瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

高梨みどり『Order-made』(1)

 私がまだ院生だった頃、学会発表のための資料調査で、名古屋に泊り掛けで出掛けたことがあった。
 私は高校では山岳部だったので、汚い夜具で寝ることも大して苦にならない。院生時代の私は、大阪では堂山町の裏通りにあった床の傾いた和風の旅館を定宿にしていた。蒲団に御飯粒がついているような旅館だったが、あれは宿泊者が寝ながら食べた御飯が零れて張り付いたのではなくて、余った御飯を使って糊付けしていたのかも知れぬ。流石にもうなくなっているだろうと検索してみると、今でも当時の外見のまま健在であったので吃驚した。確か南京錠を掛けて外出するような按配で、他に宿泊している人もいるようだったが、静かなものだった。食事場所には困らないから素泊まりで、機会があればもう1度くらい泊まって見たい気もする。しかしそれも10年以上前で、院生でなくなってからは大阪で泊まることがあっても大浴場の快適さに奢って大東洋に泊まるようになったのである。
 名古屋でも同様に、駅の近くなのに素泊まりで2000円台の「ホテル」を定宿にしていた。今、名前が思い出せないが、そんな安さでも「○○ホテル」と名乗っていた。通りから見ると鉛筆のように細いビルで、奥に細長かった。一応個室なのだけれども、壁の上の方に四角く穴が開けてあって、テレビがあったような気がするのだが隣室に音が漏れるに決まっているのでテレビも見ずに、何もせずに寝た。3000円台の部屋だと壁が塞がっているらしいのだが、そっちに泊まったことはない。大阪の旅館の風呂のことは全く覚えていないが、この名古屋の「ホテル」の風呂場のことはよく覚えている。1階の奥にあって5人くらい余裕をもって入れそうな広い浴槽で、あまり人もいなかったのだが、あるとき私が湯船に浸かっていると、腕が紺色に見える頭にちりちりのパーマを掛けたまだ30くらいかと見える男が入って来たのである。刺青である。私は近眼で眼鏡を外しても歩けるけれども文字や輪郭ははっきりしなくなる。だからこの男性の顔や刺青の紋様はよく分からなかったが、芭蕉ではないが―― 一つ湯に刺青と入れり萩と月、みたいな按配であった。入口に小柄な御婆さんがずっと座っていて、何度か泊まったがこの御婆さん以外の従業員を見た記憶がない。
 ここは一昨年愛知県に調査に出掛けた際に、地方都市では安宿もあるまいと思って、私は旅先では極端に早寝早起きになって朝など宿でゆっくりしていられないので、夕方に調査を終えて名古屋に移動して泊まって、翌朝早くにまた地方都市に戻って再度調査して、それから帰京しようと考えて*1、例の「ホテル」をネットで探してみたがヒットしなかった。それで名古屋市内の別の駅前のカプセルホテルに泊まって、案の定朝早く目が覚めて、駅に行ってみたらまだシャッターが下りていた。――今、地図検索してみるに、どうも、同じ建物はまだ残っていて、ちょっと如何わしいテナントが入居しているようである。2軒同じような建物が並んでいるので、カラオケの入っているビルの方かキャバクラの入っているビルの方が判断出来ない。当時かなり高齢に見えたから、あの御婆さんが死んで、廃業したのであろうか。
 さて、そのときも私は、早々に「ホテル」を退出して、調査先が開館するまで時間を潰す必要があったので、名古屋鉄道東大手駅まで歩いたのである。私は地形図を手に地上を歩くのが好きなので、景色の見えない地下鉄は余り好きではない。瀬戸線は始点の栄町駅から東大手駅の少し先まで地下を走っているので、ちょうど地上に出る辺りから乗ろうと思ったのである。そして、どこか途中で喫茶店を見付けて、名古屋名物のモーニングサービスで朝食を済まそうと云う算段であった。

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 こんなことを思い出したのは、先日、図書館で次のCDを見付けて借りたからである。
千住明『NHK ドラマ ダブルスコア』COCQ-83874

 NHK 連続ドラマ「結婚のカタチ」(2004年10月4日〜全24回)から13曲、NHK 月曜ドラマシリーズ「オーダーメイド〜幸せ色の紳士服店〜」(2004年11月29日〜全5回)から16曲*2の計29曲が収録されている。(以下続稿)

*1:こう書くとその地方都市から名古屋までの交通費はどうなのか、と思われるかも知れないが、恥ずかしながら齢44(数えで四十五)にして、青春18きっぷで往復したのである。或いは新幹線で日帰りの方が、結局は安上がりだったかも知れないが。

*2:6月17日追記6月6日付「壺井栄『二十四の瞳』の文庫本(15)」に添えたように、テーマ曲が6月6日放映のNHKの番組「サラメシ」で使用されていた。