瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

米光秀雄・滝沢博・浅井徳正『多摩』(1)

・郷土叢書1『多摩』武蔵書房・300頁・B6判上製本*1
・昭和44年10月1日 初刷/昭和45年3月1日 三刷・定価 700円
・昭和44年10月1日 初刷/昭和46年2月1日 四刷・定価 700円
・昭和44年10月1日 初刷/昭和47年8月1日 五刷・定価 700円
 カバーの掛かった三刷と四刷、掛かっていない五刷を見た。
 なお、国立国会図書館では著者の1人を「米花秀雄」と誤っている。
 カバー表紙・背表紙・裏表紙は一致。但し私の見た三刷は背表紙の朱文字が完全に褪色している。
 カバー表紙は全面白黒写真で、下に川幅の広い渓谷、右岸は急斜面で左岸は20mほど登ったところに幅の広い2車線の道路が通じ、電柱や人家も見える。遠景の山の上の狭い空に横組みで「多 摩 風土とその歴史 米 光 秀 雄滝 沢   博浅 井 徳 正〉」やや横長の明朝体太字の標題、黒の明朝体の副題、そしてやや小さく赤の明朝体の著者名。
 カバー背表紙は白地で上部に縦長の明朝体太字で標題、その下に副題と著者名「 風土とその歴史  〈米 光 秀 雄/滝 沢   博/浅 井 徳 正〉」最下部に横並びで「武蔵書房」。
 カバー裏表紙も白地で右上隅に赤の明朝体横組みでやや大きく「〈郷土叢書1〉」右下に同じ大きさの黒の明朝体横組みで「武蔵書房刊」とあり、左下「¥ 700」とある。
 私の見た三刷はカバー折返しをブックコートフィルムに必要な分を残して切除しているため、表紙折返しは表紙写真が 1.2cm 入り込んでいることしか分からない。裏表紙折返しは上部に写真(縦4.0cm)があるが僅か(0.6cm)しか残っていない。塀の前に腰に手を当てて立つ(太腿辺りまで写る)、半袖ワイシャツの男性だと分かるくらいで、塀の後ろは真っ黒で上部に日を受けて光る葉が幾つか見えるのみ。その下に内容紹介があったらしいが最後の1行半しか残っていない。

 宿と街 多摩における近世の主要路に甲州街道‥青梅街道‥‥‥‥‥‥‥の街/道に沿い新宿より八王子宿、また青梅宿さらにその周辺の今昔を追憶批判する。


 1行めの下半分は推読。
 四刷のカバー表紙折返し、文字は全て横組みで最上部から中央やや下まで1行18字の明朝体で23行、24行めに右寄せでやや小さく「(「山と川」より) 」とある。1~22頁「山と川」の章の2節め、9~16頁3行め「 武州御岳山」6節のうちの3節め、11頁7行め~12頁12行め「御岳神社」3段落のうち最初の2段落、12頁7行めまでの引用で見出しの「御岳神社  」は省略されている*2。最下部中央に「カバー写真多摩川と御岳山展望   (青梅市二俣尾付近)」とある。
 四刷のカバー裏表紙折返しもやはり横組みで、最上部に「<武蔵書房郷土叢書>」とあって、1行分空けて中央揃えで「多摩を掘る 塩野半十郎――花と縄文を追って――」とあり、半行分空けて*3

 花づくり・土地改良・考古学など/多摩に生きる七十余年の年輪。「土/の巨人」の全貌を綴る感動の記録。/半世紀にわたる発掘歴を中心に、豊/かな生活体験とユニークな発想は,/真の縄文世界を復原する。
  定価 750円・好評発売中


 2行弱空けて「〈多 摩多 摩〉(〈風 土 と/その歴史〉)〈米光秀雄/滝沢 博/浅井徳正〉」とあって半行分空けて、

 「多摩」――実に快い響きをのこ/す言葉である。かつて先人たちは清/冽な多摩川を「玉川」と美称し,多/摩の山河をめぐる風土をこよなく愛/した。今,ここに多摩に住む著者た/ちが長年足でかせいだその成果を,/前編に古道・古城址 峠・宿と街な/ど,続編に古戦場・伝説・古美術・/多摩川を収録し,新しい史観により/多摩を「再見」する。
  定価 各700円・好評発売中

とあり、最下部に四隅の繋がっていない枠(3.3×4.5cm)に「<郷土叢書近刊>多摩・ふるさとの唄多摩の人物列伝  /多摩の石仏散歩  」とある。
 五刷の本体表紙、角背、無地で横縞の透かし。文字は背表紙にのみ金文字でカバー背表紙とほぼ同じ位置に入っている。
 見返し(遊紙)の用紙は三刷はやや緑がかった茶色、四刷は茶色、五刷は横縞の透かしの入った青。
 扉の標題、三刷は太く、四刷は細い。四刷は上に寄っているが五刷は中央。扉の用紙、四刷は灰色*4、五刷は横縞の透かしの入った明るい灰色。
 目次、四刷は上に寄っているが三刷は中央。五刷も四刷ほど上ではない。
 奥付、上部に〔著者略歴〕があって「米 光 秀 雄」は変更なし、「滝 沢   博」は三刷と四刷は同じだが五刷で紹介文の冒頭、何故か滝沢氏のみ1字下げにしていなかったのを下げている。その分、2行めが1字増えているがもともと字数が少なく均等割付で誤魔化していたので影響は3行めには及んでいない。「浅 井 徳 正」は紹介文の3~4行め「‥‥. 青梅市立第七中学/校勤務.」とあったのが五刷ではなくなって1行減っている。
 それぞれの発行日以外の異同は住所の2行めが三刷「神明台3の30の3」だったのが四刷・五刷「五の神20」となっていることで、最下部の太線の下に左寄せで小さく「編集担当 米 光  忠」とあったのが五刷にはない。なお住所の1行めは「東京都西多摩郡羽村町」で現在の羽村市
 奥付の裏は白紙。(以下続稿)

*1:7月4日追記】当初「四六判」としていたが7月4日付(4)に引いた『続多摩』初刷の奥付裏広告により訂正。

*2:他に異同は1行め「大岳山 奥の院」の間が空白になっているが11頁7行めは「・」であること、7行め「‥‥とともに広く‥‥」は11頁12行め「‥‥とともに、広く‥‥」と読点があること。

*3:7月4日追記】「発掘歴」を「発掘暦」と誤入力していたのを訂正。なお、7月4日付(4)に郷土叢書2『続多摩』の奥付裏にある刊行前の広告を抜いて置いた。

*4:【7月6日追記】三刷も同じ。