・宮田登の赤マント(4)江戸東京フォーラム④
小木新造 編『江戸東京を読む』を眺めていると、若い頃のことが色々思い出されます。奥付の裏に「◆ちくまライブラリー◆/江戸東京を知るための本」として12点の目録*1、うち関係者の名が見えるのは1点め小木新造『江戸東京学事始め』と11点め陣内秀信『東京キーワード図鑑』そして2点めの鈴木理生『幻の江戸百年』、これには「◆家康入府後の知られざる百年間を復元する」との紹介文が標題の上に添えてあります。そしてこれこそが、私の修士課程のとき最も愛読した本だったのです。当ブログに何回か書いたように私は高校時代山岳部で、いやそれ以前から父の影響で地形図を読んで歩いていましたから、鈴木氏の地形や地質を根拠にした説明に非常に説得力を感じたのです。この本はその後、『江戸はこうして造られた』と改題されてちくま学芸文庫に収まりましたが、私にはちくまライブラリー版の、謎めいて刺激的な『幻の江戸百年』の方がしっくり来るのです。夏に、千代田図書館主催の鈴木氏の講座があって、5回ほどでしたろうか、鈴木氏の謦咳に接し、神田川や九段坂、内堀などを見て歩いたり、――と云って、もうはっきり思い出せないのですが、何だか、遙か遠く、そして懐かしい記憶となって、あの明るかった初夏の千代田図書館の書架とともにぼんやりと私の心の奥底に残っておるのです。
それはともかくとして、『江戸東京を読む』の最後、二七七~二九四頁に収録されている宮田登「都市の語り出す物語」について、確認して置きましょう。
二七七頁4~8行めに宮田氏の紹介文。以下、節の頭の位置を見て置きましょう。整理のために仮に番号を附して置きました。【1】二七七頁9行め「◆都市の終末」、【2】二七八頁11行め「◆鯰とゴジラ」、【3】二八〇頁5行め「◆消えるヒッチハイカー」、【4】二八一頁12行め「◆日本の都市伝説」、【5】二八三頁7行め「◆池袋の女」、【6】二八四頁14行め「◆阿部定と赤マント」、【7】二八六頁9行め「◆「口裂け女」の発生と消滅」、【8】二八七頁17行め「◆番町皿屋敷」本文は以上8節で二九〇頁6行めまで、ここで縦線で区切って以下2段組で討論(座談会)、ここも節が立てられていて、二九〇頁上段1行め「◆都市の民族は成立するか?」二九一頁下段9行め「◆マス・メディアとフォークロア」二九三頁上段3行め「◆江戸のネットワーク」二九三頁下段13行め「◆現代社会と都市の周縁」の4節。
宮田氏が生前、著書に再録しなかった文章は、宮田氏の歿後『宮田 登 日本を語る』全16巻(吉川弘文館)に纏められました。
・宮田 登 日本を語る 9『都市の民俗学』二〇〇六年(平成十八)十月十日 第一刷発行・定価2,600円・10+226頁・四六判*2
- 作者:宮田 登
- 発売日: 2006/10/01
- メディア: 単行本
この「都市の語り出す物語」のうち何節かが、宮田氏の生前に次の本に組み込まれています。いえ、他の節も色々な形で転用されたりしているのでしょうけれども、宮田氏の読者ではない私には余り知識がありませんので、全体の確認はしないで置きます。
・歴史文化ライブラリー2『歴史と民俗のあいだ 海と都市の視点から』一九九六年一一月一〇日 第一刷発行・定価1,700円・吉川弘文館・四六判並製本
歴史と民俗のあいだ―海と都市の視点から (歴史文化ライブラリー)
- 作者:宮田 登
- メディア: 単行本
なお、本書のベースには、構想全体として「日本民俗論――海からの視点――」(岩波講座/『日本通史』一、一九九三年)がある。これを軸にして「黒潮の民俗文化」(『海と列島文化』/七、小学館、一九九〇年)、「国境の民俗文化」(『海と列島文化』三、小学館、一九九一年)、/「都市民俗学からみた鯰信仰」(『鯰絵――震災と日本文化――』里文出版、一九九四年)などから/再構成し直した。それぞれは、本書の主題に合わせて改稿した部分が多いことをお断りし/ておきたい。また都市論については、これまでもあちこちで発表した部分が重複している/点をお許しいただければ幸いである。
『江戸東京を読む』には触れていません。『鯰絵』は、赤マントには触れていないだろうと思ってまだ見ていないのですが、念のため、年明けにでも確認することとしましょう。「都市論」関係は全部で5章に分かれているうちの4章め、97~142頁「海から都市へ」と、5章め、143~195頁「都市民俗の視点」の2章が充てられております。4章め1節め、98~109頁「海の彼方からの大鯰」は文献や民俗資料から日本人の鯰観を確認したもので、2節め、110~142頁「都市の崩壊」から都市論となります。
3項め、115頁8行め~117頁5行め「異国の大鯰と福神」が「都市の語り出す物語」の【2】「鯰とゴジラ」に当たります。1項め、110頁2行め~113頁13行め「江戸の鯰信仰」、2項め、113頁13行め~115頁7行め「都市の鯰」は資料を増補してその前提を説明した件になります。
そして4項め、117頁6行め~118頁13行め「都市の終末」は【1】「都市の終末」ほぼそのまま、5項め、118頁14行め~121頁10行め「都市の伝説」も【4】「日本の都市伝説」を、二八一頁13行め「重信幸彦氏」の紹介する話について、118頁14行め「重信幸彦が「食卓の向こう側に」(『民話と文学』二〇、一九八八年)の中で」と出典を明示し、一方二八一頁17行め「『女性セブン』という女性週刊誌の記事」が119頁4行め「女性週刊誌の記事」と曖昧化、と云うか一般化されていることが目につきますが、大体同じです。
6項め、121頁11行め~124頁4行め「皿屋敷のフォークロア」は「都市の語り出す物語」の纏めを兼ねていた【8】「番町皿屋敷」をやや簡略にしたもので、7項め、124頁5行め~127頁13行め「皿屋敷とお菊」は地誌や民俗資料による追補です。128~142頁、8~12項めは「都市の語り出す物語」では触れていなかった、化物屋敷や「女殺し」について述べてありますので詳細には及ばずに置きましょう。
169~185頁、5章め4節めは「都市の語りだす物語」と題しているのですが『江戸東京を読む』の「都市の語り出す物語」とは全くと云って良いくらい重なっておりません。6節中4節め、175~178頁12行め「池袋の怪異譚」は、175頁5行め「しばしばとり上げられる池袋の女の話もあるが」として、敢えて【5】「池袋の女」ではない別の話を取り上げております。宮田氏は同じ材料を使い回すことが多かったようで「池袋の女」は別に取り上げたものがあったと思うのですが、これは確認次第追記することとしましょう。
186~195頁、5章め5節め「都市生活者への心意」の1項めが、186頁2行め~189頁2行め「阿部定と赤マント」で、【6】「阿部定と赤マント」とは最後の段落が違っているくらいで、内容はほぼ重なっています。
すなわち「都市の語り出す物語」の【3】「消えるヒッチハイカー」【5】「池袋の女」そして【7】「「口裂け女」の発生と消滅」の3節が取られていませんが、5節が順序を変えたり一部書き換えたりして再利用されているのです。(以下続稿)