瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山田野理夫『アルプスの民話』(7)

・山田野理夫『怪談の世界』昭和53年7月20日 第1刷発行・定価1200円・時事通信社・243頁・四六判上製本
 この本にも『アルプスの民話』が利用されている。但し前回見た『山と湖の民話』と違って、243頁「主要参考文献」に明示されている。すなわち、29点列挙されている8点め(上段9行め)に「山田野理夫 「アルプスの民話」(潮文社)」と見えている。
 17章ある中の4章め、42~72頁「山 の 音」は、さらに4つの節に分かれているが、その2節め、51頁2行め~57頁1行め「日本アルプスの怪」に『アルプスの民話』が使い回されている。まづ51頁3行め~52頁6行めに前置きがある。6行めまで抜いて置こう。

 私が東京・日野市の平山城址公園に転居したのは昭和五十二年の夏である。小さな城址である。こ/こは風が吹くと、まるで山獣*1の鳴き声のような音をたてる。はじめは近い多摩動物園の獣と間違えた/ほどだ。
 私は日本アルプスの眺望が好きで時折出掛ける。で、本項では日本アルプスの怪をさぐることにす/る。‥‥


 そして9行め以下、萩原朝太郎の詩集『青猫』から「恐ろしい山」を引用している。転居から日本アルプスへの繋げ方が唐突である。それはともかく、52頁7行め以下、1話を1段落で列挙して行く。1頁16行、1行45字。まづ「 有明 今は昔、‥‥」の如く山名をゴシック体で示し、次に必ず「今は昔、‥‥」としてから本題に入っている。これは『アルプスの民話』では必ず冒頭の1段落(題に続く2行め)が「 むかしむかしの話です。」となっていたのに対応している。――各話に番号はないが整理のため仮に番号を附して、典拠を指摘して置こう。【7】は【6】と同じ地域なのでゴシック体の見出しがないが仮に補った。
【1】有明 52頁7~10行め
 ←『アルプスの民話』【5】高い話(有明山) 21頁
【2】剣 岳 52頁11~14行め
 ←『アルプスの民話』【6】はじめのひと(剣 山) 22頁
【3】穂高岳 52頁15行め~53頁2行め
 ←『アルプスの民話』【9】穂高の僧(穂高岳) 27~28頁
【4】立 山 53頁3~7行め
 ←『アルプスの民話』【19】化石の道(立 山) 62頁
【5】八ツ岳 53頁8~13行め
 ←『アルプスの民話』【46】棲替え(八ツ岳) 137頁
【6】黒部溪谷 53頁14行め~53頁2行め
 ←『アルプスの民話』【56】笛(黒部溪谷) 154頁
【7】黒部溪谷 54頁3~7行め
 ←『アルプスの民話』【28】入道の話(黒部溪谷) 89頁
【8】佐々良峠 54頁8~15行め(10行めで段落替え)
 ←『アルプスの民話』【59】夫恋し(佐々良峠) 157~158頁
【9】三 岳 54頁16行め~55頁5行め
 ←『アルプスの民話』【62】髪(三 岳) 163~164頁
【10】猫又山 55頁6~12行め
 ←『アルプスの民話』【45】猫又の話(猫又山) 136頁
【11】赤石岳 55頁13行め~56頁1行め
 ←『アルプスの民話』【67】荒 川(赤石岳) 172頁
【12】大聖寺 56頁2~6行め
 ←『アルプスの民話』【68】大聖寺平(赤石岳) 173頁
【13】大無間山 56頁7~11行め
 ←『アルプスの民話』【79】鹿の角(大無間山) 195頁
【14】冠着 56頁12行め~57頁1行め
 ←『アルプスの民話』【42】冠(冠着山) 129~130頁
 大体は簡略化しているが、増補されているものもある。
 例えば【6】である。これは、杣人*2が「黒薙川の上流」で夜中に「笛の音」を聞いたと云う、不思議な体験を述べたものだが、その後で、『アルプスの民話』では、154頁8~9行め、

「あれは山神が月にむかって吹いたのさ」
 と、古老がいったということです。              (黒部溪谷)

と、恐らく下山後にこれを聞かされた古老の発言が詩的に添えられているだけだったが、【6】53頁16行め~54頁2行めは、

‥‥。里に戻っ/て古老に告げると、こういった。あれは山神が月に向かって吹いているのだ。邪魔してはならぬ。よ/くたたりがなかったものだ、と。

と「古老」に会った時機を説明し、さらに「たたり」に言及するのである。
 この話は、7月26日付(4)に示したように、『アルプスの民話』の主たる典拠である青木純二『山の傳説 日本アルプスには見当たらない。
 しかし、ここに「たたり」への言及が現れたこと、それから話の舞台が「黒薙川の上流」であるところから、『山の傳説 日本アルプス』58頁10行め~60頁、北アルプス篇【21】黑薙川傳説(一)(黑部峽谷)を簡略化した、『アルプスの民話』152頁【54】二つの顔(黒部溪谷)の要素が混ざったもののようである。この話も「黒薙川の上流」が舞台で、結末(152頁8~10行め)は、

‥‥。この話を里びとにするとこういつたといわ/れます。
「山の神さまのたたりなのだ。ひとのいくべきところではないのさ」 (黒部溪谷)

となっている。――いや、そもそもが『山の傳説 日本アルプス』の「黑薙川傳説(一)」をそのまま再話した「二つの顔」を、さらにアレンジしたのが「笛」=【6】なのではないか、と思われるのだ*3
 それから黒部溪谷の2話めである【7】、『アルプスの民話』では「むかしむかしの話」でしかなく、これは典拠の『山の傳説 日本アルプス』でも「昔」なのだが、【7】では最後(56頁6~7行め)に「‥‥。いまも時折、大/入道の声がするという。」の一文が追加されている。ひょっとしたら愛読者からそのような体験を知らせる書簡が届いたのかも知れないが、「怪談」としての効果を上げるための、悪く云えば「捏造」と判断するべきなのだろう。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 細かく見れば他の話にも何かしら問題点が指摘出来るかも知れないが、差当り手持ちの材料を一通り確認することは出来たので、山田野理夫に関してはここで一旦切り上げる。最後に『アルプスの民話』を再利用した2著について、どの話を採ったか、『アルプスの民話』の仮番号で確認して置こう。
・『山と湖の民話』=【4】【5】【8】【15】【16】【18】【20】【25】【29】【30】【36】【37】【38】【44】【48】【53】【61】【69】【78】
・『怪談の世界』=【5】【6】【9】【19】【28】【42】【45】【46】【56】【59】【62】【67】【68】【79】
 両者に共通するのは【5】のみである。重ならないように選んだように見えるが、【5】は余程気に入っていたのであろう。
 そして、どうしても引っ掛かるのは、『怪談の世界』の典拠として、大元である青木純二『山の傳説 日本アルプス』を挙げずにそのリライトである自著『アルプスの民話』の方を挙げていることである。――1話だけだけれども、新たに山田氏が拵えた(すなわち『山の傳説』には存しない)話=【6】を含めているのだから、やはり『山の傳説』ではなく『アルプスの民話』と云うことになるのであろうが、どうもこの辺り、もやもやするのである。

*1:ルビ「やまけもの」。

*2:『アルプスの民話』は「杣びと」と表記。

*3:この夜中に笛の音を聞く話の原拠に、心当りがあるのだけれども、今俄に明示出来ないので後日の課題とする。