瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

幽霊弁士(3)

 昨日の続きで、怪異の内容を並べて見よう。
【A】東雅夫編『昭和の怪談実話ヴィンテージ・コレクション(幽クラシックス)』035頁下段15行め〜036頁上段12行め、「一晩中、「椿姫」のことを口にしていた」佐川は翌朝、冷たくなって発見されるのだが、

 その夜、いよ/\「椿姫」は封切されること/になった。やがて、スクリーンに写し出される/【035下】と、パッと電気が、説明者の名の書いた所につ/いた。「佐川秋水」と、正しく今朝死んだ筈の/佐川の名が出ている。
「佐川!」
 と、観衆の一人から呼び声がかゝると、弁士/はしゃべり出した。
「おや?」と、楽屋の同僚たちは顔見合せた。/まだ誰も行かないのに、しかもきこえる声は、/佐川の声だ!
 しかし、それも数刻のことで、楽屋一同大あ/わてにあわてゝ、早速説明者の名札をとりかえ/て、係りの弁士を舞台へ上げた。


 さらに036頁上段13行め〜下段1行め、「係りの弁士」が「テーブル」に「半分ほど飲んだらし」い「コップ」があるのを見付ける、という件があるのだが割愛する。

Camille directed directed by Ray C Smallwood, 1921 with Alla Nazimova and Rudolph Valentino
 英語字幕のみで日本語はないが当該映画をYouTubeから貼って置く*1時間が随分長いが、同じ物が何故か2本連続しているので、実際はこの半分である。
【B】正岡容『艶色落語講談鑑賞』356頁14〜16行め、

‥‥、スクリーンの横の説明者の名前をだすメ/クリの紙に、一瞬、すツとその弁士の名がでてすぐ消えた。丁どその時刻に彼は血を吐いて死んで/ゐた‥‥


【C】朧月夜「話のコレクション2015/12/19「幽霊弁士
 「だが、ちょうどその時、鶯清次郎は、息を引き取っていたのだった。」と云うオチなのだが、説明があっさりし過ぎていて、少々疑問がある。
 まず「ある日、彼は、自宅で心臓麻痺になり倒れてしまった。」と云うのだが、心臓麻痺ならば当時はAEDもなかった訳だし、恐らく即死だろう。「自宅で」と云うことは出勤前、上映時間よりもかなり前に「息を引き取っていた」ことになろう。だとすれば【A】で描写される「名古屋の今春館」のように、同僚が交替で代役を務めることになっていたはずである。
 そうでないなら、観客が「壇上で解説する鶯清次郎の声を、確かに聞いた」だけでなく、同僚たちも鶯清次郎の幽霊が出勤するところを見、そして任せたという段取りになるだろう。肺病であったとする【A】【B】と異なり、鶯清次郎は急死なのだから、幽霊が現れて何食わぬ顔で弁士を務めたとして、――とても出勤出来るような身体でないのに……などと云う疑いを持たれる心配もない。
 だとすると「ちょうどその時」と云うのがおかしいように思うのだ。千秋楽も鶯清次郎が弁士を務めて、ところが上映が終わったのに楽屋に戻って来ない。とにかく活動小屋の周辺を探して見るがどこにもいない。そういえば今日の鶯清次郎は何だか何時もと様子が違ったぞ、と云う話になり、それじゃ上映中に具合が悪くなって説明だけは最後まで無事に務めたけれどもその後楽屋にも寄らずに帰ってしまったのじゃないか、と考えて自宅を訪ねて見たら大分前に死んでいたらしき遺体を見付け、そして実はあれは幽霊だったのだと気付く。状況から、どうやら千秋楽の弁士を務めるべく自宅を出る「ちょうどその」直前に死んだらしいことが、察せられた、――のようでないと「心臓麻痺」等の急死とした場合、辻褄が合わなくなるのではないか。……まぁ幽霊の話に辻褄も何もないのだけれども。
 それはともかく、小説風の【A】、よく考えて見ると話が長くなってしまう【C】に比べて、【B】は「メクリ」に一瞬名前が見えただけで、随分控え目である。幽霊が声を聞かせることもない。
 どれが本当らしいか、と詮索しても余り意味はないとは思うが、念のため「椿姫」の名古屋及び京都での封切と封切館くらいは、調べて置こうかと思ったのである。(以下続稿)

*1:2020年3月2日追記】当初貼付していた次の動画がリンク切れになっていたので貼り直した。そしてこの段落の後半を見せ消ちにした。