瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(42)

小松和彦監修『日本怪異妖怪大事典』(2)
 昨日の続きで、堤邦彦執筆「ゆうれい【幽霊】」項から、この系統の話に関連する解説文を抜いて置きましょう。
 堤氏は、582頁上段19〜21行め「今日の民俗社会で語られる幽/霊話」のルーツとして、まづ「説教僧の説きひろめた死者鎮魂の/儀礼や説話」について、582頁中段2行め〜583頁上段21行めまで、具体例にそって検証しています。続いて上段22〜23行め「 一方、今日の幽霊話のルーツに江戸怪談/の影響が見え隠れする点も見逃せない。‥【上段】‥」として、下段17行めまで検討しているのですが、この系統の話について最初に、上段23行め〜中段11行め、

‥‥。た【上段】とえば妻を死なせた浦賀の職人が亡霊と/一緒に旅をする話(『民俗学』五巻一〇、事例⑧)は、井原西鶴の『万の文反古*1』巻/五の二「二膳居る旅の面影」の民談化であ/ろう。もともと中国の因果応報談(明代『迪吉録』)*2を原点とし、浅井了意の『堪忍記』/に翻訳されたのを皮切りに西鶴小説を経て/岡本綺堂「木曽の旅人」にいたる息の長い/説話の流れが知られている。逃亡した殺人/者につきまとう犠牲者の亡霊と、一膳多い/夕飯の怪を語る怪談文芸の名作である。‥/‥

とあって、昨日引いた事例⑨には言及していませんが、「木曾の旅人」に類似する話として挙げていることが察せられます。――『迪吉録』から『堪忍記』そして『万の文反古』と云う系列は、「逃亡した殺人者につきまとう犠牲者の亡霊」と云う点では「木曾の旅人」に同じですが、「木曾の旅人」(及び「蓮華温泉の怪話」)が「一膳多い夕飯の怪」とはなっていないことは、2011年1月2日付(01)に検討しました。ちなみにお茶やお冷やが1杯多いと云うパターンは、松谷みよ子『あの世からのことづて』の「五人目の客」や、2016年11月23日付「鉄道人身事故の怪異(14)」に取り上げたTBSラジオミステリーゾーン」体験実話シリーズ「水をくれ」のオチにもなっていたように、現代でも(殺人と云う前段を必ずしも伴わずに)語られているのですが、「おんぶ幽霊」と云う名前にすると零れ落ちてしまいます*3。私がこの命名に賛成しがたいと思うのは、この命名により限定される範囲が十分類話をカバーしていないことにあります。さもなければ差当り「蓮華温泉の怪話」系統の話には別の名称を与えるなど、もっと細かく命名して細分化しないといけないはずです。しかしながら、そんな細切れに命名することに何程の意義があるだろう、と私は思うのです。
 それはともかく、堤氏が『万の文反古』の民譚化とする事例⑧も引いて置きましょう。これも「怪異・妖怪伝承データベース」に「番号 2260259|幽霊|ユウレイ」として出ており、昭和8年(1933)11月5日発行の「民俗学」5巻10号(民俗学会)55〜62頁に掲載された、太刀川総司郎「三浦三崎の「でつと」その他」に出ていたことが分かります(58頁)。事典の本文に、データベースとの異同箇所は灰色太字にして示し、データベースでの形は注に示しました*4

⑧[神奈川県浦賀町(現・横須賀市)]浦賀の寿司職人が遊女に*5夢中に/なった。*6女房は遊女を恨んで自殺する*7。|そ/れから、毎夜、遊女*8寝ている部屋の障子/に髪の毛をサラサラあてるものが|あった。/男も気味悪がり、発心して札所巡りに出た/が、宿で必ず「お二人さま*9」|と呼ばれた。/ついに龍本寺に入り*10一生を終えた*11という/(『民俗学』五(一〇)、昭八、五八)


 これは発心譚で「説教僧の‥‥説話」みたいです。データベースにもっと良い例がなかったのか、それとも報告時期が早いのを買ったのか、或いは却って、本筋以外の夾雑物の方をこの際ついでに示して置きたかったのか。――男が遊女と絶縁しないでいるうちは遊女の許で怪異を為し、男が遊女から離れてからは男に付きまとったと云うことになりましょう。ところで「神奈川県浦賀町」はデータベースのままですが、「三浦郡」を補うべきです。(以下続稿)

*1:ルビ「よろず・ふみほうぐ」。

*2:ルビ「てききつろく」。

*3:別の項目に載っているのかどうか、索引なども参照しながら『日本現代怪異事典』をざっと引いて見た限りでは、検出出来なかった。

*4:2019年9月15日追記8月28日付(45)に取り上げた堤氏の論考「「幽霊」の古層」の引用(199頁11~14行め)の改行箇所「|」を追加した。データベースとほぼ同文で、異同は「横須賀の龍本寺」となっていること。

*5:データベースは「ひとりの遊女になる職人が」となっているが「なる」は「ある」であろう。【2019年9月15日追記】「「幽霊」の古層」は「ある」。

*6:データベースはここに「職人の」とあり。

*7:データベース「した」。

*8:データベース「が」。

*9:データベース「様」。

*10:データベースはここに読点「、」あり。

*11:データベース「終わった」。