瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

道了堂(53)

・馬場喜信『八王子片倉台の地誌』(2)
 (初版と恐らく同内容の)再版と、追補版の比較の続き。今回は再版を中心に述べる。
 3~55頁「⒈」から「21.」までは同じ。但し所々に挿入される写真が、再版は非常に鮮明であったのが、追補版はかなりぼやけている。よく見ると追補版の写真の周囲は0.1~0.2cm程、薄い灰色で縁取られている。――どうも、追補版制作に当たって、図版は初版(もしくは再版)の図版を切り抜いて利用したらしく思われるのである。
 8~9頁の間に目次等に示されていない原図手書きの概念図「多摩山系・水系片倉台位置」が織り込まれているが、その折り方(右がノド)が再版は「/\_」であったのが追補版は「_/\」となっている。
再版57~68頁「22.参考文献、そのほか/  ――地域を知る手がかり」≒追補版68~79頁「 参考文献、そのほか/  ――地域を知る手がかり」
 再版56頁(頁付なし)は白紙。再版57頁2行め~58頁2行めが前置きで、59~68頁に「【参考文献】」として丸数字で番号を打って列挙、3~5点ごとに解説を挟む。59頁2行め~66頁「㈠ 武蔵・多摩・八王子」に53点、67頁「㈡ 一 般」に5点、67頁「㈢ 地図のこと」に5点。再版57頁には1行分空けて3行め「 〔付記〕 最近、次の本が刊行された。」として1行分空けて4~6行め「多摩川の野鳥・津戸英守写真集(全3巻の①)」が紹介されている。「立川倶楽部」HP「立川人物事典 -立川に縁のある人物紹介ー」に拠ると津戸英守(1923.10.27~2017.9)は歯科医の傍ら長年多摩川の野鳥を観察し続けた人物で、自費出版の『多摩川の野鳥』は昭和54年(1979)年8月1日発行、後述する「あとがき」の日付よりも後で、初版校正中に57頁の余白に追加したものと思われる。追補版では69頁で7~11行め、

          *
    追補版の機会に、参考文献を補充しようと思いましたが、かえって煩雑に/  なりそうなので断念しました。片倉の名を冠した次の二冊をあげておきます。
    片倉の自然・柴田隆行・かたくら書店
    片倉物語・川幡一郎・日野史談会

とあって余白がなくなっている。
再版69頁「23. 附  表」の扉≒追補版81頁「附  図」の扉。
 再版は前後1頁白紙、追補版は裏のみ白紙。2~4行め、行間を2行分ほど取って3字下げで「⒈ 地形図 (旧)/⒉ 地形図 (新)/⒊ 片倉台より見える山々」とある。括弧は左右から挟む。追補版が図と訂正しているのは妥当である。
 折込図は1図1頁(裏は無視)で勘定されている。頁付なし。
 再版70頁と71頁はノドを上にした地形図の複写で、折り方(右がノド)は「/\_」で左端に余白を作って明朝体横組みのキャプション。
 70頁「2万分の1迅速測図 上・「八王子駅」 下・「橋本村」 (明治15年測量)」
 71頁「2万5,000分の1地形図「八王子」 (昭和50年第2回改測)」
 72頁は再版「\/\/\/\_」と長かったのが追補版は「\/\/\_」に収まるよう縮小されている。上部中央に横組み「▼片倉台より見える山々(数字は標高(m) : △三角点 ●独立標高点 〇等高線より)」▼は右向き、△は中に・がある。題の下に明朝体太字「横浜線片倉駅 東側の高台からの展望図」、標高等の註記の下に小さく「※印は八王子市内または市境線上にある山」と添える。鉛筆書きのパノラマ図で左端の山は「丹沢山」の「三の塔△1205」、右端は埼玉県比企郡小川町の「笠 山●842」。図の下右に「’76.11.21 片倉町××1―×0」住所の下に「馬場喜信」とある。すなわち自宅からの展望である。丹沢山塊の標高は再版・追補版ともに読みづらい。
再版73頁「あ と が き」=追補版85頁「あ と が き」。12行め2字下げ「一九七九年七月二〇日」付。2~3行め、

 この小冊子は、『片倉台自治会だより』の第九号(一九七八年四月)から一〇回にわ/たって掲載していただいた短文をまとめたものです。‥‥

と由来を記す。
 「あとがき」の裏が奥付、再版は下部の囲みに縦組みであったが追補版は横組みになっている。異同は余白だった上部に追補版は著者紹介を入れていること、「印刷者」が再版「コ ン ド ー 印 刷」が追補版「(株)い ず み 印 刷」になっていること。(以下続稿)