瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

米光秀雄・滝沢博・浅井徳正『多摩』(4)

 本書は2月に初めて見て、4月以来、取り敢えず私が借り出せる図書館の蔵書を全て並べて見て、取り上げようと準備をしていたのだが、しかし何のかのとしているうちに期限が来て返却してしまい、返却した後であそこはどうなっていたか、等と気になって来るような按配で、中々記事にすることが出来なかった。道了堂について昭和40年代の文献、すなわち道了堂が堂守老婆殺しから時を経ずして廃墟となったのは経年劣化ではなく意図的な破壊行為に基づくものであることを示唆する文献の一つとして、取り上げる踏ん切りが漸く付いたのである。しかしこの暑さと仕事の忙しさで昨日の記事の後半、『多摩』や『塩舟観音寺』、『多摩を掘る』の紹介文も抜いておきたかったのだが、5月中旬に取ったメモをそのまま使ってしまった。――今月から記事にし始めて以来、広告の紹介文の比較なども行っているから不統一である。今日は1時間早起きして降り出した雨の中、丁度1時間早い電車で出勤して、何だかぼんやりしている。気力が漲っておれば、翌日まで手を入れることにしていると表明している故、今からでも書き入れてしまうのだが、到底そんな元気もないので、昨日の不体裁は、当初はこのくらいのメモで済ませるつもりだったと云う記念(?)にそのままにして、『続多摩』初刷と重刷の奥付裏の目録について、それから『多摩』奥付との異同などを改めて見て置くこととする。
・郷土叢書2『続多摩』(3)
 初刷の時点では「郷土叢書」は2点だけ、近刊予告と合わせて3点だったので、奥付裏の広告ではそれぞれをたっぷりと紹介していた。太い横線(7.8cm)3本で上下に仕切って(6.0cmずつ)、但し下の横線は左がやや太く右に行くにつれて細くなっている。この3本めの横線の下、右寄せで「武蔵書房郷土叢書  」とある。
 上段「郷土叢書1/ 多 摩」と右上にあってこの標題の真下、下寄せで「七〇〇円 」とある。標題の下からこの定価の「七〇」の脇までの左に副題「――風土とその歴史――」、次いで下詰めで「米光秀雄・滝沢博・浅井徳正」とあり、次の行からやや行間が詰まった紹介文。

 『多摩』――実に快い響きをのこす言葉で/ある。かつて先人たちは清冽な多摩川を「玉/川」と美称し、多摩の山河をめぐる風土をこ/よなく愛した。今、ここに多摩に住む著者た/ちが、長年足でかせいだその成果をもって、/ほろび去らんとしている古い道・峠・古城址/などにスポットをあて、あざやかに再現し、/そこに残された民俗・歴史をさぐり、営々と/して多摩に生きる庶民の姿を描き出してい/る。
  B6判・本文三〇〇頁・カバー美装上製本
  定価七〇〇円・送料百円・好評発売中!


 前回見た、重刷のカバー裏表紙折返しにあった紹介文とは末尾が僅かに異なるのみである。
 下段の「郷土文化叢書1/ 塩舟観音寺」は標題の下、下詰めで「武蔵書房編」とある。

 関東の古刹、青梅市塩舟観音寺に蔵する重/要文化財の建造物、都重宝、市重宝指定の彫/刻を全集成。草創縁起から寺史、年中行事ま/でその全貌をさぐる。
  好評発売中 定価三〇〇円


 これは重刷のカバー裏表紙折返しにあった紹介文とは異なっている。私としてはこちらの紹介文の方が見たい気分にさせられる。次いで1行分空けて、「郷土叢書3/ 多摩を掘る」標題の下、下詰めで「七〇〇円」以上定価は副題・著者名よりも僅かに大きいようだ。次に下詰めで「塩野半十郎」、

 多摩に育った著者が、ふと拾った土器片に/より考古学の道に飛び込み、農業のかたわ/ら、独自の縄文文化の夢を追い、土器の復原/発掘にとその話題を追う。 (十一月予定)


 これは刊行後の広告が、7月1日付(1)に見たように『多摩』四刷のカバー裏表紙折返しにある。

 未見だが12月刊行で定価は750円、前回見たように『続多摩』重刷(恐らく初刷も同じ)のカバー裏表紙折返しには「多摩の発掘」とあったから、カバーを(重刷を見越して多めに)刷った後で「多摩を掘る」に改めたもののようである。
 重刷の奥付裏と『多摩』の奥付との比較は次回に回す。(以下続稿)