刊行された山田氏の『民話シリーズ』全五巻の2巻め。潮文社から刊行した『アルプスの民話』『海と湖の民話』の2冊が成功したことにより、10年後にこれを5冊に発展させ、範囲を広げて多くの話を追加し、纏め直したものと云う位置付けで良かろうか。
現在までに私は『民話シリーズ』を2冊しか見ていないが、複数の図書館を回ることで全五巻揃えることが出来そうだ。ただ、今それをやってしまうと「白馬岳の雪女」の検討作業に支障が出てしまうので後日、果たすことにしたい。或いは、既にそのような作業をしている人もいるかも知れないが、私とは手順が違うだろうから、私は私で、ここに予告だけして、気長に着手する機会を待ちたい。そう云えば、太平出版社の『おばけ文庫』全12巻についても、当ブログの初期、山田氏の編纂した高木敏雄や佐々木喜善の本を取り上げた頃に何冊か借りて、色々気付いたことがあったのだが、12冊揃いで借りる踏ん切りが付かないままそのままになってしまった。――これについては本格的に着手している人がいるらしいので、今後、何か機会があれば気付いている点についてのみ、報告することとしたい。
前以て断って置くと、私は山田氏を評価していない。非常に厄介な人だと思っている。佐々木喜善・高木敏雄・喜田貞吉の業績の発掘・顕彰が良い仕事であるだけに、余計に厄介なのである。しかし、多くの著述からそれなりの影響力はあるので、その評価を批判的見地から確定させて置かないと、先に進めないと思っている。しかしながら、そういう観点からの註釈を付けずに再評価しようと云う向きがある。いや、そういう立場を否定しようと云うのではない。しかし、それは危うい。だから、山田氏の手の内を少しでも明らかにして、今後山田氏の著述に取り組もうとする人が、山田氏の自己申告を素直に受け取らないよう注意喚起をして置きたいのだ。もちろん、山田氏の著述を全て検討するのが理想だけれども、私も其処まで暇ではない(!)ので、差し当たり青木純二『山の傳説 日本アルプス篇』に関わるところだけでも済ませて置こうと思った次第である。
装幀など詳しくは『民話シリーズ』全五巻を並べて見る機会に確認することとして、今回は『山と湖の民話』が『アルプスの民話』を再利用している箇所に限って見て置くこととする。
1~6頁(頁付なし)「目次」、7~8頁「まえがき」内容についてはやはり他の巻と合わせて検討しよう。
9頁(頁付なし)「東の国のはなし」の扉、11~120頁本文、34話。
121頁(頁付なし)「中の国のはなし」の扉、123~230頁本文、54話。
231頁(頁付なし)「西の国のはなし」の扉、233~269頁本文。22話。
『アルプスの民話』から採っているのは「中の国のはなし」54話中の、10話めから28話めまでの19話である。仮に番号を附し、末尾にある地名を題に添えて置こう。『アルプスの民話』の細目及び典拠(青木純二『山の傳説 日本アルプス篇』)は7月26日付(4)に示してある。
【10】姫川(北アルプス・白馬岳) 142~143頁
←『アルプスの民話』【44】姫 川(白馬岳) 134~135頁
【11】山男の話(北アルプス・白馬岳) 144~147頁
←『アルプスの民話』【25】山男の話(白馬岳) 80~83頁
【12】大男の話(北アルプス・唐松岳) 148頁
←『アルプスの民話』【4】大男の話(唐松岳) 19~20頁
【13】樹木のうらみ(北アルプス・黒部峡谷) 149~150頁
←『アルプスの民話』【15】樹木のうらみ(黒部峡谷) 54~55頁
【14】二つの谷(北アルプス・黒部峡谷) 151~152頁
←『アルプスの民話』【53】二つの谷(黒部溪谷) 150~151頁
【15】雪渓と花畑(北アルプス・立山) 153~154頁
←『アルプスの民話』【36】雪溪と花畑(立 山) 112~113頁
【16】小石の高さ(北アルプス・立山) 155頁
←『アルプスの民話』【18】小石の高さ(立 山) 61頁
【17】鷹と熊(北アルプス・立山) 156~157頁
←『アルプスの民話』【20】鷹と熊(立 山) 63~65頁
【18】サクラのひと(北アルプス・上高地) 158~160頁
←『アルプスの民話』【8】さくらのひと(上高地) 24~26頁
【19】狐(北アルプス・徳本峠) 161~162頁
←『アルプスの民話』【61】狐(徳本峠) 161~162頁
【20】高い話(北アルプス・有明山) 163頁
←『アルプスの民話』【5】高い話(有明山) 21頁
【21】山鳥の矢(北アルプス・有明山) 164~169頁
←『アルプスの民話』【37】山鳥の矢(有明山) 114~119頁
【22】天狗岩(北アルプス・有明山) 170~171頁
←『アルプスの民話』【38】天狗岩(有明山) 120~121頁
【23】駒ヶ岳(中央アルプス・駒ヶ岳) 172~174頁
←『アルプスの民話』【30】早太郎の話(西駒が岳) 94~96頁
【24】天空の馬(中央アルプス・駒ヶ岳) 175~178頁
←『アルプスの民話』【29】天空の馬(駒が岳) 90~93頁
【25】太子のはしご(南アルプス・東駒ヶ岳) 179~181頁
←『アルプスの民話』【69】太子のはしご(駒が岳) 174~176頁
【26】女神(南アルプス・八ヶ岳) 182~183頁
←『アルプスの民話』【16】女 神(八ツ岳) 56~58頁
【27】姫の湯(南アルプス・八ヶ岳) 184~185頁
←『アルプスの民話』【78】姫の湯(八ツ岳) 193~194頁
【28】経机(南アルプス・白峰山) 186~187頁
←『アルプスの民話』【48】(白峰山) 142~143頁
今回は細かい検討に及ばないことにするが、本文はほぼ同じで細かな書き換えがある。『アルプスの民話』では読みをその語の後に( )に平仮名で、63頁4行め「佐伯尉(さへきのじよう)ありわか」の如くに示していたが『山と湖の民話』では156頁4行め「佐伯尉」にルビ「さえきのじよう」の如く振仮名にしている。さらに『アルプスの民話』では読みを入れていなかった、63頁3行め「別山・大汝」に『山と湖の民話』156頁3行めはルビを附すが「べつざん」そして「おおじよ」となっている。これでは「別山」は「ベツザン」と読むようだが「ベッサン」だし、「大汝」は「オオナンジ」である。山田氏が附したのではないのかも知れないが、校正の機会もあった訳だし、これに限らず、どうも、日本アルプスを熟知していると云った感じがしないのである。
(中央アルプス・駒ヶ岳)と(中央アルプス・西駒ヶ岳)が連続するのも、青木純二『山の傳説』の混乱に由来するとは云え、統一すべきだったろう。伊那谷では西に位置する中央アルプスの木曽駒ヶ岳を「西駒ヶ岳」、東に位置する(南アルプス・駒ヶ岳)すなわち甲斐駒ヶ岳を「東駒ヶ岳」と呼んだので、中央アルプスと南アルプスの別を示すのであればどちらも「駒ヶ岳」で良い。尤も『アルプスの民話』では双方を(駒が岳)としていたのでその点は改善している。それから大体北から南への配列になっているが、『アルプスの民話』ではこれをわざと乱していた訳である。
八ヶ岳は『山の傳説 日本アルプス篇』でも「南アルプス篇」に含めていたが、これは便宜上の章分けみたいなものだから(南アルプス・八ヶ岳)ではなく(八ヶ岳)だけで良かろう。これも『アルプスの民話』が(八ツ岳)としていたことは、改善されている。しかし(南アルプス・白峰山)はないだろう。白峰は山の名前ではなく石川県石川郡白峰村(現・白山市)である。この話が含まれている理由は前回推測した。なお、この【28】経机の次が、188~189頁【29】霧(石川県・白山)なのだが、【28】も同様に(石川県・白峰)とすれば、いやいっそ(石川県・白山)とすれば良かった。しかし「白峰山」と云う山のことにして、しかも『アルプスの民話』に含めてしまって10年、山田氏は自分でもどこの話か分からなくなってしまったらしいのである。(以下続稿)