『比島の悲劇』からの2つめの引用(書籍版182頁12行め〜183頁9行め)は『大本営参謀の情報戦記』単行本138頁2〜11行め・文庫版162頁10行め〜163頁1行めに当たるが、ここに登場する陸軍の雷撃隊長については、『比島の悲劇』では次のようになっている。書籍版182頁15行めから引用する。
その時期私はふと隅の方でこの歓喜とは全然別人のように沈黙しきった将校の姿を発見した。/それは海軍のピストに、たった一人の陸軍の飛行服を着た屈強の少佐であったので/ある。思わぬところで百年の知己にでも遇/ったような気持ちで、早速私はこの人の側/に走って色々尋ねた。
「君あんまり買いかぶるといけないぜ、俺/の部隊では誰も帰って来んよ」
静かで口数は少ないが帰って来ない部下/を思う雷撃隊長――彼は陸軍でありなが/ら雷撃隊の隊長であった――淋しい心配げ/な言葉を今に私は忘れることができない。
とあったのが、『大本営参謀の情報戦記』では以下のようになっている。
「戦果確認機のパイロットは誰だ?」
「………」
返事がなかった。そのとき、陸軍の飛行服を着た少佐が、ピストから少し離れたところで沈みがちに腰を下ろしていた。陸軍にも俄か仕込みの雷撃隊があったのだ。
「参謀! 買い被ったらいけないぜ、俺の部下は誰も帰って来てないよ。あの凄い防空弾幕だ、帰ってこなけりゃ戦果の報告も出来ないんだぜ」
心配げに部下を思う顔だった。
「参謀! あの弾幕は見た者でないとわからんよ、あれを潜り抜けるのは十機に一機もないはずだ」
と、ウェワクで寺本中将の言った通りのことを付け加えた。
『比島の悲劇』では、雷撃隊の隊長はこれ以上発言していないように読める。これに対して『大本営参謀の情報戦記』はまず「凄い防空弾幕だ」と言い、さらに「あの弾幕」と付け加えて強調している。少々説明的である。
書籍版ではこの後183頁10〜16行め、『比島の悲劇』の原文引用ではなく要約によって、搭乗員たち一人一人に問い質して答えが曖昧になることで戦果報告がおかしいと確信する、という経過になるのだが、『大本営参謀の情報戦記』では、この雷撃隊長の発言はだめ押しで、その前にパイロットたちを片っ端から呼び止めて、答えがだんだん怪しくなる、という順序(単行本137頁12行め〜138頁1行め・文庫版161頁17行め〜162頁9行め)になっているのである。(以下続稿)