瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

高木敏雄『童話の研究』(1)

 もうしばらく高木敏雄の著書を見ていきたい。
 この『童話の研究』には初版本(未見)の他に、影印複製と、新たに組み直しての復刊が2種、合計3種出ている。
 まずは復刊2種について確認しておこう。
 この2種は同じ年にひと月違いで出ている。同時期に2人が『童話の研究』復刊に動いていたのだが、これは平凡社東洋文庫の『日本神話伝説の研究』と『人身御供論』が同じ年にひと月違いで刊行されたのと同じようなタイミングである。互いに似たようなこと、いや同じことをしている人間が他にいることを知らずにやっている。世間に間々あることだが、埋もれるにしても注目されるにしても、何とも間の悪いことではある。

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 一人は『日本伝説集』『人身御供論』の山田野理夫(1922生)である。太平出版社版(1977年5月10日第1刷発行・¥1600・220頁)*1
 本文は11〜216頁、217〜220頁は「一九七七年三月」付の山田野理夫「解説 高木敏雄のこと」である。山田氏も『日本伝説集』『人身御供論』と編集・解説を重ねて、簡潔な書き方になっている。まず「児童文学の研究は、伝承文学・近代創作の二つの内容に大別できる。このうち、伝承文学研究の先駆をなしたのは、高木敏雄『童話の研究』(一九一六年、婦人文庫刊行会刊)である。」として、神話学の高木氏が、神話と伝承童話との性質と形式の共通点に着目して執筆した理論が本書であるとする。さらにこう続ける。

……。伝承童話の研究書としては柳田国男の『桃太郎の誕生』『伝説』などが刊行され、のち文庫・新書に収められて入手が容易*2だが、本書『童話の研究』は、文学史家の怠慢で埋もれたままであった。ここに再刊され、童話研究の「幻の書」がわれわれの机上に置かれるようになったことはよろこびにたえない。
 最近、高木の文業が、ぞくぞく紹介されつつあり、その名が一部に知られるようになってはきているが、高木の詳細な伝記はまだない。

 以下、履歴書などを引きながら、3頁余にわたって高木敏雄の略伝を述べている。そして最後を次のように締めくくっている。

 高木と妻アヤとの間には、三男三女がいる。一九七六年七月半ば、わたしは熊本城の見えるホテルにいた。高木の三男勇氏に東京を出発する時連絡し、何日にホテルに立寄ると知らせた。だが、その時刻に見えられず、わたしは旅程に従って、天草に向かった。天草で本書『童話の研究』再刊の吉報をしたためて送った。帰京すると、勇氏死去の知らせがきていた。


 ちょうど同じ頃、別の出版社も再刊に向けて動き出していた。(以下続稿)

*1:【2019年11月20日追記】半角の「¥」が「/」に文字化けしてしまったので全角で入れ直した。)以下同じ。)。四六判上製本で装幀者は記載がないが趣味のよいカバーがかかっている。表紙と背表紙に「童話の研究 その比較と分析 高木敏雄」とあり、背表紙には出版社のマークが中央に小さく、そして左下に「¥1600 [0370-770430-4321]」とある。カバー折返しは白で文字はない。見返しは灰色、扉は表紙と同じ趣味のレイアウトで「童話の研究 その比較と分析 高木敏雄」とある。  この本で奇怪なのは頁付で、頁付があるのは第一章の初め「11」頁からなのだが、その前、偶数頁はいずれも白紙なので奇数頁について見ていくと、9頁に当たるのが目次、7頁に当たるのが「童話の研究 その比較と分析 高木敏雄」とある中扉、そして5頁に当たるのが先に見た色刷りの扉なのだが、その前は見返しの遊紙が1枚あるだけで、これを頁数に加えたとしても1〜2頁は存在しないことになる((落丁だろうか。後日別の図書館の蔵書を確認の予定。

*2:『伝説(岩波新書72)』(1940年9月5日第1刷発行・1977年12月20日第9刷発行・¥280・岩波書店・2+4+180頁)は最初から新書として刊行されたはずである(その昔、たまたま本書と同年に増刷されたものを読んでいたので挙げておく)。