瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

道了堂(98)

 昨日の続き。
 井上善治郎(1924.1生*1)は新編『埼玉県史』の専門委員会の民俗部会の委員で、当時熊谷市文化財保護審議委員であった。2013年まで、主に自刊で研究成果を刊行しており、埼玉県立熊谷図書館や熊谷市立熊谷図書館にて閲覧出来る。そうすれば経歴等がもう少し明確になるのではないかと思うのだが『まゆの国』にはそういった説明がない。しかし、井上氏の関わった、都下の公立図書館でも閲覧出来る次の本を序でに借りて置いたところ、こちらには略歴が出ていたのである。
・『日本農業全集』第三十五巻(昭和56年2月25日 第1刷発行・昭和63年1月25日 第4刷発行・社団法人 農山漁村文化協会・12+517+XIII頁・A5判上製本
 『日本農業全集』は全72巻で完結しているが、当初は全35巻の予定で「養蚕」をテーマとした第三十五巻が最終巻であった。滋賀県立長浜農業高等学校教諭の粕渕宏昭(1947生)が『養蚕秘録』の翻刻・現代語訳(3~254頁)を、京都大学農学部助教授の荒木幹雄(1932生)と京都大学大学院博士課程在学中の徳永光俊(1952生)が『蚕飼絹篩大成』の翻刻・現代語訳(255~421頁)を担当し、徳永氏は解題(486~495頁)と〈資料〉成田重兵衛『蚕飼絹篩』翻刻(505~516頁)も担当している。東京大学大学院農学系研究科農業経済学専門課程在学中の松村敏(1955生)が中村善右衛門『蚕当計秘訣』の翻刻・現代語訳(423~439頁)解題(496~504頁)を担当、そして井上氏は441~504頁「解題」のうち、総論に当たる443~474頁「解題1養蚕技術の展開と蚕書」と。475~485頁「解題2『養蚕秘録』」を執筆している。
 517頁に「翻刻・現代語訳・解題者略歴(執筆順)」があって、その最後、下段12行めに2行取り1字下げでやや大きく「井上 善治郎(いのうえ ぜんじろう)」として13~19行め、

 大正十三年東京生まれ。東京繊維専門学校栽桑学科卒業。埼/玉県繭検定所所長などを経て、現在埼玉県蚕糸特産課課長。
 主な著書
  まゆの国(埼玉新聞社、一九七七)
  関東の民間信仰(共著、明玄書房、一九七三)
  関東の衣と食(共著、明玄書房、一九七四)
  関東の歳時習俗(共著、明玄書房、一九七五)

とある。東京繊維専門学校は東京農工大学工学部(東京都小金井市中町)の前身で所在地も同じ。昭和19年(1944)に東京高等蚕糸学校から改称、昭和24年(1949)に東京農工大学農学部東京都府中市幸町)の前身である東京農林専門学校と統合されて東京農工大学になっている。井上氏はこの時期の卒業生と云うことになる。
 さて、この全集は農書――本書の場合は蚕書を翻刻・現代語訳し、その解題を附しているので、収録した書物とその著者については十分な説明があるが、それ以外のこと――生糸の輸送ルートなどには、もちろん触れていない。
 しかしながら、挟み込まれた「日本農業全集月報」一九八一年二月(農山漁村文化協会・16頁)には、1~4頁上段9行め、東京大学農学部教授(養蚕学)の吉武成美「日本養蚕技術考/――とくに中国養蚕技術との対比から――」などと云った国際的な比較もあれば、4頁上段10行め~6頁、九州大学農学部教授の鮎沢啓夫「『養蚕秘録』の仏訳本をめぐって」のような、収録されている書物の江戸時代の仏訳本の紹介もあり、そして15頁、猫野ドラえもん「我輩は「蚕の守り神」である」などと題する戯文(?)も載るなど、主題に沿いながら、収録した書物から離れた文章も寄稿されているのだが、最も多くの頁を割かれているのが7~14頁、山田桂子「「絹の道」をゆく/――東京・八王子市鑓水にて――*2」なのである。
 筆者の山田氏は、末尾14頁下段15行めに、下寄せで(主婦・農書を読む会会員)とあって、所謂研究者ではない。「農書を読む会」については16頁「農書を読む会/ ご案内と入会のおさそい」によれば、上段3行め「 昨年十月発足の農書を読む会も、会員一七〇名を数えました。/・・・・」とあって、この全集の購読者からより深く学びたいと云う希望が出て、版元が事務局となって組織した集まりらしい。
 内容については次回検討することとするが、昭和55年(1985)11月当時の鑓水について、なかなか詳しく、生き生きと述べた興味深いレポートとなっている。(以下続稿)
2023年12月20日追記】某市立図書館で「しらこばと通信」No.5(昭和52年4月・埼玉新聞社出版局・4頁)が表紙見返しに貼付されている『まゆの国』を見た。大きさは16.8×12.3cmだが外せないので寸法は(特に横は)正確ではない。題の下に「まゆの国/   井上善治郎著」とあるように本書の附録、二つ折りの、月報みたいなもので内容は「著者に聞く」。1頁上段2行め「井上善治郎/酒井勇治(本社出版編集部長)」とあるようにインタビュー、その最後、4頁下段左(9行分)に背広姿の著者の上半身の写真、下に

著者略歴 井上 善治郎 *3
大正13年1月生。東京府南葛飾郡吾嬬町出身。東京繊維専門学校卒。現在埼玉県繭検定所次長。

と添える。南葛飾郡吾嬬町は昭和7年(1932)10月に東京市に併合されて、現在は墨田区。この辺りについては当ブログでは「駒村吉重『君は隅田川に消えたのか』」の藤牧義夫の姉の住所、「浅間山の昭和22年噴火」の犠牲者の住所の考証で確認したことがある。

*1:2023年12月20日追記】に挙げた文献を典拠に月を追加した。

*2:ルビ「やりみず」。

*3:ルビ「いのうえ ぜん じ ろう」。