瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

新海誠『君の名は。』(1)

 私はファンタジーのような、現実離れした設定に合わせることを要求する小説や映画が苦手で、ジブリ映画や指輪物語スター・ウォーズハリー・ポッターは敬遠して過ごして来た。2015年4月11日付「山岸凉子『妖精王』(2)」に述べたようにゲームブックや漫画は、数は多くないが読んでいるのだけれども。ついでに当時貼付出来なかった『地獄の館』の書影を示して置く。

地獄の館?ファイティング・ファンタジー (10)

地獄の館?ファイティング・ファンタジー (10)

 尤もこれは、ゲームブックなのだけれどもレビューに書かれているようにファンタジーではなくホラーである。私はホラーは、2016年9月30日付「関西テレビ『学校の怪談』(1)」等に述べたように笑いながら見る。作り事めくと白けるので、長篇の映画等は見る気がしない。
 それはともかく、アニメ映画と云うとどうしてもジブリ映画と同じような感じがして、どうも見ようと云う気が起こらない。喰わず嫌いである。それで一昨年大ヒットした映画のうち庵野秀明監督『シン・ゴジラ』は、2017年8月13日付「本多猪四郎監督『ゴジラ』(1)」に述べたように昨年7月に新・文芸坐で見たが、もう1つ、新海誠監督『君の名は。』の方は見ないままであった。
 わざわざ借りてまで見たいとは思わなかったので、先日の地上波初放送を見ることにしたのである。
新海誠監督『君の名は。平成28年(2016)8月26日公開 正直、何故あれほどヒットしたのか分からなかった。今、確認のために色々検索して見るに、『シン・ゴジラ』はキネマ旬報第90回(2016年度)の、日本映画ベスト・テン、読者選出日本映画ベスト・テンとも第2位なのだが、『君の名は。』は読者選出の方は第4位だけれどもベスト・テンでは圏外であった。
 このことは当時そこそこ騒がれていたように思うが、興味がなかったので関連記事を見ることもなかったのだが、今、圏外だったことを解説した当時の記事を見るに、審査員の傾向を理由に挙げている。確かにそれも影響したかも知れないが、やはり「ベスト」に挙げるべき作品だとは思えないのである。他の映画を殆ど見ていないから私には順位は付けられないが。
 男女入替りは山中恒おれがあいつであいつがおれで』の映画化『転校生』で見たことがあるし、ラストの好き合った者同士がその記憶を失って擦れ違う、と云う展開は同じ大林宣彦監督の映画『時をかける少女』みたいだ。
 そして『時をかける少女』で(映画版では、未来から来た野郎がヒロインの心を奪って、将来を変えてしまっているのだが)未来から過去を変えてはいけないと云う刷り込みをされたせいか、500人の町民とともに死亡したはずのヒロインを生かすと云う展開に、どうも抵抗があるのである。ならばヒロインの名前が名簿に載っている隕石災害報告書のようなものを見たのは何だったのか、とも思う。最終的に避難出来たと云うことになったのなら、あのような名簿が存在したこともおかしいのではないか、と思ってしまうのだが、しかし作品の中では、作者があぁ云うことにしたら、それが正しいので仕方がないのだけれども、どうも腑に落ちないのである。
 ヒロインが巫女だから、その特殊な能力で主人公の男子を時空を超えて選定出来た、と云うことになるのかも知れないが、こうなると正直、何でもありじゃねぇか、と云う気分にさせられる。いや、そこまで神通力があるのなら、隕石があそこに落ちないようにするとか、そんなことも出来そうじゃないか、と思えてしまうのだけれども。
 まぁ、それもこれも含めて、作品の中のことは作品に書かれた通りにしかならない、と思って無理に納得するしかない。道具立てが使い古されていることに対する批判が多いようだが、上手く作れば良いので使い回し自体が非難に値するとは思わない。既視感を覚えさせてしまったことがこの作品の問題なのだが、しかしそれは既に視たものがあるから感じるので、それがない(もしくは、同じ趣向でももっと安易なそれしか見ていない)若者には通じない批判である。一種の世代間断絶で、まぁ、どうしようもない。だから私は、もっと問題があると思われる点に突っ込んで置こう。
君の名は。 (角川つばさ文庫)

君の名は。 (角川つばさ文庫)

 小説版を読めば、説明されているのかも知れないが。(以下続稿)