瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎「東太郎の日記」(18)本文⑧

 日記の7日め。【 27 】頁上段11行めから下段10行めまで。
 今回新たに新字で代用した漢字は「望」です。

 ×月×日
 今日二時間ばかり自分の部屋にゐたおふくさんは、いろ/\と身の上/話をした。*1
 若州の小濱近在の生れださうな、父母もなければ兄弟もない。浪花節/の三味線彈きであつたたゞ一人の伯母に育てられ、十一歳から浪花節を/語りはじめ、十五の春、一座した圓八君の暴行に遭つたといふ。*2
 そして、おふくさんはいふのだ。
「わたし、あんたとお話してゐると、ほんとに樂しい氣がしまんの」*3
 おふくさんは目をうるませてゐた。*4
 午後八時樂屋入り。大圓氏は二人の藝者を連れて樂屋入りした。*5
 夜一時、便所に行くと暗い廊下から寝衣のまゝのおふくさんが出てき/た。自分が部屋を出るのを待つてゐたらしい。*6【27上】
「どうしたんです、いまごろ……」
「いまゝで、あの人の肩をもんでましたの」*7
 自分とおふくさんとは、しばらく默つて立つてゐた。とつぜんおふく/さんは自分の手をとつて、そのまゝうちふところへ押しこみ、上から抱/きかゝへるやうにした。*8
「あんたは、とてもカタイ人やし、行末のある人やよつて、わたしのや/うな女が……わたしはこれで本望やわ、これでもう諦めますわ」*9
 自分は默つてゐるよりなかつた。*10
 誰かのせきばらひが聞えた。*11
 松坂、辨天座三日目、入り八分。*12

*1:ルビ「けふ・じかん・じぶん・へや・み・うへ/はなし」。

*2:ルビ「じやくしう・をはまきんざい・うま・ふぼ・きやうだい・なにはぶし/みせんひ・り・をば・そだ・さい・なにはぶし/かた・はる・ざ・ゑん・くん・ぼうかう・あ」。

*3:ルビ「はなし・たの・き」。

*4:ルビ「め」。

*5:ルビ「ごご・じがくやい・だいゑんし・り・げいしや・つ・がくやい」。

*6:ルビ「よ・じ・べんじよ・ゆ・くら・らうか・で/じぶん・へや・で・ま」。

*7:ルビ「ひと・かた」。

*8:ルビ「じぶん・だま・た/じぶん・て・お・うへ・だ/」。

*9:ルビ「ひと・ゆくすゑ・ひと/をんな・ほんまう・あきら」。

*10:ルビ「じぶん・だま」。

*11:ルビ「だれ・きこ」。

*12:ルビ「まつざか・べんてんざ・かめ・い・ぶ」。