瑣事加減

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小池壮彦『怪談 FINAL EDITION』(1)

『怪談 FINAL EDITION』2009年9月10日初版第1刷発行・定価1333円・INFASパブリケーションズ・255頁・四六判並製本

怪談 FINAL EDITION (studio voice BOOKS)

怪談 FINAL EDITION (studio voice BOOKS)

 カバー背表紙・扉・奥付に「STUDIO/VOICE/BOOKS」と「INFAS/BOOKS」のロゴがある。
 奥付では副題「FINAL EDITION」も標題と同じ大きさ(但し横転)になっているが、カバー表紙・カバー背表紙・扉では一回り小さくなっている。2〜3頁「まえがき」によると小池氏がこれまでに書いた本の「中から延命させてもよさそうな話を選び、以前の発表時には書けなかった要素を加えたのが本書である」が、「いつか書こうと思って書けなかった話や、誰にも語る機会のなかった話や、人に話しただけで活字にしていなかった話なども、この機会に書き下ろした」とあるから、基本的に従来の本に載せた話の増補改訂であって、これに若干の追加があるらしい。また、255頁「あとがき」には「人から聞いた話というのも、あとから「あの場面は実はこうだった」と打ち明けられることがある。「以前は言えなかった。もう時間がたったからかまわない」というお便りをいただくこともある。それらの条件を考慮しながら、新しいアルバム作りをするというのは、映画でいうディレクターズ・カットのようなものかもしれない。」とあって、このような副題を附した理由が察せられる。
 私は小池氏の本を全て見た訳ではないし、見たとしても頭から順番に全て読んでいるような熱心な読者でもないが、やはり批判がましいことを書くと*1気になるもので、以後図書館に立ち寄る度に注意しているうちに、何冊も小池氏の本が手許に集まって来た。
 それで、この「FINAL EDITION」とこれまでの本に共通する話を拾って、比較して「以前の発表時には書けなかった要素」があるのかどうか、確かめて見たくなったのである。こんなふうに書いてあれば、以前がどうなっていたのか、多少は気になるものである。私はそれが人より余計に気になるので、何冊か並べて見た機会に確認して置こうという気になったのである。
 扉の前にアート紙の口絵(表のみ印刷)でカバー表紙と同じ写真(文字なし)がカラー。
 3〜4頁「目次」、5頁(頁付なし)には題辞のような5行、7〜86頁「第一章 怪談抑圧都市の風景」第一話第二十四話、87〜108頁「第二章 追憶の怪」第二十五話第三十一話、109〜173頁「第三章 人と人の間に涌くモノ*2第三十二話第四十三話、175〜253頁「第四章 滑り墜ちる現実の貌*3第四十四話第五十八話
 頁全面がモノクロ写真になっている頁(頁付なし)がそれぞれの章の扉の他、11・17・23・29・33・34・40・46・51・57・65・69・77・83・99・113・129・137・145・157・163・167・179・184・204・214〜215・227・237・243・248・254頁。そのためか用紙はコート紙である。243頁の写真はカバー裏表紙にカラーで使用されている。また頁全面でない写真は13左下・21左下・89下(横長)・92左下・123左下・151左下・193(横長)・223上(横長)に挿入されている。写真の内容は現場写真らしきものもあれば、イメージ写真のようでもある。奥付に「写真:藤田二朗」とある。
 この本も全て読んだ訳ではない。以下、順不同に上げて行く。(以下続稿)

*1:2月22日付「七人坊主(39)」として上げた。

*2:ルビ「あわい」。

*3:ルビ「かお」。