瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

塩嘗地蔵(021)

・JGUIDE21山と溪谷社・定価980円)B6変型判(18.2×11.8cm)、オールカラー、カバー、縦書き、4段組。

鎌倉―江の島、三浦半島 (ジェイ・ガイド21)

鎌倉―江の島、三浦半島 (ジェイ・ガイド21)

 これ以前に「21」のない「JGUIDE」が出ていた(未見)。カバー表紙折返しには「新JGUIDE21」とある。この「21」は21世紀の「21」なのだろうけど、「全21冊」の21でもあるらしい。
 『鎌倉 江の島、三浦半島(JGUIDE21➏)』(2001年4月第1版第1刷①・333頁)「編集――出版部」とあるが、別に「●執筆――清水さとし 新井孝佳/●写真――清水さとし 新井孝佳 熊谷晃 南雄二」と担当者が示されている。
 まず9〜112頁が「鎌倉」で南は材木座、東は金沢街道、北は北鎌倉、西は源氏山。次に113〜174頁「江ノ電に沿って」は長谷・由比ガ浜から江ノ島・藤沢まで。175〜212頁「鎌倉モデルコース」チョイス22。213〜238頁「鎌倉花ごよみ」。239〜246頁「鎌倉 宿泊帳」おすすめ13軒、と扉にあるのだが、鎌倉10軒に江の島5軒で数が合わない。247〜320頁「三浦半島」。321〜328頁「鎌倉雑学ノート」として「鎌倉彫」や名数、歴史などの解説。
 光触寺は58〜63頁「金沢街道」の61頁(1〜2段め)に出ている。「塩嘗地蔵の古寺/光触寺」という見出しで13行の説明文も後半7行が塩嘗地蔵、頬焼阿弥陀については触れていない。写真は山門と本堂の2つ。

……山門をくぐると/……参道/があり、その突き当たりに一遍/上人の銅像、隣に木造の祠の中/に安置された塩嘗地蔵がある。/かつて金沢街道にあった地蔵で、/六浦の塩売りが鎌倉に来る時に、/地蔵に塩を供えたところ、帰り/には地蔵がなめてなくなってい/たという。*1


 また、索引には出ていないが、光触寺は「鎌倉モデルコース」の12番め、194〜195頁「金沢街道の古寺めぐり」にも見えている。194頁が「●街道を歩き鎌倉をしのぶ」195頁が「●報国寺の竹林で一服」で、194頁にまず金沢街道について「鎌倉時代には六浦*2から鎌倉に塩や海産物を運ぶ街道として賑わいをみせたという」と説明し、十二所神社、そして光触寺へと進める。

……橋を渡ると光触寺。石仏の寺として知られる光触寺の古い山門をくぐる。本堂には運慶作といわれる「阿弥陀如来像」が安置されている。苔むした境内には幾つも石仏や地蔵が立ち並び、一つ一つの表情も様々。かつてお供えの塩をなめたという「塩嘗地蔵」や「一遍上人像」もある。……*3


 境内の石仏群の写真と「塩を嘗めたと伝えられる塩嘗地蔵」の写真が載る。やはり頬焼阿弥陀縁起には触れない。

*1:ルビ「ほこら・なめ・むつうら」。

*2:ルビ「むつうら」。

*3:ルビ「うんけい・こけ・しおなめ・いっぺん」。