瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎『抱茗荷の説』(08)

 9月27日付(02)に、単行本『抱茗荷の説』を「実見しての記事」は「ネット上に‥‥見当たらないのです」と書いたのですが、

ゆーた @latteteddy 2014年5月22日
『論創ミステリ叢書15 山本禾太郎探偵小説選Ⅱ』の解題で「黒子」を〝単行本に収録されるのは今回が初めて〟と書いてるのは間違い。昭和21年に熊谷書房から出た『探偵小説 抱茗荷の説』に表題作と共に収録されている。

というtweetに気付きました。「解題」を執筆した横井氏が単行本『抱茗荷の説』を見ていないことは9月26日付(01)に引いた「抱茗荷の説」に断ってあります。「黒子」は論創ミステリ叢書15『山本禾太郎探偵小説選Ⅱ』81〜142頁、「抱茗荷の説」と抱き合わせて「B6 94頁」になりそうです。

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 昨日の続きで、細川涼一「小笛事件と山本禾太郎」に示されている「抱茗荷の説」梗概に「母も自殺した」とあることについて、確認して置きましょう。
 9月28日付(03)に示した山下武による梗概では、主人公君子の母は「絞殺」され「て池へ投げ込」まれたことになっていましたが、これは山下氏による有り得べき筋の想像であって、本文にこう書かれている訳ではありません。
 それでは本文はどうなっているのでしょうか。君子が、母の死体を見せられるところを確認して置きましょう。例によって引用は、論争ミステリ叢書15『山本禾太郎探偵小説選Ⅱ』に拠ります。
 母がなかなか門から出て来ないので中に入って見た君子は、「森の奥」にある「お宮さんの社務所のような大きな玄関」や「中庭」などを覗いて見ますが「シンと寂*1まりかえってしわぶきの音一つしない静かさ」です。270頁4行めから271頁5行めまで、

‥‥。君子は、お母ちゃんお母ちゃんと二声、三声呼んで/みたが誰も答えるものはなかった。君子は途方にくれて薄暗い庭に立っていた。
 しばらくすると奥の方から、静かな足音とともに、顔の平たい老人が出て来た。老人は/君子がそこに立っているのを見てもいっこうに驚いた様子がなく、すぐ庭に下り、こちら/においで、といってそのまま出口の方に出て行った。君子はこの老人に従うよりほかに、/仕方がなかった。
 老人はだまって塀に添うて歩いた。君子はこの伯父さんについて行けば母のいるところ/へ行けるものと思い、ややともすると遅れがちになる足を、ときどきチョコチョコ走りに/運びながら老人のあとに従った。塀をはずれて大きな木の間をぬけ、小川に添うてしばら/く行くと、木の間から黄昏*2ににぶく光る池の水が見えた。池のそばに立った老人は、君子/のくるのをまって、それ、お前のお母さんだよ。といって池の水を指差した、そこには木/の枝が水の上に被*3さって、いっそううす暗くなっていたが梢を透す陽の光がかすかに射し/ていた。その水のなかに母の死骸は浮いていたのである。
 君子は、この老人の顔を、しっかり記憶していたつもりだった。それはこの老人が母の/死骸*4を見せてくれただけでなく、君子を祖母のところにまで送りとどけてくれたのである/から。だがよく覚えていたつもりの老人の顔も、年を経るにしたがって曖昧になり、その/後に知った木賃宿の主人*5や、泊まり合わして心安くなった旅芸人の老人なぞの顔とごっち/ゃになり、まったく記憶の外に逃げ去って、今では思い出すことさえできなくなっている。/あるいはよく覚えていたと思うことさえたのみにならぬことであったのかもしれない。も/ちろんこの地方の豪家らしい家のことなぞ、夢のようにしか記憶に残っていない。


 君子は死体を見せられただけで、どうしてこうなったのかは知らないのです。「自殺」という説が出て来たのは君子が祖母の許に戻ってからのことです。272頁3〜11行め、

 それからの祖母は、君子の母が死んだものとは、どうしても思えぬと言いつづけたが、/すでに年をとって身体も自由でなく、気も心も萎*6えきった祖母は、しまいには諦めたらしく、/家の暮しがあまりに苦しいので、お金の工面に帰った母親が、金の工面ができず、進退/谷*7まって池に身を投げたものに違いないと言いだした。
 君子は母の死骸を見たようにも思うし、それは旅をするようになってから見た池のある/風景に、母の死を結びつけた夢ではなかったかと思えたりする。祖母の話にしたところで、/それを全部覚えている訳ではなく、きれぎれに、ちょうど夢を思い出すようにふいと頭に/浮かぶ、その一片ずつを想像でつなぎ合わせてできあがった夢物語に等しいものではある/まいか。


 母が実家に行った理由は9月29日付(04)の前半に述べたように、祖母の推測で当たっていると思います。「自殺」というのも、幼い孫の要領を得ない話を聞いての解釈としては、おかしくないでしょう。
 しかしながら、梗概に「自殺した」と断定的に書くのは控えないといけないのではないでしょうか。これは祖母の勝手な思い込みに過ぎないので、君子はそれで納得した訳ではないのです。次回検討するつもりですが、10月2日付(07)で触れた、君子が「十年という長い間」旅芸人として各地を歩いた理由は、273頁14行め「諦めかねる母の最後の地を捜しあてて、前後の事情をはっきりと知りたいためであった」のですから、「謎の死を遂げた」くらいにして置くべきでしょう。もちろん、君子がこの家に女中として傭われて後の記述まで進めば、9月29日付(04)の後半に引いた本文*8、「母の死骸が浮いてゐた、と記憶する池の畔」で記憶を甦らせ、母の自殺への疑問からさらに他殺を確信する場面、さらに「君子を祖母のところにまで送りとどけてくれた」老人の息子の、下男の芳夫が、281頁14〜15行め、

‥‥/父は死ぬときに……芳夫はいっそう低い声でことばをつづけた――わしは人を殺した――/みなし子になった君子さんが不憫*9だ――と言ったのです。‥‥

と言っているのですから「自殺」でないことは確定出来ます。やはり「謎の死を遂げた」とするべきなのではないでしょうか。「自殺した」に比べれば山下氏のように「殺された」としてしまった方が良さそうに思えます。
 次回は、細川氏が「因縁譚」としていることについて検討します。(以下続稿)

*1:ルビ「しず」。

*2:ルビ「たそがれ」。

*3:ルビ「かぶ」。

*4:青空文庫は「老人の死骸を」となっています。格助詞「の」を主格を示すと取れば「老人が(母の)死骸を」という意味で通りますが、青空文庫及びその底本である鮎川哲也編『怪奇探偵小説集』の本文について、確認して置かないといけないようです。

*5:ルビ「あるじ」。

*6:ルビ「な」。

*7:ルビ「きわ」。

*8:『山本禾太郎探偵小説選Ⅱ』では275頁14行めから276頁11行め。

*9:ルビ「ふびん」。