・芸苑怪異談集粋(1)
まだ「朝鮮烏羽玉譜」について述べたいことがあるのだけれども、準備が追い付かないので、先に6月30日付(06)に予告した、河出文庫版『寄席囃子 正岡容寄席随筆集』が省いているもう1篇、「芸苑怪異談集粋」を引いて置こう。なお、6月28日付(04)と6月30日付(06)にて「芸苑怪異集粋」と誤まっていたのを修正して置いた。
355頁9行め、7字半下げ3行取りで大きく「芸苑怪異談集粋」とあって、10行めから本文で358頁16行めまで。今回は357頁2行めまでを抜いて置こう。
昭和二十七年薫風のころ、私は幾十年振りかで堀切の菖蒲園へ、私の文学の後継者で息子分たる/永井啓夫と杖を曳いた。肝腎の菖蒲には未だ早く、紅い雛芥子や紫の杜若が美しい許りだつたが、/豊島園式の近代的な遊戯の設備がなく、あくまで江戸の名園の風情であるとことが嬉しいと啓夫は/欣んでゐた。かへつて来て、小庵の花卯木と白い薊の花を肴に、病気以来すつかりお酒の弱くなつ/た私が、梅酒をウヰスキイグラスでチビリ/\共に飲んでゐると、某誌の怪談特集へ寄稿を促すの【355頁】てがみが届いた。
即ち、以下私たち文学父子の対談。
私 落語界の名人橘家円喬の芸談には、流石に傾聴す可きものが多いな。此もその一つだが、怪/談は自分たち達弁の話術家がベラ/\喋つてしまつては薩張り凄くない。むしろ口の重い位の人が/エエとあれは先月の七日でしたか……八日かなあ……私が提灯を右の手に持つて……いや左の手で/したかな……アやつぱり右でした、とこんな風にモソ/\喋つた方が却つて凄いと云つてゐるが、/たしかに此は至言だとおもふな。
啓夫 成程。たしかにさうですねえ。あのウ徳川夢声先生に聴かれたと云ふ怪談は?
私 旅の宿屋で客が碁を打つと、そこの先代が大そう碁好きだつたさうで、きつと先代の幽霊が/でて来ては梁に坐つてヂイーツと勝負を見てゐると云ふんだ。
啓夫 とんだユーモラスな幽霊ですネ。
私 ウム、正に夢声好みの幽霊だねえ。それから此は徳川老から聴いた話ぢやないが、無声映画/花やかなりし頃、京都である*1説明者が肺病で瀕死の重態になつて、折角説明し度がつてゐた『椿姫』*2/の解説ができない。ところがその『椿姫』上映の初日に、スクリーンの横の説明者の名前をだすメ/クリの紙に、一瞬、すツとその弁士の名がでてすぐ消えた。丁どその時刻に彼は血を吐いて死んで/ゐたと云ふんだが――。【356頁】
啓夫 『椿姫』だけに血を吐いて死んだのも因縁でせうネ。
私 さうかも知れないな。君にも何か変つた怪談はないかい。
日本では昭和12年(1937)8月25日公開のグレタ・ガルボ主演のアメリカのトーキー映画(1936年12月12日公開)の、DVDの特典盤に収録されていた、アラ・ナジモヴァ主演、ルドルフ・ヴァレンチノがアルマンを演じた無声映画がそれに当たるのだろうか。
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