研究者には色々なタイプがあって、所謂大家と呼ばれるような人の中にも、研究成果を中々発表しない人もいれば、自らの判断尺度を公式のように使って、何くれと口出しするような人もいる。
私には若い頃の宮田登(1936.10.14~2000.2.10)についての知識がないが、大家になってしまった後の宮田氏は典型的な後者のタイプであったように思う。2020年12月23日付(310)及び2020年12月24日付(311)に指摘したように思い付きを論証せずに述べてしまう。当時は査読など余り行われていなかったし、あったとしても大家の著述にそんなに細かいチェックは入らなかったであろう(入っていたのだとすれば、別の問題として指摘しないといけなくなりますが)。そして、民俗学界の大家として色々な研究のプロジェクト(研究会・シンポジウム・講演会・論集出版)に参加して、しかし一々目新しい材料がある訳でもないし、招いた側もそれを期待している訳ではない。宮田登の、大家としての見識みたいなものを入れたいので、もちろん、新しい事例による説明があればそれに越したことはないだろうが、似たような内容の話の繰り返しでも構わなかったのであろう。いや、宮田氏も新しい事例を入れようと努めているのだが、赤マントや自殺の名所にしても、自分の理屈に合う事例かじっくり検討して取り上げたのではなく、性急・拙速に当て嵌めようとしていて、無理がある(しかし誰もそのことを指摘してくれない)ようにしか見えない。その意味で、僭越ながら私は、晩年の宮田氏を傷ましく思う。いや、歿後、単行本未収録の論文・エッセイ・講演などを纏めた吉川弘文館『宮田 登 日本を語る』全16巻の、各巻の奥付裏の「刊行の/ことば」10~13行め、
また、先生は民俗学のあるべき姿勢・役割、民俗の捉え方など、求めに応/じてさまざまな新聞・雑誌に文章を寄せ、多くの人びとにやさしい言葉で語/られています。ここに先生のお仕事の本領が見られるといっても過言ではあ/りません。
とあるように、当人はそのことを承知で、むしろ積極的に啓蒙活動に精を出していたので、それも学者の在り方としておかしくはない。
ただ、しかるべき批判はなされるべきであろう。しかしながら、2020年12月24日付(311)の最後に述べたように『宮田 登 日本を語る』には、このような視点が認められない。かつ、編集にも問題があるようである。
今回は1つ例を挙げて、宮田氏ではなく『宮田 登 日本を語る』の編集委員及び版元に対して、批判を加えて置きたい。
・宮田 登 日本を語る 13『妖怪と伝説』二〇〇七年(平成十九)二月十日 第一刷発行・定価2,600円・12+228頁・四六判
- 作者:宮田 登
- 発売日: 2007/02/01
- メディア: 単行本
しかし作品社『日本の名随筆』は、シリーズ名からも明らかなように既に発表された随筆の中から編者が選んで纏めたものだから、そもそも「出典」となるべき性質のものではないはずである。
しかし、或いは後藤明生(1932.4.4~1999.8.2)から『日本の名随筆』への収録を打診された際に、宮田氏が書き直して新稿として提出したのかも知れないと思って、確認して見た。
・日本の名随筆95『噂』一九九〇年九月二〇日第一刷印刷・一九九〇年九月二五日第一刷発行・245頁・四六判 この本については、前々から本格的に取り上げようと思って、図書館で目にする度に借りて、たまに眺めているのだがそのままになっていた。
それはともかく、編者含め28人28編収録されるうち24番め、190~195頁が宮田登「池袋の女」である。
236~237頁、後藤明生「あとがき」に続いて、238~245頁、「執筆者紹介・噂随筆ブックガイド」があり2段組、「一、執筆者紹介(▽は本書収録作品出典) 収録順」が242頁下段13行めまで、以下は「二、本書に収録しなかった著者の噂や伝説にまつわる随筆・/ エッセイその他単行本 五十音順」で245頁上段まで、下段は余白。▽は下向き。
宮田氏は「執筆者紹介」の24人め、241頁下段18~25行めに、
宮田 登(みやた・のぼる)
一九三六年生まれ 民俗学者
神奈川県生まれ。筑波大学教授。山岳信仰の研究からしだ/ いに都市民俗学の研究に進んだ。斯界の第一人者の一人。/ 『都市民俗論の課題』『ミロク信仰の研究』『終末論の民俗/ 学』『妖怪の民俗学』などの著書があるが、とくに最後の二/ 冊で現代の民俗学の面白さを知ったという読者は多い。
▽『ヒメの民俗学』一九八七・七 青土社
と見えている。
・『ヒメの民俗学』青土社
・新装版『ヒメの民俗学』青土社
- 作者:宮田 登
- メディア: 文庫
すなわち「池袋の女」は『ヒメの民俗学』の一部を取り出したものであり、『宮田 登 日本を語る』の「刊行の/ことば」17~18行め、「‥‥。先生の著書は、現在でも入手しやすいものが/多くこれを除外し、‥‥」とあるのに該当する。すなわち、日本の名随筆95『噂』が明示している「出典」を確認せずに、『宮田 登 日本を語る』刊行の数年前に文庫本にもなった『ヒメの民俗学』の、それも一部を切り取ったものであることに気付かずに収録してしまったのである。『宮田 登 日本を語る』は毎月の刊行で余裕がなかったのかも知れないが、このような最低限の確認もせずに編まれていることは、当然、内容の吟味も、余りなされていないであろうことを示唆していようと云うものである。(以下続稿)