瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(55)

・末広昌雄「山の伝説」(09)
 それでは最後に、9月11日付(52)にて後回しにした結末部分を見ておきましょう。
 「深夜の客」及び「蓮華温泉の怪話」では、仮に【L】男の述懐とした、留置場もしくは処刑直前の犯人の述懐があるのですが「山の宿の怪異」には、対応する内容はありません。
 16頁中段5〜21行め、

 今まで、月の冴えわたっていた天気も急に/変わったのか、さーっと雪の吹きつける音が/し始めた。その上に風さえともなって、本格/的な雪降りに再びなるらしい。こうして、こ/の宿は再び春が来るまで、ただ一人訪問者の/ないまま、静かにこの山中で冬眠に入るので/あった。
 
 こうした妖異な話の残る蓮華温泉は、標高/一四六〇メートルの山腹にある素朴な山の湯/で、歴史は古く戦国時代の開湯である。源泉/帯は宿舎の裏山にあって、七種の泉質をもつ/湯が湧いている。大糸線の平岩駅から夏はバ/スで約二時間、後は徒歩で三十分ばかりであ/る。シーズン中には温泉まで行くが、シーズ/ン以外はバスの便も不便であり、今も秘湯と/言える山の湯の一つでもあるが、近頃は雪の/時期以外は湯治客も多い。


 この書き方だと年中無休のように読めます。露天風呂だから冬季休業期間でも入れるのかも知れませんが。
 続いてもう1話、16頁中段22行めから「山の神の伝説」ですが、こちらは実に簡潔で、鍵括弧は山の神の2回の発言に限られ、会話もありません。国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」には「番号 0030431/呼称 山の神」として収録されています。同じ話はWikipedia「小玉鼠 (妖怪)」項に見えますが、出典は末広昌雄「山の伝説」よりも後のものです*1
 ついでにこの話についても、冒頭を見て置きましょう。16頁中段23行め〜下段4行め、

 次にもう一つ、昭和三十年代に残雪の東北/の山々を歩いた時に、珍しい山の神の伝説を【中段】聞いたことを、記しておこう、
 秋田県北秋田郡荒瀬村(当時)は、秋田県でも/有数の山郷で、村の大部分は狩猟や山仕事で/暮らしをたてている所であった。


 荒瀬村は昭和12年(1937)9月に大阿仁村に改称しており、昭和30年(1955)4月に阿仁合町と合併して阿仁町になっていますから、昭和30年代からすると2つ前の名称で呼んでいることになります*2
 なお、17頁上段左に北陸本線の「JR糸魚川駅」から、「JR平岩駅」「白馬大池駅」を経て「白馬駅」までの大糸線*3と、平岩駅から「ヒワ平」を経て「蓮華温泉」までの道路等を描いた略地図がありますが、これは14頁中段右の、五能線の分岐する「JR能代」から「JR鷹巣」周辺の奥羽本線と、鷹巣駅から実線に枕木を渡したような線で「荒瀬」駅を経て「比立内」までの私鉄線、秋田内陸縦貫鉄道の秋田内陸北線が描かれている略地図と差し替えるべきです。
 なお、秋田内陸北線は省線国鉄阿仁合線として昭和11年(1936)9月に阿仁合駅まで開業、昭和38年(1963)10月*4に比立内まで延伸してこのときに荒瀬駅も開業しています。そして昭和61年(1986)11月に秋田内陸縦貫鉄道に移管され、平成元年(1989)4月に秋田内陸南線(旧・国鉄角館線)との間が「縦貫」開通して秋田内陸線となりました。
 さて、この話は17頁下段2行めまでで、1行分空けて最後に全体の纏め、3〜5行め、

 最近、古い山日記を整理していると、いろ/いろと山に関わる珍しい、あるいは不思議な/記録にぶつかる。これらもその一つである。


 そして6行めは下寄せでやや小さく「(筆者・藤沢市打戻■■■■)」と住所が添えてあります。
 この、締め括りの段落は、副題「――古い山日記より」と照応している訳ですが、「山の神の伝説」は、大雑把ですが何時、何処で聞いたのか示してあるのに(出来れば何年何月にどんな人から聞いたかまで示して欲しいところですが)「山の宿の怪異」にはそういう情報が全くありません。――「サンデー毎日」を直接写したとは思えませんが、どのような経路で「山日記」に書きとどめられたのか、もう少し情報が欲しいところです*5。(以下続稿)

*1:山の神の伝説」には鼠の名称「コダマ鼠」が示されていますが、「怪異・妖怪伝承データベース」の要約にはこの名称が出て来ません。やはり字数で縛る要約にはいろいろ問題があると云わざるを得ないようです。

*2:下段2行め、地名の行の字数が多いのは、校正段階で修正があったのかも知れません。

*3:二重線になっていますが、北陸本線と同じく白黒交互に塗られた線にするべきです。

*4:【12月5日追記】「昭和36年(1961)10月」と誤っていたのを訂正。

*5:背景に頓着せずにメモしてあったのだとすれば、やはり初めから使用に堪える記録ではなかった、と云うことになりましょう。