瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(46)

堤邦彦「「幽霊」の古層」(2)
 昨日の続きで、「二 江戸怪談の影響力」の章の3節め「亡霊と旅する男*1について、細かく見て置きましょう。197頁29〜31行め、

 文芸から口碑への変遷という視点から、今ひとつの事例に目を向けてみたい。第/二の話は山村民俗の会編*2『あしなか』224号(1992年2月)所収の長野県の山岳奇/談である(データベース番号0030430)。

と前置きして、前後を1行分ずつ空け、2字下げで4行、197頁32行め〜198頁2行め、要約を引用しますが、これはデータベースと同文で、8月24日付(41)に引いた『日本怪異妖怪大事典』とは小異があります。
 そして198頁3〜8行め、

 逃亡した犯人の後ろに殺された女が常につきまとっている。『あしなか』の本文/によれば、この奇聞は「白馬岳のふところに抱かれた蓮華温泉」での出来事だとい/う。ほぼ同内容の話が、杉村顕道の『怪奇伝説 信州百物語』(1934年)に「蓮華/温泉の怪話」と題して収録されており、昭和初期の北信地方に伝承圏をひろげてい/たことがわかる。顕道版では、紳士が巡査に捕らわれたあとに、子供の口から真相/が明かされる様子をこと細かにつづるのであった。

として、前後を1行分ずつ空け、2字下げで9〜18行めに「蓮華温泉の怪話」の一節、8月12日付(31)に引いた東雅夫編『山怪怪談実話』で位置を示せば二〇四頁11行めから二〇五頁3行めまでを引用します。但し堤氏の引用には二〇四頁14行めの主人の台詞が脱落しています。
 さて、この引用に続いて、198頁19〜21行め、

 顕道の筆は迫真の描写力をもって蓮華温泉の怪談を再現しており、『あしなか』/の素朴な聞き書きに比べると、はるかに小説虚構の色彩のみなぎる話柄に変遷して/いるのがわかる。

とコメントしているのですが、少々戸惑います。
 データベースの話例を先に示したのは、昨日引いた「一」章の最後にもあったように(『日本怪異妖怪大事典』と同様)データベースを活用して検討すると云う建前であったからです。
 平成4年(1992)の「あしなか」に発表された奇聞は、昭和9年(1934)刊『信州百物語』に同内容の話が収録されていることからして、既に「昭和初期の北信地方に伝承圏をひろげていた」のだけれども、その「昭和初期」のものである『信州百物語』所収の「蓮華温泉の怪話」の方が、著者の「迫真の描写力」によって「小説虚構の色彩のみなぎる話柄に変遷している」のに対し、新しい「あしなか」の方が(山村民俗の会の会報らしく)「素朴な聞き書き」になっている、と云うのです。――しかしながら、「変遷」と云うと時間の経過を伴う移り変わりを意味するでしょうから、「あしなか」の方は100年を経ても「変遷」しなかった(と云うのも変ですが、敢えて「変遷」の語を使えばそういう)ことになるのでしょうが、「蓮華温泉の怪話」の、筆者の「描写力」によって「小説虚構の色彩がみなぎ」った、と云うような変化の仕方は、「変遷」とは云わないと思うのです。(以下続稿)

*1:2019年9月14日追記】「2節め」と誤っていたのを訂正した。

*2:なお、202頁13行めに「郷土誌『あしなか』76号(1961年)」と見えるが、「あしなか」は郷土雑誌ではない。